第53話
「ふぅ、さてどうしたもんか……手詰まりとは言わないが、結構強いな」
距離をとり、竜斬剣を構えなおすがやはりヒュドラは追撃してこなかった。
「こいつ、魔水晶に近寄るものだけを攻撃してるのか……だったら」
蒼太はヒュドラに背を向け、ナルアスの下へ向かった。
「ナルアス、あのデカブツは近寄らなければ手を出してこない。まずは雑魚を片付けるぞ!」
離れている魔物には魔法を放ち、近くの魔物は竜斬剣でなぎ払っていく。
一方のナルアスは汗とともに疲労が顔に浮かび、蒼太に返事をする余裕はなかった。
戦闘開始からさほど時間は経過していなかったが、その場は魔物の死体で溢れかえっていた。
「邪魔だな」
足場を確保するため、蒼太は亜空庫に魔物の死体を収納していく。
ナルアスとの距離が近づく頃には残りの魔物はおよそ五分の一にまで減っていた。
「大丈夫か?」
「はぁはぁ、なんとか」
そう答えたナルアスの身体にはかすり傷がところどころにある程度で、大きなダメージはなく剣を振るっている。
「ほれ」
蒼太は取り出した回復薬をナルアスへとかけた。
「何するんですか!?」
彼女は突然液体をかけられたことに驚くが、その身を蝕んでいた小さな痛みが消えていくことで回復薬だと気づいた。
「ありがたいですが、もうちょっとしっかり声かけてからにしてくだい、よ!」
思っていたよりも傷が自分の動きの足を引っ張っていたことに驚き、先ほどまでよりも切れ味の増した攻撃を繰り出していく。
「動きが戻ってきたな、ついでにこれも飲んでおけ」
ナルアスに小瓶を渡すと、後ろから襲い掛かる敵へと剣を振るう。
「これは?」
「体力回復薬だ。それも今じゃ作ってないかもな」
紫色をしたそれにナルアスは一瞬躊躇したが一息で飲み込む。
「うえええ」
思わずそんな声を上げてしまうほどその味は酷いものだったが、ナルアスの身体から疲労感がとれていった。
「面白い声を出すもんだな」
「……皆には黙っておいて下さい」
背中合わせでそんな言葉を交わすと、再度魔物の群れへと立ち向かう。
ここまで数え切れない程の魔物を倒しているが、蒼太はいまだかすり傷一つ負っておらず、更にはよどみなく魔物の収納も行っていた。
次々に倒されていく魔物の中には、先ほど蒼太の十六夜を止めた魔物もいたが、切れ味で上をいく竜斬剣の刃を止めることは出来ずに真っ二つに斬り開かれていった。
ナルアスの動きも鋭さを増していき次々に魔物を突いていく。
背中を合わせた時に、蒼太はナルアスに身体能力向上の付与魔法をかけていた。
「そろそろいいか。ナルアス、一旦引くぞ!」
「!? はい!!」
ナルアスは蒼太の声に一瞬驚くが、魔物の動きから蒼太のやりたいことを察し、後ろへと下がった。
魔物たちは蒼太とナルアスを追いかけ一箇所に集まってきていた。
蒼太はヒュドラ以外のほとんどの魔物が集まっていることを確認し、後ろを振り向いた。
「いくぞ!」
「はい!」
ナルアスは中級魔法のファイアストームを、蒼太はファイアボールを二十個生み出し同時に魔物の群れへと放った。
炎の旋風に巻き込まれその身を焦がされていくもの、それを間一髪で逃れるものもいたがそこに蒼太の火球が襲い来る。
爆風に呑みこまれ、その場にいたほとんどの魔物は消失していった。
「これですっきりしたな」
「えぇ、でも色々と腑に落ちないことがあるんですが……それはおいておきますか」
ナルアスのファイアストームよりも、蒼太のファイアボール一発のほうがあきらかに威力が強かった。
「気になることは後にしてくれ、大物が終わってからにな」
「ですね」
二人の視線はヒュドラをとらえていた。
「俺が戦って気づいたことを話そう。当たり前だが三つの首はそれぞれが自由に動く、左右の首の魔法耐性は高く、真ん中の首は強力なブレス攻撃をもっていた」
ここまではいいか? という蒼太の視線を受け、ナルアスは頷いた。
「次にあいつの行動範囲だが、恐らく魔水晶の周囲に限定されている。俺が吹き飛ばされたところへの追撃もなかった」
「あのヒュドラが守っている……ということでしょうか?」
「あれ自体を守ってるのか、封印を解かせまいとしているのか、どっちかだろうな」
「魔物にそんな意思があるとは思えませんが……」
ナルアスは怪訝な表情になる。
「魔水晶から漏れ出る魔力であそこまで成長したのなら守る対象と本能的に思っていてもおかしくはない。あと考えられる線としては誰かに操られているかだが……それはないようだ」
蒼太の鑑定の結果に状態異常は映し出されなかった。
「とりあえず、俺は二本の首を相手するから一本はそっちで頼めるか?」
「わかりました、なんとかやってみましょう」
「頼む」
蒼太はナルアスの肩に手を置き、身体強化魔法を付与しなおした。
自分の身が軽くなったのを感じると、ナルアスはヒュドラに向かって走りだした。
「いきますよ」
一歩遅れてナルアスを追いかけていく蒼太の右手には竜斬剣、反対の手にはミスリルソードを構えていた。
ナルアスは左の首へと向かっていき、蒼太は右の首に魔法を放ち注意を向けさせ、その身はそのまま中央の首へと向かっていった。
爆風を抜け、右の首が蒼太に噛み付こうとするが、それを避け中央の首へと斬りかかろうとした。
しかし、既にブレスは口の中に蓄えられており、今まさに蒼太へと放たれようとしていた。
「そう何度も喰らわないさ」
蒼太は開いた口の中へ氷の魔力を通したミスリルソードを投げ入れた。
ヒュドラはそれを噛み砕こうとし、それはある意味では達成される。ミスリルソードはバラバラに粉砕されることとなった。
「だろうな、でも」
蒼太がパチンと指を鳴らすと氷の魔力が解放され、その口は氷付けにされた。
閉じられたままになったことで、口に溜まったブレスは暴発し柔らかい内側が焼け焦げることになった。
「中からの攻撃ならダメージもでかいだろ」
これで三つ首のうちの一つは戦線離脱となる。
残りの首を蒼太とナルアスがそれぞれ一本ずつ相手どるが、ナルアスは分が悪かった。
ナルアスの戦闘方法は、攻撃を避け、そこに出来た隙をついて弱点となる点を突くことだった。
しかし、ヒュドラは皮膚が固いため突き攻撃が通らず表皮に軽度の傷を負わせる程度に留まっていた。
蒼太は右首へ中央の首に使ったのと同じ方法でダメージを与えようと剣を投げるが、三つの頭部は情報共有してるらしく噛み砕こうとはせず、避けられてしまう。
「さすがに二度は喰らわないか」
同じ方法で潰せれば楽だと思っていたが、今度は正攻法で行くことにする。
ヒュドラの攻撃を避け、チャンスを伺うが、その攻撃が十を超えた時、今までで一番強力な一撃を放ってきた。
蒼太は竜斬剣を構えると、噛み付き攻撃に合わせてカウンターを狙った。
魔力が込められていないその剣をヒュドラは今度こそ噛み砕こうとした。
しかし竜斬剣の硬度の前に、反対にヒュドラの歯が砕かれることになった。
「ぎゃあおおおおおおお」
痛みに雄たけびをあげて仰け反るが、蒼太はその口を追いかけ飛び上がり、上空からそのまま口を引き裂いていく。
「これで二本目」
蒼太は二つ目の首に止めを刺し、最後の一つと戦闘中のナルアスへと振り返った。
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