オーブル領エルンダ 1/2

 先行したシルキィ達に追いついたのは、それから数十分後のことだった。

 やっとのことでエルンダに到着し、滞在予定の宿に足を運ぶ。


「あなたねぇ……少しは雇い主の体調に、配慮なさいよ。この野蛮人」


 顔を青くして横になるシルキィは、セスの顔を見るや否や恨み言を吐いてきた。


「満足に、仕事も、こなせないの? この……役立たず」


 よほど気分が悪いのだろう。罵詈雑言は途切れ途切れだ。


「健康よりも命が優先だ。死んだら元も子もない」


「あのね……命はとーぜん、快適な旅を保証するのも仕事のうちでしょうが」


「ごもっとも」


「まったく。これがレイヴンだったら、あんな獣なんかさくっと倒しちゃって、こんな目に遭わずに済んだのに」


 たかが護衛にそこまでの要求をするのは高望みが過ぎる。とも思ったが、雇い主がそう言うからにはそうなのだ。貴族には逆らえないのが平民の辛いところか。


「お嬢様。今はどうかお静かに、ご養生なさって下さい」


「そんなこと言ったって、気持ち悪いものはしょうがないじゃない。この鬱憤を言葉にして吐き出さないと、なにか別のものを吐き出してしまいそうだわ」


「明後日にはレイヴンズストーリーが発売致します。楽しみではありませんか?」


「ああ。そういえば、そうだったわね」


 それまでの呻くような響きとは打って変わって、シルキィの声がぱっと明るくなった。

 先の楽しみを思い出させて気を紛らわせるとは、流石はお付きの侍女。主人のことをよくわかっている。

 ある意味単純なシルキィの回復ぶりに、セスは苦笑を漏らした。


「ご無理をなされたようですね」


 土と血に汚れたセスの装いを見て、ティアが目を細めていた。


「ああ、まぁね。正直、死ぬかと思ったよ」


「ご無事でなによりです。出発早々、護衛を失うのは避けたいものですから」


「違いないな」


 淡々としたティアの声には、セスの身を心配するような響きはない。シルキィの安全だけを懸念しているようだ。


「それにしても、足の速いコヴァルドから逃げ切るとは。アルゴノートというのは誰もがそのように健脚なのですか?」


「ん? ああ、別に逃げたわけじゃないよ」


 首を傾げたティアに、セスは腰の剣をぽんと叩いてみせる。


「ちゃんと駆除してきたさ。本職らしく」


「お戯れを。評価の為に虚言を弄しておられるのなら、感心致しませんが」


「いやいや、嘘じゃないって。運が良かったってのはあるけどさ」


「運? なるほど……では、そういうことにしておきましょう」


 ティアの反応もやむなしだろう。コヴァルドの脅威を思えば、たとえ一流の戦士であっても苦戦は免れない。軽装備のC級アルゴノートが一人で勝てるわけないと考えるのが常識的である。

 ともあれ、セスにとって信じてもらえるかどうかは問題ではない。シルキィに害が及ばなかった。それだけが重要だ。

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