1-29 憐憫

「おつかれ~。よくぞワタシの大剣の猛攻に耐え忍び、打ち勝ってみせたね~。いや、ホント。よくもやってくれたよ~……」


 己が最高傑作の大剣型兵器の慣れ果てを見下ろしながら、エミリアは賞賛か恨み言か分からない言葉を投げ掛けて――いや、これは完全に恨み言だ。その証拠にジンを見る目からチリチリと激しい火花が散っている。


「いや、あははははは……。スミマセンデシタ……」


 流石に壊したのはやり過ぎだと思ったのか、ジンは反論することなく素直に頭を下げる。


「まあ、別にいいよ~。元を辿ればワタシがこの剣使ったのが原因なんだし。――まあ、壊していいなんて、一言も言った覚えはないんだけどね~」


 エミリアは先程からにっこりと可愛らしい笑顔を浮かべているのだが、その表情筋がさっきから一ミリも動かずに固定されている。

 あ、これダメだ。まだ全然怒ってらっしゃるじゃないですか。


「……はぁ~。まあ、面白いデータ取れたからそれでチャラにしてあげる~」

「『面白いデータ』?」

「そのまんまの意味だよ~。ジン君の身体は今まで見たことないくらい凄いものだったからね~。使える戦略の幅が広がるって意味で『面白い』ってこと~」

「ああ、そういう」


 エミリアの自然な回答に、ジンはほっと安堵する。

 ジンは密かに、エミリアの固有系統が実は対象の能力だけでなく、もっと深いものを覗ける類のものかと危惧していた。

 だがエミリアの反応を見る限り、ただの考え過ぎだったようだ。

 『都合の悪いもの』が知られていないかという心配も、どうやら杞憂で終わったらしい。


《…………》


 病室で目覚めてから口数の少ない相棒トワからの沈黙の視線が気になるが、何も口に出さないところを見ると問題はないのだろう。


「でも流石竜撃隊ですね。戦い方が上手いというかやり難いというか、まだアリサの矢の方が大分マシでしたよ」

「そう言われると嬉しいんだけど、素人のアリサと比べられてもね~」

「……? アリサは先輩達の中でも最古参なんじゃ……」

「そうだよ~。ワタシ達の中で一番若くて、一番戦い慣れしてなくて、一番ほっとけない友達なのさ~。……まあ最も、向こうがどう思ってるのかは分からないんだけどね~」


 話していく度にどんどんエミリアは伏し目がちになり、最後の方はとても歯切れが悪そうに口をモニョモニョさせていた。


「側から見たら、先輩とアリサは結構仲良さそうに見えましたよ。こう、思春期の娘と母親みたいな」

「ジン君、それ友達とちょっと違うよ~」

「そうかもしれませんけど、肉親と思わせるくらい仲が良さそうってことです。エミリア先輩も、アリサのこと好きなんでしょう?」

「好きか嫌いかって聞かれたら大好きなんだけど~。……ワタシに、そんなこと言う資格は無いからね~」


 エミリアの顔に、僅かに影が差す。

 これまで能天気な笑顔を浮かべていた少女が初めて見せた、それ以外の表情だった。


(あ、少し不味い話題だったのか……?)


 部外者とほぼ変わらない自分が踏み込んでいいものかと、ジンが逡巡していると、


 ――ピロリン


 あまりに悪すぎるタイミングで、流れる電子音。

 しかしそれは先程のエミリアものとは違った音で、ジンには何処か聞き覚えがあり、


「あ、すみません。今度はオレのみたいです」


 その発信源は、ポケットに入れっぱなしだった旧式の通信端末。

 かなり昔に購入したものなので性能はお察しだが、愛着故に中々買い換えることが出来ず、二週間前に5thアニバーサリーを迎えたものだ。捕まっていたときは丁寧に保管されていた。

 最後に誰かに連絡先を教えたのはかなり前になるので、この端末に掛けることが出来る人物は少ない。


「ていうか、一人しかいないか」


 その画面に表示されていたのは、短な文章とその送り主の名前。


『ちょっと困ったことになった。今すぐ来い。 By 天才法術士』


 天才法術士て誰だ。やっぱ知らない人だ。


 ジンがそう呆れていると、続いてとある場所に印を付けられたマップが送られてくる。

 どうやら、指定の場所まで来いとのことらしい。

 本音を言うと、ほとぼりが冷めるまでしばらく距離を置きたかったが、恐らくこれを無視したら後々絶対面倒くさいことになる。


「……はぁ、仕方ない。すみませんエミリア先輩。ライトから呼び出しがあったので」

「オ~ケ~オ~ケ~。後片付けはやっておくから、行ってくるといいよ~」

「ありがとうございます。それでは」


 エミリアに一礼して、ジンは演習場の出口へと向かっていった。


「……ねえジン君。知られたくないのならさ、もっと念入りに隠してよね~」


 その背中に、全てを悟った少女の憐憫の念が投げ付けられているとは、つゆとも知らずに。

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