魔獣コヴァルド 2/3
「もっとスピードは出ないの? 追いつかれちゃう!」
「わかってる!」
魔導馬の力ならコヴァルド以上の速度を出せるが、そんな速度で走行すれば車両の方が耐えられない。車輪が破損すれば、それこそ最悪の事態だ。
セスは馬車の屋根に登ると、マントの内側から自作のナイフを抜いた。激しく揺れる馬車の上から投擲。一本、二本、三本。空を切り裂いた刃はひとつも外れることなく、次々とコヴァルトの顔面と肩に突き刺さる。だが、所詮小振りなナイフ。その分厚い体毛と皮膚に阻まれ、出血にすら至らない。
コヴァルドが怒りの咆哮を上げると、皮膚の表面に刺さったナイフが隆起した筋肉に押し出されて弾け飛ぶ。
「なによあれ。全然効いてないじゃない!」
「なんとかする!」
彼我の距離は着実に近付いている。間もなくコヴァルドの爪牙は馬車へと届くだろう。
なんとかするとは言ったものの、これといった策はない。
かくなる上は。セスは腰に提げた長剣の柄を握った。
「ティア、お嬢は任せる。俺が直接足止めするから、エルンダまで走るんだ」
「馬車を降りる? 死ぬおつもりですか?」
「まさか」
コヴァルドが一際大きく地を蹴った。低く軌道で勢いよく跳躍し、セスごと馬車を引き裂かんとその鋭く巨大な爪を振り降ろす。
それとほぼ同時に、セスも馬車の上から跳んだ。
「させるかよ!」
セスの振るった剣が、コヴァルドの前脚の裏を斬り裂いた。強靭な皮膚や筋肉ならいざ知らず、柔らかい肉球ならば刃もよく通る。
痛みに驚いたのか、悲鳴を上げて姿勢を崩すコヴァルド。転倒し、怒りとも嘆きともつかぬ声を放っている。
致命傷とはいかないが、ひとまず足止めには成功した。
だが問題はここからだ。遠ざかっていく馬車の走行音を背中に、セスは額に汗を伝わせた。我ながら、たった一人でコヴァルドと対峙するなど正気の沙汰ではない。
分厚い体毛に覆われた巨躯を四本の足で持ち上げるコヴァルド。ぎろりと開いた瞳でセスを捉えると、身を震わせて牙を剥き、特徴的な甲高い咆哮を放った。大地を震わせ天を衝く、人に恐怖を与える声だ。
「いいさ。やってやる」
コヴァルドの巨大な頭部を前にして、乾いた笑いが漏れた。
「来いよワンちゃん」
コヴァルドは唸りを上げ、突進からの頭突きを放つ。彼我の体重差はあまりにもかけ離れている。まともに当たればひとたまりもない。
セスは大きく右方向に跳び、回避を試みた。コヴァルドの太い体毛が肌を撫でる。紙一重で回避、となれば格好もついたが、現実はそう甘くない。ほんの少しかすっただけだったが、セスの体は凄まじい勢いで弾き飛ばされてしまう。
木々の間を転々とし、地面を跳ね回りながらなんとか体勢を整える。ブーツの底で固い土を引っ掻き、やっと止まった時には、全身に裂傷と打撲を負っていた。
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