異世界新聞記者 ~ダークエルフ助手とこの世のすべてを書きまくりたい~

ホカート

第1話<H紙記者交通事故か、行方知れず>

 ペンは剣よりも強し。


 言葉の力は暴力よりも恐ろしい。そんな意味の格言だが、時と場合によっては真実ではないと心から訴えたい。


 特に会話が通じない相手から、剣を向けられたシチュエーションでは特に!


 「―――!」


 5メートル先で殺気立っている女は、どこか現実離れした容姿の持ち主だった。日光を鏡のように反射するよく手入れされた銀髪、古今東西の美人を掛け合わせたような顔立ち、何より目につくのは横に長く飛び出た両耳だ。


 端的に言って、いわゆる「エルフ」に見える。ただ肌が褐色なので、正確を期すならこれまで読破してきたファンタジー小説に則って「ダークエルフ」と呼ぶべきだろうか。


 思い返せばこんな事態に陥ったきっかけは、今朝かかってきた一本の電話だった。


 取材先との飲み会明けで泥酔していた俺は、上司からの「記事が足りねえんだ。浅野目、埋めろ」という言葉で叩き起こされ、人口1千人ちょっとのX村で「夏真っ盛りのいま、ひまわりが見ごろ」という取材をする羽目になった。


 その道中、山道の連続カーブを曲がったとき、茂みから何かが路上に飛び出した。よく確認できなかったが、たぶん狐だったと思う。彼、もしくは彼女を避けようと急ハンドルをきった途端、タイヤが金切り声を上げてスリップした。


 中古自動車屋の親父の「安い車なんだから、あんまり無理な運転はするなよ」という助言を久々に思い出しながら、愛車はガードレールに突っ込み、そのまま自由落下していった。


 ◇


 全身の痛みに「ひぐぅ」と情けない悲鳴を上げ、その自分自身の声で意識が覚醒する。なぜか生きている。落下の衝撃で車外に放り出されたらしいが、奇跡的に擦り傷で済んでいた。


 とりあえず事故を会社に報告しなければ。怒り心頭の上司の顔が浮かんだが、やってしまったものは仕方ない。車に戻ろうと立ち上がった瞬間、剣を片手にこちらを凝視するダークエルフの姿が視界に飛び込んできた。


 おかしい。X村でコスプレ大会を開催していたなんて聞いたことがないし、あの田舎にわざわざ外国人が来るものだろうか。それに、長年のオタク生活で数多のコスプレイヤーを見かけてきた経験からして、彼女の持つ剣の光沢感はすごい。明らかに運営側が持ち込みを制止せざるを得ないような殺傷力マシマシの代物に見えた。


 得体の知れない相手とはいえ、背に腹は代えられない。


 「あの、日本語分かります? ちょっと事故しちゃって、携帯貸してもらえるとうれしいんですが」


 「―――」


 俺の問いかけに彼女は首を傾げながら何やら呟いたが、聞いたことがない言語だった。英語や中国語の類ではなく、スペルさえ聞き取れない。


 筆談ならどうだろうかとボールペンを取り出す。その瞬間、彼女の表情が一変した。俺の顔とペンに視線を行き来させながら敵意丸出しの表情で剣を身構え、叫んだ。


 「―――!」


 こらあかんわ。俺が一歩後ずさりすると、彼女は一歩距離を詰める。狙った獲物は逃さぬぞ、と言わんばかりの雰囲気だ。


 「ちょ、ちょっと待って、誤解があったら謝りたいんですが…」


 「―――!!」


 居合の姿勢で踏み込んだ彼女の剣を振るう動きが、紙芝居のように一コマ一コマ進んでいく。そういえば、戦争体験者に取材したとき、飛んできた弾丸がスローモーションに見えたなんて話していたけど、あれは本当だったんだなと場違いな感想を抱く。


 意識が途切れる寸前、彼女をもう一度観察した。鍛え上げられた両腕に、高く跳躍する両脚には、黒豹のような原始的な美が感じられた。まあ、こんな美人に殺されるならいいか。


 ◇


 目が覚めると、そこは広々とした寝室だった。


 「―――」


 俺が意識を取り戻したことに気付いた少年が声を張り上げ、誰かを呼びに行く。気を失っていた俺を看病してくれていたのだろうか。後ろ姿に目を凝らすと、この少年もまた耳が長い。


 ゆったりとした足取りで部屋に入ってきた高身長の青年も、例に漏れずエルフ耳だった。東京・池袋にある腐女子の聖地「乙女ロード」で見かけるようなBLキャラと見紛うばかりの美青年で、直視するのがとてもつらい。


 「―――」


 柔和な笑みを浮かべて話しかけてきたが、やはり聞き取れなかった。


 「ええと、申し訳ない、ドゥ―ユースピーク…」


 青年は珍しい動物を見たかのように目を見張る。少し思案し、短く空に弧を描いて十字を切り、短く何か呟いたかと思えば。


 「異国の方、これで伝わるでしょうか」


 「き、聞こえます。ずいぶん流暢な日本語ですね」


 「ありがとう。ところで、どちらからいらっしゃったんですか」


 有無を言わさぬ雰囲気に押され、自己紹介することにした。名前やH県の新聞社に勤めていること、山道の事故やコスプレイヤーによる襲撃まで話すと、青年は困ったような微笑を浮かべた。


 「切りかかったのは当家の者ですね。物音を聞きつけて森に赴いたところ、あなたと出会ったそうですが、詠唱される仕草をしたので、自衛のために杖を破壊したと。あなたが失神された後によくよく確認したところ、怪我をされていたので当家に運んだという次第です」


 そう説明し、真っ二つになった哀れなボールペンの残骸が差し出された。合掌。俺の首と胴が同じ羽目にならなかっただけマシと思うべきなんだろうか。


 ひとしきり聞き終えた後、あまりの情報量に30秒ほど放心する。まさかX村近くにこんなコスプレ異常者集団が暮らしていたとは。どう見ても危険すぎる。


 記事にすれば、ネットでも大きな反応が生まれそうだ。見出しはそうだな、平家伝説にかけて「現代の落ち武者」とかどうだろう。


 ともあれ……。室内は避暑地として知られるX村付近にしては、やけに蒸し暑かった。青年に窓を開けるよう頼む。


 そして、口が閉まらなくなった。


 清々しい青空に白い雲、これはいい。だが、太陽が2つ浮かんでいる。おかしい、こんな異常事態、どこの朝刊も報じていなかったぞ。


 青年はグッと身を乗り出し、動揺を隠せない俺に耳打ちした。


 「ところであなた、こちらの世界の住民ではないのでは」


 どうやら取材どころではなくなったらしい。

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