13「残り仕事(3)」

 さて、コンラルドは、商会に戻り一息つく事で、混乱が脱したが、

落ち着くには、程遠く。直ぐにシビルを呼び出し。


「どういう事だ。タツヤは生きてたぞ!」


と怒鳴りつけた。


「えぇ!」


と声を上げる。


「確かに、ヤツは身を投げた筈よ。貴方も見たじゃない」


水晶型のマジックアイテムは映像を記録する事も出来る。

彼女は、記録した達也の身投げの瞬間をコンラルドに直接見せていた。


「だが、ヤツは生きていたんだ。おかげ、醜態をさらす羽目になった」

「そんなぁ、まさか奴が、あの高さが落ちて無事だったと言うの」


シビルは信じられないと言う様子。いま彼女は、幸せの絶頂から、

不幸のどん底に突き落とされたような気分であった。

そしてこのままでは、引けないと言うような感じで、


「もう一度、私にやらせて、今度こそ……」


次の瞬間、部屋の扉が、大きく音を立てて開いた。

そして入って来たのでレティだった。


 レティは入ってくるなり


「やはりそういう事ですか」


と言った。先ほどまでの会話を聞き、状況が理解できているようで、


「あなたたち、自分たちが何をしているかお分かりですか?」


と言った。するとコンラルドは、興奮した様子で、


「この商会の為にしているんだ。アイツを潰さないと、商会が駄目になる。

君だってわかっているはずだ。ヤツは、この商会の脅威だと言う事」


シビルも


「そうよ、そうよ!」


と声を上げるが、レティは冷静に、それでいて、二人に負けない声で、


「今はその時では、ないのですよ!」


するとシビルは、


「じゃあ、いつよ!」


レティは、即座に、


「街道が復旧してからです」


と言った後、


「今、彼がこの街の物流を支えていると言っても過言じゃないんですよ。

我々が、無能だったから」


この一言で、コンラルドは悔しそうな顔は浮かべたが、図星故に何も言えない。


「あちこち商会から、時々言われるんですよ。

ドラゴス商会に、手を出さないでほしいって、仕事を盗られた腹いせに、

私たちが連中に、何かすると思われてるんです」


するとシビル、


「大丈夫よ、証拠は残さないんだから」


と言うが、


「疑われてるだけでも、問題なんです。もし彼に、何かあれば、多くの商店に影響が出る」


卸売りに商品が入らなければ、他の商店等に商品がまわらない。

なので、事はドラゴス商会に留まらないのである。


「そして、怒りが我々に向くでしょう。最悪人々が暴徒となって、

我々を襲うかもしれない」


そうなれば、証拠の有無など意味がないのだ。


「それでも、彼に手を出すと言うなら、私は商会をやめます」

「えっ!」


面食らったような顔をするコンラルド。


「貴方たちの巻き添えはゴメンですからね。

もちろん、あの子達も一緒ですよ。あの子達は私の『奴隷』ですから」


この一言でコンラルドは焦りだし、


「それは困る!」

「でしたら、どうすればいいか、分かりますよね」


すると不本意そうであるが


「分かった。街道が復旧するまでは、奴らには手を出さない」


同じく、不本意そうなシビルに対しても


「貴女もですよ」


と言うレティに対し


「分かったわよ」


と答える。


 そしてレティは、


「では、私は後始末がありますから、これで……」


と言って立ち去ろうとすると、シビルが


「『巻き添えはゴメン』ね。そうやってドラゴス商会もやめたの?」


シビルの言葉に、返事をせずに彼女は出て行った。






 後日、レティが、レナの館に、手土産を手に、迷惑をかけた事への

謝罪に来た。この世界でも、謝罪の時は手土産を持っていくと言う文化がある。

この時、館には達也がいて、彼に対しては、


「迷惑をかけてごめんなさいね」


深々と頭を下げる。


「ただ、最近、一時的に仕事を盗られた所為で、少しおかしくなってるんです。

貴方が居なくなってほしいと言う思いから、

あなたが死んだと思い込んでしまったらしくて……」


バーでの発言については、酔っていて覚えていないとの事だが、

そう言う思いが口から出たもの、と言う事らしい。


 ただ達也は、気配からこれが嘘である事に気づいていた。


(でも、謝罪の気持ちは本気……)


本気で謝りたいが、立場上、嘘をつかねばならないと言う事なのか、

ただし、


(保身の気持ちが、全くないのが気になるな。

何だろう仕方なく商会を守ってるって感じがする)


レティには、深い事情が有ると思った達也は、この件に関して、深く追求することは無かったし、レナもその思いをくんで、追求しなかった。


 そしてレティは、


「当面は、おかしな事をしない様に、私の方でも見張っておくから、

安心してくださいね」


と言ったが、この一言が、達也にはもう襲撃は無いと言っている様な気がした。


 さて、手土産は、有名菓子店のクッキーの詰め合わせで、

一応、達也は「分析」を使って問題ない事は確認した。

レティは、信頼できるが、手土産を準備した人間が

彼女かどうか、聞きそびれていたからである。

余談であるが、用意したのは、レティなので、それが分かっていたら、

分析は使わなかったであろう。


 安全を確認し、メディスやリリィも誘って、それを茶菓子にレナの館で、

お茶会をした。


「この店の菓子は、異界の味付けじゃから、絶品なんじゃよ」


と言って、クッキーを食べるメディス。


「ニホン茶とも、よう合うしの」


ちなみのお茶は、メディスのリクエストで、達也がいれたニホン茶である。

そして、茶会の席で、メディスは、


「ところで、タツヤ、惜しい事したの」

「何がです?」

「ジスカロア家の宝じゃよ。せっかくあそこから飛び降りて無事だったのに」


メディスもまた、達也が宝を置いてきたものだと思って何時ようだった。

達也は、アルテーア同様に、ここに居る人たちにも、話していいと思ったので、

アトラナートの収納空間の事を話した。


「ほう、では今や、タツヤは大金持ちじゃのう」

「凄いですね」


と口々に言うメディスとリリィ、達也は、ふと思い立って、


「そう言えば、相続税とかはどうなるんですか」

「貴族の遺産は、非課税じゃから問題は無い。まあ税務署から、

目を付けられた時は、身分譲渡書か、

或いはアトラナート自体が証明となるじゃろう。

ン・カイ遺跡の事は有名じゃからの」


そして、メディスはニヤニヤと笑いながら、


「使い道は、決まっておるのか?」

「そうですね、美術品は興味がないんで、近いうちに

国立博物館にでも、寄付しようかと、あと本とかもあるんですけど」


書籍類は興味があるので、後日仕分けして、幾つかは手元に

要らないのは、図書館に寄付するつもりで


「気になる本があるなら、あげますけど」

「ならば遠慮なく貰おうかの」


とメディスが嬉しそうに言う。


 そして、貴金属類は


「これは当面、取っておこうと思います。必要とするときの為に」


するとレナが


「それが良いと思うよ。あまり無駄づかいせずに、大事に使ってね」


と言った後、真剣な眼差しで、


「でも、この事は、他の人に入っちゃだめだよ。お金は人を変えるから」


レナは、かつて商会にいた運搬部門の連中がそうであるように、

金で人が変わる瞬間を何度も、目の当たりにしている。達也は、


「分かってますよ。あなた達に話したのは、その心配がないと、思ったからです」


と言った後に、更にこう言った。


「僕の経験では、お金で人が変わる事はありません。

ただ醜い本性を剥き出しにするだけです。

だから、変わったんじゃない。それがその人の本当の姿なんですよ」


人の心を読める故に、分かる事である。


 この後も、お茶を飲みながら色々と話をしたが、

ある時、達也はこの館に向かって来る身に覚えのある気配を感じた。


「!」

「どうしたのタツヤ君?」

「ホスピタルキューブで会ったくノ一が……」

「クノイチ?あの子か、その子がどうしたの」

「彼女の気配が、したんです。しかもこの館に近づいています」

「えっ?」


そして館の呼び鈴が鳴った。メアリーが応対の為、玄関に向かう。


「タツヤ君、もしかして」

「あの子です」


少しして戻って来たメアリーは


「主人に取り次いでほしいと」


主人と言うのは、もちろんレナである。

玄関に向かうレナ、達也も後に、後を追っていく、


 玄関にいたのは、和風美人の女性であった。達也達が帰った後、

ジュア村に現れた女性である。彼女を見た際に達也は


(和風美人……)


と思う達也。そしてレナの姿を見るやいなや


「お久しぶりです。貴方が商会の主人ですか?」

「そうだけど、あなた、ホスピタルキューブにいた」

「はい!よくわかりましたね。頭巾をかぶってないのに」


そう、あの時とは格好が違うが、この和風美人こそが、

ホスピタルキューブにいたくノ一であった。


「あの時は、ありがとうございました」


と礼を言いつつも


「私は、ヒミコ・タチバナと言います」


名を名乗った後、頭を深々と下げ、


「ここで働かせてください!」

「えぇ!」


突然の事で、レナは素っ頓狂な声を上げた。

そしてこの場にいる達也は、ひと騒動の予感を感じていた。

その予感は、現実となるのだった。

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