第72話 賢者の元へ
人口わずか一万ばかりの街であるが、有力者との伝手が出来て、仕事もこなしてそろそろ一ヶ月になる。
商会に用意してもらった家を拠点に、地球の人間が入れ替わりつつ、情報収集に励む。
そしてそろそろ、根本的な問題にも気付き始めていた。
「魔族との戦争は、人種に問題があるのか? 交配も可能な種族はあるらしいし」
「オーガと鬼人は似通った部分があっても、遺伝子はかなり違うみたいだな」
「人種というか、種族によって絶対能力や寿命に差がありすぎるのが原因では?」
「関係としては地球における、人間とそれ以外の強い生物のものに似ているか」
う~むと大人連中は悩んでいる。
「どうなんだ?」
ジャンの言葉は、一番長くこの世界で活動している悠斗に向けられていた。
「どれも間違いではないと思うけど、基本性能が人間よりも高いはずの種族が、人間の勇者に負け続けたのは確かだなあ」
もっと深いことを言えなくもないのだが、とりあえずはこれだけである。
「勇者か。異世界から召喚されたとか言われてるけど、ひょっとして地球なのかな? それなら地球と今つながっているのも少しは理由があるんだろうけど」
レイフの言葉は事実を言い当てているが、悠斗は前世の旅においても、異世界からとしか紹介されていない。
そもそも地球は惑星の名前であって、世界の名前ではないのである。オーフィルと同じように。
若者三人が集まっていて、大人たちとはまた違い、好奇心にあふれた話をしている。
「その勇者が生きていたら、色々確認出来たのにな」
ジャンはそう言うが、悠斗は前世ではとにかく戦闘力を求められたので、文化的なことや文明的なことは残していない。
そもそもそういったものはほとんどが、転移した時点にあったのだ。
今から思えばそれは、魔王になる雅香が広めたのではないかと思う。この世界にまた接触したのだから、確認しておいても良かったのに。
勇者と魔王。
共に失われた存在でありながら、いまだにその影響力は強い。
「勇者に詳しい人に話を聞いてみようか」
自分が身軽に動くためにも、悠斗はそう提案する。
「詳しい人か。英雄だし、そういうのを記録してる人もいるだろうな」
アメリカ人としては民間のそういう団体を想像するレイフ。
「神様の使者扱いだし、仲間に聖女とかいう人もいたわけだし、神殿とかで記録を残してるかな」
バチカン関連のジャンはそういう発想をする。
そしてこの世界では、おおよそジャンのような発想の方が主流である。
一つを除いて。
「賢者に会いに行こう」
悠斗が一番信頼出来た、勇者時代の仲間ラグゼル。
エリンはしょっちゅう暴走するし、聖女は案外へっぽこであるし、剣聖は確実に勝つまで時間をかけすぎるし、騎士は愚直にすぎた。
一番合理的であり、そして何より地球への門を開いた男。
それにごくごく単純に言えば、地球との道を遮断も出来るだろう。
あるいは規模を縮小して、最小限の通路にすることも――。
(いや、それは無理か。ラグゼルがこんな大きな魔法を、意味もなく維持する意味はない)
そのあたりは合理的だ。おそらく雅香も言っていたが、この規模が恒常的に必要なのだろう。
だが、地球側の門はいくつか、核や魔法によって消滅させてある。
そう思って気付く。
あの宇宙空間の歪みは、いつから発生していた?
(ひょっとして門を破壊したことが、原因になってるのか? 他の門が拡大したという話も聞くし……)
やはりラグゼルだ。雅香の行方が分からず、エリンも接触してこないという状況では、居場所が分かっているラグゼルの元へ行くべきだ。
本当なら聖女や騎士にも会いたいが、あちらはおそらく高い地位に就いているだろうし、現在は勇者派と聖女派で人間が争っているらしい。
魔王の軍勢の前には結束できていて、人間はやはり本当のぎりぎりでは互いに助け合える存在なのだと思っていたが、魔王がいなくなればこれだ。
あるいは、勇者も同時にいなくなってしまったのが悪かったのか。
とりあえず目的地は決めた。
あとは許可を貰うだけだが、これが面倒になりそうだ。
「分かった」
あっさりと許可が出た。
「我々でも現地との交渉は可能になったからな。そういう情報を得たのなら、一番この世界との交流の深い人間が行くのが適任だろう。しかし会えるのか?」
オーフィルの身分の基準はまだはっきりと分かっていないが、ラグゼルは最強の賢者とも呼ばれる、勇者の仲間の一人であった。
魔法使いの街の中でも、かなりの地位に就いていることは間違いない。
何よりこんな魔法陣の大規模魔法は、ラグゼルであっても一人では不可能で、エリン以外にも多くの協力者が必要だったはずだ。
「魔法使いは知識を尊び、各国の出身者が揃っているようです。体系の違う地球の魔法を見れば、おそらく偉い人間ほど興味を示すかと」
実際に過去にはそうであった。
悠斗が勇者として召喚された時、人間側の技術は科学的にも魔法的にも、やや魔族より劣っていた。
雅香がいながらどうして魔族が圧倒していなかったのか、転生してから聞いたものである。
「人間の進歩の速度は恐ろしい」
それが返事であった。
そもそも人間全体に限らず、個々の個人の能力でさえ、寿命の長いドワーフやエルフに比べても、人間は圧倒的に技量の成長が早かった。
それはおそらく種族的に、寿命が短いからこそ研鑽を積むからであろう。
魔族に限らずエルフも基本的に、己の戦闘技術を積極的に高めるという意識は薄い。
ドワーフは例外的に力を鍛える種族であったが、あれは鍛冶や鉱山での仕事に必要だからだ。
さて、そんな人間の天才たちの集まりに、悠斗一人で向かわせるわけにもいかない。
だが今度の人選は悠斗が指名した。
「レイフとジャンを」
二人とも万能型に近く、それでいて戦闘力が一番高い。
「若い者だけで行く気か。それに三人組ではカバーしきれないものがあるのでは?」
「それはそうなんですが、問題は移動力なんです」
ラグゼルの住むはずの賢者の街は、徒歩で普通に旅をすれば半年ほどもかかる。
乗り物を用意するにしても、やはり空を飛んで行く方が早い。
なので空を一定以上の速度で飛べることが、同行者の前提条件なのだ。
この条件も確かに満たせるのは、二人の他にも数人いる。
だがその数人をあえて選ぶという意味もないし、全員を連れて行くと今度は戦闘力と移動力のある人間が本隊に欠けるわけである。
二人の属する組織からも了解を得た。
基本的にアメリカとバチカン、それに日本の組織の関係は悪くない。
ロシア辺りは自勢力の人間を推してくるかと思ったがそれもなかった。
理由としては、危険だからだろう。
旅や行き先が危険というだけでなく、本隊から遠く離れて悠斗と行動することがだ。
今はオーフィル調査のために協力している地球の組織であるが、地球に帰還すればそれなりに確執はある。
戦力を見つからないように減らす、絶好の機会でもあるのだ。
連絡がもっと簡単に取れるなら、あるいはまだ悩む余地があったかもしれない。
だがこの世界では電波も長く届かないし、魔法での通信もかなり短距離になる。
あとは指揮権の問題だ。
しかしこれは現地経験の多さということで、悠斗が基本的に指示を出すことになった。
なんだか勇者時代の旅を思い出すが、あれは悠斗がまだ未熟な時期は、けっこうぐだぐだになっていたものである。
旅の準備は整えた。
食料はまず第一として、生活用品がそれなりに必要である。
金はもちろん必要であったが、地球ではいくらでも科学的に生産可能な宝石などが、こちらでは貴重である。
雅香などは簡単に作れるはずであったが、これも宝石の持つ価値を保つのが、通貨代わりになって便利だと思ったからだろう。
街を出て、しばらくは街道を歩く。
「なんだか、ゲームの中の主人公になった気分だな」
レイフがそう言って笑い、ジャンも頷いた。
「でもゲームと違って、のんびり歩いていくわけにはいかないからな」
なにせ普通に旅すれば半年なのだ。
全力で空を飛んで行けば、おそらく一週間もかからないだろう。
だが飛行の魔法をそれだけ維持することは難しく、途中での情報収集もしていかなければいけない。
「とりあえず今日中に、二つ先の街までは飛ぼう」
悠斗の言葉に、レイフは黙って、ジャンは軽口を叩きながら頷く。
「空飛ぶ船があればなあ」
「空飛ぶ鳥でもいいかな」
両者が何を連想したのか、悠斗にはなんとなく分からないでもないが、この二人はそういった年代ではないはずだが。
そういったことも知っていくのだろう。
悠斗の旅は、始まったばかりだ。言葉通り、本当に。
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