第24話
「それなんだが……」
蒼太は鞄から薬を取り出す。
「肝はとってこれなかったが、薬はカレナの協力もあって準備できた」
「ど、どういうことだね? く、薬はもちろんありがたいが、竜の肝は取ってこれなかったんじゃろ? じゃあ、どうやって薬を?」
エルバスは目の前の薬に驚き、肝がないのに作れたことにも驚いた。
「エルバス、石熱病の特効薬の素材は何か知ってるかい?」
カレナがおもむろに尋ねる。
「もちろんだとも。竜の肝、バジリスクの爪、聖水じゃろ? 爪と聖水は用意出来ておったんじゃが……」
うむうむとカレナが頷く。
「よく覚えてたね、正解だよ。でもね、その薬には別のレシピが存在するんだよ。それだと竜の肝を使う必要がないんだ」
エルバスはカレナの言葉にも驚く。
「……な、なんと。今日は驚かされてばかりじゃの、ということはソータ殿はそっちのレシピで用意をしたということか」
「そのとおりだよ。そっちのレシピだと、肝の替わりに竜の涙、爪と聖水はそのまま、そして追加素材としていやしの木の葉が3枚ほど必要になる」
エルバスは口を開き呆けた顔になる。
「肝よりは涙のほうが簡単にとれたからな。で、素材を勝手に変えたのはこっちの都合だったから、カレナに手伝ってもらって薬を作って用意したというわけだ」
「わ、わしの聞き間違いでなければ、いやしの木の葉と言ったかの?」
なんとか頭を回転させそれだけを問う。
「そうだよ、このレシピは数百年前には普通に使われていたものさ。その頃にはいやしの木の葉は、森でとれる薬草より少し高いくらいで手に入る代物だったんだよ。手に入りづらくなってからは軒並み新しいレシピに移行したけどね」
「そ、そうか……いや、そうなんだが、そうではなくてだな……ソータ殿はどうやって、その……いやしの木の葉を手に入れたのですか?」
カレナの返答は求めていたものと違っていたため、エルバスはなんとか本来聞きたかったことを質問する。
「入手方法は言えないが、合法的に手に入れてるとだけは言っておく」
「そうですか……いや、そうですな。アレはそうたやすく手に入るものではないですからのぅ」
「まあ、そういうことだね。私も聞かないことにしてるよ。で、薬だがちゃんとしたものだよ。私の鑑定で確認してるからね。その保証人ってことで今日は来たんだよ」
エルバスは髭をなでながら頷く。
「なるほど、そういうことですか……しかしそういうことなら、ソータ殿への報酬も考えないといけませんな」
蒼太はためいきをつく。
「はぁ、やっぱりそうなるか。依頼とは違うことをやったんだ、公式なギルドの依頼じゃないとはいえ規約違反にあたるよな」
脱力し、顔を挙げ天井を見る。
「いやいや、まさかそんなことはありません。私の目標は薬を作って孫娘を治すことです、確かにソータ殿には竜の肝を頼みましたがそれこそランクを無視した依頼です。この薬で孫娘が治った暁には報酬の上乗せをしないといけないという意味で言ったのですよ」
「あー、そういうことか。それならいいけどな、依頼失敗ってことになるかもしれないと思ってたくらいだからな」
「いやしの木の葉を持ち出しで用意してまで薬を作った男を責めるようでは領主なんぞやっとらんよ、エルバスも正直者で通ってる。感謝こそすれ、恩人にあだなすことはないだろう」
カレナのフォローが入る。
「素材に関してはたまたまあっただけだから、そんなに気にしなくてもいいんだがな。それより……その薬を孫娘に飲ませてやったほうがいいんじゃないか? たしか石熱病は罹患してる間、高熱も出るだろ」
「そうでした。カレナのお墨付ももらえたことですし、早速行きましょう。ささ、お二人もどうぞついて来てください」
そう言うと、エリナのことが心配になったのか薬瓶を手に取ると足早に部屋を出て行く。
ダン、蒼太、カレナもエルバスの後に続く。
エルバスは早足から徐々に速度が上がり、駆け足になっていく。
三人も置いてかれないように走る。途中すれ違ったメイドが目を丸くしてエルバス達を見ていた。
階段を上がった奥の部屋の前へとたどり着くと足を止める。
一人息を切らしているエルバスは深呼吸をし、呼吸を整える。
「はー、はー、ふーー、はぁ」
ノックをし、扉に顔を近づけ声をかける。
「エリナ、おじいちゃんだよ。今日は薬を持ってきたよ、作ってくれた友達も一緒だけどいい人達だから一緒に入ってもいいかい?」
「いいよ、お友達もどうぞ入ってください」
中から返事が返ってくると、エルバスはゆっくりと扉を開け部屋の中へと入る。
天蓋付きの大きなベッドの上には、青い髪の少女が横になったまま顔だけ入り口へと向けている。
額には汗が玉になって浮かんでいた。
「寝たままでごめんなさい、おじいちゃんと、ダンさんと、カレナさんと……そちらのお兄さんがおじいちゃんのお友達ですか?」
その声も弱弱しさを感じる。
「あぁ、そうじゃよ。冒険者でソータ殿という。彼がエリナを治す薬を持ってきてくれたんじゃ」
「まぁ、お薬を? この病気の薬ってとても貴重なはずじゃ……ごめんなさい、みなさんにご迷惑をおかけしてしまって」
エリナの言葉にエルバスは狼狽する。
「な、何を言っとるんじゃ。エリナは気にせんでいいんじゃよ、おじいちゃんが勝手にやったことじゃ。みんなに謝るとしたらわしだけで十分じゃ」
「ううん、謝らせてほしいの。おじいちゃんにも迷惑かけちゃったし……薬を用意するのだってとっても大変だったでしょ?」
「エリナのためなら大変なことなんてないんじゃよ!」
「でも……」
二人のやりとりがなかなか終わらないのを見てに蒼太が口を挟む。
「なあ、謝っても謝らなくてもどっちでもいいから、そろそろ薬を飲まないか? そんな状態で話してても辛いだけだろ」
「ソータの言うとおりだね、誰が悪いとかはいいから早く薬をお飲み。そうじゃないと私達が作ったのが無駄になってしまうだろ」
ダンも二人の後ろで何度も頷いている。
「そ、そうじゃな。さぁ、これが薬じゃ。苦いかもしれんが我慢するんじゃよ」
瓶の蓋を開け、エリナの口元へと持っていく。
エリナも今度は何も言わずに薬をこくこくと飲んでいく。
苦味が強いのか目を瞑り、額にしわを寄せながら瓶の中身全てを飲み干す。
すると布団がかけられているエリナの足先が光を放つ。
赤みのさした頬も徐々にその赤さがひき、額のあせもひいてくる。
光が収まる頃、エリナは目を開く。
「ど、どうじゃ? 身体のほうは」
エリナは寝たままの姿勢で手を動かしたり、足を動かしたりする。
「おじいちゃん……治った、治ったよ! 身体も辛くないし、足も動くよ!!!」
「本当か!! 良かった、良かったよ、エリナ……」
エルバスは涙を流しながらエリナを抱きしめる。抱きしめられるエリナの目にも涙が浮かんでいる。
しばらく抱き合っているとエリナはその手を緩める。
「おじいちゃん、私立って歩きたい。もう2週間も寝たきりだったんだから」
「おぉ、そうか。気をつけるんじゃよ、病み上がりなんじゃから」
エルバスはベッドから離れる。
「うん、わかってる」
そう返事をし、エリナはベッドに腰掛け立ち上がろうとする。
「あっ!」
身体を前方に倒し、尻を持ち上げ、膝が伸びきったかと思われた次の瞬間、力が抜け前に倒れてしまう。
「おいおい、危ないぞ」
その身体はいつの間に移動したのか、前方にきた蒼太によって抱えられる。
そして、再びベッドに座らせる。
「2週間寝ていたと言ってたな。それだけ寝てればいくら若いといっても筋肉が痩せているはずだ、慌てずに少しずつリハビリをすることだな」
「は、はい。ごめんなさい」
祖父や家の者以外での男性に触れることがあまりないため、エリナは緊張して身体をかたくする。
「じいさん、子供だから動きたがるのは仕方ないが、大人のあんたがそれを止めてやらないとダメだぞ。あんたも言ってたように病み上がりなんだからな」
「す、すまん。それとありがとう、今のことも薬のことも礼を言わせてくれ」
エルバスは深々と頭を下げる。見るとエリナとダンも頭を下げていた。
「まあ、治ったのなら良かったよ。それより報酬の話を……それは明日にするか、今日は二人でゆっくり話すといい。また明日の昼前頃には来よう、カレナもそれでいいか?」
「私は薬の効果を保証するためだけについてきたから、明日は来ないよ。別に報酬もいらないよ、久しぶりに面白いものを作れたからそれで十分さ」
蒼太は肩をすくめる。
「無欲なことだ、それじゃ明日は俺一人でくる。それじゃあな」
そう言うと返事を待たず踵を返し、部屋を出て行く。
「あの、ありがとうございました!!」
エリナが大きな声で言うが、振り返ることはせず右手をあげて返事とした。
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