第140話
魔力込めの作業は一昨日も行っており、手順は問題がない。しかし蒼太は前回の失敗の原因の一つがこの作業工程にあったのではないかと考えていた。もちろん金属が見合わなかったことも大きな原因ではあるが、だたやみくもに魔力を注ぎ込むのではなく、魔力の調整をきちんと行っていればあそこまでの失敗作にならなかったのではないか。その思いは拭うことができなかった。
「アントガル、今回はどうする? この間はかなり全力だったんだが、それも失敗の原因の一つじゃないかと……」
珍しく弱腰な意見の蒼太に対してアントガルは大きく首を横に振った。
「それは違う、この間のは根本的に金属に問題があったんだ。あんたの魔力を受け入れられるレベルのものでなければあんたの使う武器として意味がないだろ? もちろん加減して魔力量を調整すれば、そこそこの物ができるかもしれない。だが、それはあんたが本当に必要としているものとは別物になるはずだ」
「わかった、確かにアントガルの言うとおりだな……今回も全力でやらせてもらおう」
彼の激励の言葉に蒼太の表情は引き締まり、アントガルもその顔を見て気合が漲った。
「いくぞ!」
「おう!」
アントガルの掛け声に、蒼太が声を返し、作業が再開される。
蒼太は魔力の量を抑えることはしなかったが、魔力の変化を滑らかに行うよう意識していた。前回は属性を変化させる際にやや濁りがあったように思えていた。実際に濁りはあったが、それは些細な量であり、それこそ誤差と言えるようなレベルであった。しかしそんな些細なことの積み重ねが刀のできに関わってくる。そう判断し、慎重な魔力操作を行いながら魔力を込めていく。
アントガルも同じことを感じ取っており、彼も前回以上に細心の注意を払って作業を行っていた。
魔力込めの作業は成型を伴わないが、二人ともが慎重な作業に徹していたため、前回を大幅に上回る時間がかかっていた。しかし、蒼太とアントガルは休憩もせずにぶっ通しで続けている。
その音を聞いている外の聴衆はハラハラしていた。ここにいるのはこれだけの作業量を続けて行うことの過酷さを理解している者の集まりだ。この音の主が自分たちが今までに経験したソレよりも更にきつい状況に置かれているとわかっていたためである。しかし、誰一人としてその作業を止めようと思うものはいなかった。
「がんばれ……」
決して大きな声ではなかったが、聴衆の一人の口からそれが漏れた。声を出してしまった男は、はっとして口に手をあてるが他の者も思いは同じで、皆力強く頷いていた。
蒼太たちの作業は進み、各属性の魔力は込め終わり、最終段階へと移行していた。蒼太はちらりとアントガルへと目配せし、アントガルは頷く。
「これで、最後!」
「おう!」
蒼太の一振り、締めにアントガルの一振り、気持ちの良い金属音が響く。これでこの段階の作業は終わった。前回はここからの作業をアントガルに任せて蒼太は休憩に入ったが、今回は最後まで見届けようと蒼太はその場に留まっていた。
「いくぞ」
その言葉に蒼太は無言で頷いた。
ここからはアントガルの一振り一振りが刀身を形作っていく。蒼太は自分ができる作業がないことにもどかしさを感じながら、鍛冶職人としての本気を彼から感じて息を飲んでその作業が終わるのを待っている。
音の種類が、これまでの二種類から一種類へと変化したのを聴き取ったディーナはおそるおそる作業場を覗き込んだ。部屋の中の熱気は変わらなかったが、二人の表情には真剣さと喜びが見て取れたため、そろそろ完成が近いことを察する。
アントガルの成型作業にはドワーフ族に伝わる魔法が使われている。鍛冶師スキルに由来するものであったが、なぜか蒼太には使いこなすことができなかった。
蒼太とディーナに見守られながら刀は形を成していく。そして、最後の一振りが一際大きな音をたて、作業の終わりを告げた。
「完成だ……」
アントガルは作業を終えたことで緊張が解け、ふっと身体の力が抜けていた。鞘や柄などはまだない状態だったが、持ち上げたその刀の美しさに思わずため息が出る。
「綺麗……」
「これは、すごいな」
ディーナと蒼太も同様に感動のあまり、それ以上の言葉は出てこなかった。
刀の刀身の色は艶のある黒色をしており、日本女性の美しく艶やかな黒髪を髣髴とさせる。刃文は濤乱刃に近く、美しくも荒々しい大きな波を表している。
「これが、本当の刀ですか……」
ディーナは十六夜とは比べ物にならないほどの存在感を持つ刀を見つめながら、誰にかけるでもなく一言呟いた。
「ほれ、これはあんたのだ。持ってみろよ」
蒼太はアントガルからその刀を受け取ると自分の前に持ち、手元から刃先までを念入りに確認していく。そして試しにと魔力を軽くではあるが流してみる。
「いいな。魔力の通りがすごく滑らかだ、しかも全属性を込めただけあってどの属性とも親和性が高い」
ディーナとアントガルから少し離れたところへ移動し、軽く素振りをしてみる。それは実に様になっており、初めて振るったにも関わらず既に蒼太の身体の一部になっているのではないかと思えるほどの一体感だった。
そして、その素振りはまるで空間をも斬り裂いたのではないかと思えるほどの鋭さを持っていた。
「すごいですね、十六夜でも十分すごい武器だと思ってましたけど、これを見ちゃうとソータさんが納得していなかった理由がわかります」
「あぁ、それは俺も思っていたところだ。あれ以上のものを創ると言っていたからな、同等くらいのものが創れれば御の字とも思っていたが……桁が違うな。この間の失敗作を金貨十枚と言ったが、これには値段がつけられん。それこそ例え王族に頼まれても、いくら積まれても首を縦に振ることはないだろうな」
「まぁ、どっちにせよ俺のための武器だから譲る気はないし、材料が揃っていたとしても同じものを創れるかわからんからな」
蒼太はそう言うとその刀を作業場にあった剣置きに乗せる。
「それじゃ、後は鞘と柄と鍔を創らないとだな。これは俺が一人でやろう」
蒼太は鳳木と呼ばれる素材を取り出すと鞘の作成から行っていく。鳳木とは高ランクモンスターの鳳凰が死んだ後、その死体が結晶化したもののことを言う。入手難易度が高い素材であり、アントガルは目を見開いてそれを見ていたが蒼太はそんなこととは知らず黙々と作業を始めていく。
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