シルキィ・デ・ラ・シエラ 4/4

「参りました」


 観念したように言ったティアを自分の足で立たせると、セスは剣を納める。

 野次馬達は一斉にセスを称賛した。居丈高な貴族に、同業者が一矢報いた。溜飲の下がる思いだろう。この場の空気は間違いなくセスに味方していた。


「ティア!」


 軽い足音が近づいてくる。シルキィがスカートを持ち上げてこちらに駆けてきていた。


「大丈夫? ケガはない? どこか痛いところは?」


 上がった息でティアの手を握る。


「お嬢様、ご心配には及びません。この通り、傷一つ負っていませんから」


 従者の全身をくまなく確認して、シルキィは安堵の息を吐いた。


「申し訳ございません」


 ティアは顔を伏せる。主人に恥をかかせてしまったことを自省しているようだった。


「いいのよ。怪我しなくてよかった」


 シルキィの目は優しかった。表情も声色も、家族の身を案じるように切実である。先程まで見せていた高飛車な姿勢は微塵もない。

 優しいところもあるんだな。と見直したのも束の間、直後向けられた彼女の目つきを見てセスはその認識を改めた。


「やってくれたわね。この卑怯者」


 シルキィの声は一変して刺々しい。セスは大人しく次の言葉を待つ。


「あんな戦い方、恥ずかしくないの? 仮にも剣士なら正々堂々と戦いなさいよ!」


 唾を飛ばして責め立てるシルキィに、セスは自身の失態を見た。


「弁解の余地はありますか?」


「弁解ですって? なんのことよ」


「恐れながら、実戦はえてして不条理です。護衛であるならば、あらゆる卑劣漢から雇用主を守らなければなりません。私はその能力を示したつもりです」


「詭弁だわそんなの。ティアはどうなの? あんなのじゃ納得いかないでしょ」


「いえ……」


 ティアは控えめに否定すると、ふるふるとポニーテールを振った。


「使えるものは何でも使う。それが戦いの鉄則です。この敗北は、ひとえに私の未熟ゆえです」


 シルキィは眉を寄せてセスを睨みつける。その目には先刻揉めた男に向けたものと同じ念がこもっていた。やがて興味をなくしたとばかりに、シルキィはセスから目を離した。


「ああそう。いいわ。野蛮人にしては小綺麗だし、格好はつくでしょう」


「お眼鏡にかなったということでよろしいでしょうか?」


 セスの質問に、シルキィは小さく鼻を鳴らす。


「勘違いしないで。汚らわしい野蛮人の中で、あなたが一番マシというだけよ」


 言い捨てて、シルキィは足早に踵を返す。去り際に野次馬を威嚇するように睨みつけたのはせめてもの意地だろう。その華奢な背中を眺めて、セスはようやく肩の力を抜いた。


「失礼致しました。セス様」


 主であるシルキィを追わず、ティアは深々と頭を下げた。


「どうかお気を悪くなさらないで下さい。普段はあのような振る舞いをされるお方ではないのです」


 主のアルゴノートに対する態度に、セスが気分を損ねていないかを案じているようだった。なんとよくできた従者だろう。


「気にしてないよ。世間の風当たりは、いつもこんなものさ」


「ご理解頂けるかわかりませんが、本当にお優しい方なのです」


 ティアは淡々と、しかし懇願をこめて力説する。彼女は、自分の主が誤解されることを恐れているのだった。


「うん。わかってるよ。わかってる」


 納得させるために、セスは必要以上に頷いて答える。


「ほら。早くミス・シエラを追いかけないと。君は彼女の護衛なんだろう?」


 ティアの表情は変化に乏しい。それでも安心と謝意はしっかりと伝わった。


「組合には正式に依頼を出しておきます。出立の三日前に、一度ラ・シエラにお越しください。道中の打ち合わせを設けます。それでは」


 それだけ言い残すと、ティアは剣を拾って足早に組合を去っていった。

 侍女の背中を見送ると、セスは大きな溜息を吐く。


「意外と早く巡ってくるんだな。チャンスってやつは」


 仕草とは裏腹に、彼の心は名状しがたい歓喜に包まれていた。

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