1-23 昔話

「ここ、こんな巨大なバルコニーがあるのか。本当に贅沢だな」

《まあ、見える景色はあの黒い壁で大きく削られてますけどね》

「でしょでしょ~? たまにここで皆でパーティーとかするんだ~」


 帝城並みの巨大さを誇る本部基地の屋上バルコニー。

 そこから見渡せる風景に、ジンは珍しく目を輝かせていた。


 数分前。

 アレンとの応答を終え、病室から解放されたジンは急いで外に出てあの猫仮面の捜索に乗り出そうとしていた。


 しかし、帝城並みの巨大さを誇る竜撃隊基地の内部構造は非常に複雑であり、外に出ることすらままならなくなっていた。

 窓から飛び降りれば基地から出ること自体は可能なのだが、何だかそれは負けたみたいでジンのポリシーが許さなかったのだ。


 そこで偶然エミリアと遭遇し、出口まで案内することを頼む条件に、しばらく基地の案内に付き合うこととなった。

 彼女がどういう意図で誘ってきたかは定かではないが、先輩命令を断ることは出来ずに仕方なく付いて行ったという形だ。


 因みに、エミリアにはトワの声は聞こえていない。

 何もないところで急に喋りだすジンの姿は、エミリアをして奇人と思わせていることだろう。


「パーティー、ですか。それは確かに楽しそうですね。学生時代を思い出します」

「そういや、ジン君はライトの学友なんだってね~。そして三年前に貴族殺しで捕まって~……何か分かり辛い。どういう人生だったのさ~」

「まあ、普通の人よりは複雑な人生を送ってると思いますよ。分かりやすく説明しましょうか?」

「うん、おねが~い」


 エミリアの要求を聞き受け、ジンは己が辿ってきた人生を、簡潔に分かりやすく説明し始めた。


「オレは生まれてからずっと、とある施設で育ちました。ですがそこの暮らしに嫌気が差して、十歳のときに抜け出したんですよ。金も何も持たずに」

「そりゃ無茶なことしたね~」

「そうですよ。生きていくには金が必要。知識では知っていても、あまり実感がなかったんです。まあ、当然無一文の小僧が生きていけるほど世の中甘くなくて、途方に暮れてたんですが、そこで親切にもある人に拾われまして。とっても優しいあの人は、得体の知れないオレを養子として迎え入れてくれたんです」


 「本当に優しい人でした」と、そのときの記憶でも蘇ったのか、ジンは本心からの笑みを溢す。


「その後に、オレはある士官学院に入学しました。アトランティス士官学院って言えば分かりますか?」

「えええ~!?」


 その単語に、エミリアはびっくり仰天と目を見開いて、


「知ってるも何も、それ大陸一で有名だった士官学院じゃないか~!? あ、そっかライトと同じ学院だからそうなるのか~」


 「へー」と、エミリアのジンを見る目に羨望が宿る。

 何せ当時は、その学院に入るだけで名誉なことと言われていたのだ。その時代を生きた者ならそういった感情を抱くのも不思議ではない。


 だがそれと同時に、深い同情と憐憫も。

 エミリアは知っているのだ。その学院がどのような結末を迎えたのか。


「そこでの生活は本当に楽しかった。人生で一番楽しい時期を聞かれたら、間違いなくあのときって答えますよ。――ですが、その場所はもう何処にもありません」


 ジンの瞳が、暗く淀む。

 アトランティス士官学院は、かつて大陸一という称号を誇る名誉ある士官学院だった。

 そう、かつてそうだった・・・・・・・・


 『アトランティスの悲劇』。


 五年前に突如起こった、前代未聞の大厄災。

 ヨルムン以上の深い歴史を歩んできた校舎は全てが焼失し、生徒教師合わせて800人――その場に居合わせた人間の七割近くが死に絶えた大事件。


 その日を境に、アトランティス学院は解体され、残された生徒は各地の士官学院へと転入する形となった。

 ジンとライトは、その数少ない生き残りだった。


「オレの養親は、そこで教師をしていましてね。当然その日も学院にいたんです。そしてオレはまた、家族を失いました」

「あ~、それは、その、ごめんね~? ワタシがジン君の過去を聞きたいなんて言ったから~」

「そんなことないですよ。もう終わったことです。それからはつまらない人生でしたよ。個人的な話なので理由は省きますが、ある貴族を殺した罪で捕まって、そっからずっと檻の中。そして今に至るわけです」


 ジンはやけにあっさりとした風を装ってはいるが、辛くないわけがない。

 本当に終わったことだと、そう自分の中で完結しているなら、そんな唇の端を強く噛むものか。


(う~ん、これからはジン君に昔の話を振るのはよそう)


 チクっと罪悪感で胸が痛むのを感じ、エミリアは自分の浅慮さを反省する。

 だがそこでエミリアは、何かつっかえの取れないナニカを感じていた。


 今の話、何かがおかしい。


 ジンは嘘を吐いていない。今話したことは恐らく全てが真実だ。

 だが、全てを話してもいない。

 でなければ、何処かで話の辻褄が合わなくなる。


『そしてオレはまた、家族を失ったんです』


 そうだ。それだ。

 また、とジンは言った。『また』家族を失ったのだと。

 しかし、ジンが軽く語った過去の中には、その養親より以前に誰かが死んだなんて話は触れられていない。

 それは、一体何故――?


 ――ピピピピピッ


 エミリアの思考を中断するように、彼女のポケットに入っていた通信端末が音声を鳴らし始めた。


「はいは~い。もしもし~?」

『俺だ。ライトだ。今基地にジンはいるか? アレンから目覚めたと聞いたからな』


 電話を掛けてきたのは、金茶髪の同僚。

 ライトはあれから、意識を失ったジンを持って帰ってくると、任務完了と猫仮面について最低限の報告をし、急いで基地を出て行ったのだ。


「ていうか、目の前にいるよ~」


 ジンはエミリアの隣で耳を塞いで背中を向けている。彼なりの礼儀なのだろう。


『それは探す手間が省けて助かる。その馬鹿の件で、テメエに頼みがある。テメエにしか出来ないことだ』


 そしてライトは淡々と、エミリアにあることについて話し出す。


「――ふむふむ。ほうほ~う。オッケ~!」


 ライトから聞かされたそのことについて、エミリアは「なるほど」とひたすら相槌を打ち、最後には承諾したように元気よく返事をした。

 勢いよく、ジンの方に振り向きながら。

 そしてエミリアはジンの右手を掴んだかと思えば、問答無用で引っ張っていき、


「そういうわけだから~、ジン君行くよ~」

「え、ちょ、待って下さいエミリア先輩! そんな急に言われても、てかライトはなんて!?」


 通話の内容を耳を塞いでシャットダウンしていたジンの顔に、ありありと後悔が滲み出て行く。絶対にロクなことにならないと察したのだろう。そしてその予想は見事に大当たりだった。


「ダイジョ~ブダイジョ~ブ! 痛くもないし、死にもしない、手元が狂っちゃったらごめんなさいの安心安全なものだから~」

「手元が狂っちゃったらごめんなさいって何ですか!? どの口で安全って言ってるんですか!?」

「だからダイジョ~ブだって〜」


 エミリアは荒れる後輩に振り返って、落ち着かせるように優しい声音で告げた。


「ただのちょっとした、新人力量調査テストをするだけだから〜」

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