第172話
アトラの様子がおかしいことを蒼太は気にかけていたが声はかけないでおいた。口に出さないということは、この場で話すことははばかられるということだと考えたためだった。
「地図をお持ちしました。まずはこの周辺の地図からご覧下さい」
長が持ってきた用紙にはこの周辺の地図だった。
「この集落の近く、といってもある程度の距離はありますが、周辺にもいくつか集落があります。そして、こちらの二枚目をご覧下さい」
別に取り出した地図には、最初の地図よりも広い範囲を示していた。
「ここが我々の集落、こちらが獣人の国です。そして、長老がいるであろうと思われるのはここですね」
長が指し示したのはこの集落から数日は離れた場所であり、ここよりも更に奥へと向かった森の中だった。
「なあ、その思われるっていうのはどういうことだ?」
蒼太は明言しないことに疑問を持ち、長へと質問する。
「それは……」
『先程も言った通り、小人族の集落というのは外敵に狙われることが多い。よって、長老のいる集落が襲われている可能性も十分に考えられることだ。そして、もしそうなっていたら集落自体がないかもしれない』
長に代わってアトラが説明し、長もその通りだと頷いている。
「つまりは生きているかどうかも行ってみなければわからないということか。なかなか難儀なことだな……それで、変な話をすることになるが、もし亡くなっていた場合はどうなるんだ?」
長老に話を聞く以上の情報がないので、もしいなくなっていればそこで打ち止めになってしまう可能性が高かった。
「これまた変な話になりますが、当代の長老がなんらかの理由で亡くなった場合、長老の魂にひもづいているアイテムが壊れ、それが各集落の長の持つアイテムへと連動するので次の長老がその後に決められることとなります」
「なるほどな。ということは、代替わりすればするほどに情報が削られているわけだ……ディーナ、アトラ。すぐに出発するぞ」
蒼太は立ち上がり、旅立ちを宣言する。
ディーナとアトラも蒼太が感じているものを察したらしく、何の異論も持たずに頷いて立ち上がる。
「も、もう旅立たれるのですか? そんなに急がなくても……せっかくアトラ殿にも会えたのですから、集落の者たちともゆっくり話していって下さい」
「ここでその案にのることでチャンスを逃す可能性がある。ただでさえ情報が手に入りにくいからな。悪いが俺たちは行く」
長は一行を引きとめようとするが、蒼太の決意は固かった。
「そうですか……では、こちらはお持ち下さい」
長はそう言って蒼太に地図を差し出した。
「いいのか?」
蒼太はそれを受け取ることを躊躇していた。情報としては小人族の中でも上位に位置される各集落の地図だったが、長は首を縦に振り、再度蒼太が受け取るように前に突き出した。
「良いのです、これならば最初の無礼に対する謝罪になるでしょう。もしそこに長老がいなかった場合、他の集落に行く方法を調べなおすのはだいぶ手間でしょうし、そしてなにより伝説の守護獣アトラ殿の現在の主人であるソータ殿の役に立ちたいと気持ちもありますので」
長はどこか誇らしげな顔でそう言った。アトラと言えば小人族の人間にすれば伝説の聖獣といっても過言ではなかった。そのアトラの手助けをできる、それは今生きている小人族の中では自分だけかもしれない、そんな特別感があった。
「それならありがたく頂いていこう。助かるよ」
「ありがとうございます」
ディーナも深く一礼して礼を言う。
『私は所詮、一介の獣魔なんだがな……まあ礼は言っておこう』
その言葉だけで長の表情が輝いたのがわかった。
「じゃあ、行くぞ」
蒼太はやや早足で長の家を出ると集落の者たちがエドのまわりに集まっていた。
「ここのやつらは野次馬根性が強すぎるだろ」
アトラのまわりに集まってきた時のことを思い出しながら蒼太はあきれていた。
「す、すいません。ここは外との行き来が少ないもので、今回のようなことがあるとみんな好奇心を刺激されてしまうようでして。こら、お前ら迷惑だろ、少し離れなさい!」
長は、慌てて蒼太たちに謝罪をすると集まっている者たちをエドから引き離していく。
「ど、どうぞ」
長はなんとか集落の入り口までの道を開けさせるが、その顔は汗だくだった。
「お、おう、なんか悪いな」
「いえいえ、どうぞ!」
手で汗をぬぐいながら長は蒼太たちを入り口まで誘導していく。
住民が左右にわかれ列をなしており、エドと合流した蒼太たちはなぜか拍手で見送られた。
「……なぜこうなったのかはよくわからんが、とにかく助かったよ。ありがとうな」
その様子に蒼太はやや戸惑い気味であったが、長に礼を言った。
「いえいえ、お役に立てて光栄です。また何かあればいらして下さい」
長たちに見送られて、蒼太たち一向は村を後にした。
「……行きましたね」
「あぁ、最初はどうなることかと思ったが、役に立ててよかった」
蒼太たちの姿が完全に見えなくなったのを確認すると、側近らしき者が長へと話しかける。
「しかし、すごいですね。グレヴィン長老の言った通りになるなんて……」
その言葉に長は頷く。
「確か数百年前の話だったな。アトラ殿がいつかどこかの集落へとやってくるだろう、なんて予言めいたものを残されたのは」
「どこか、なんていうところがグレヴィン長老らしさがある。なんて言う方もいらっしゃるようですね」
彼らは小さい頃から、伝説の守護獣アトラの話を聞かされて育った。その物語はアトラと長老との別れの話も書かれており、またアトラが再び集落を訪れることになるだろうと書き記されていた。
そして、その同行者にはソータと呼ばれる人族の男が必ずいるだろうとも。
「あの人が本当にグレヴィン長老の仲間だった方なんですかね?」
「わからんが、一緒にいたエルフのディーナ殿と言ったか。彼女のことも記されていたから、もしかしたらその通りなのかもしれんな」
長たちの話は蒼太たちには聞こえなかったが、物語の人物に会えた高揚感は村中を包んでおり、その晩は盛大な宴になった。
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