第67話 幻獣討伐

 ゴーレムの討伐と核の回収は、当然ながら驚きをもって迎えられた。

 これで本隊への補給を考えても、四ヶ月は生活を維持できる。

 全ての討伐証明を渡したわけではないので、また活動場所を決めたら、売却すればいいだろう。

「これでこの街から出られるな」

 本格的にこの世界の情報収集が出来るように、翻訳の権能を持つ魔法具が完成した。

 これで簡単な日常会話は通じることになる。ただ魔物の固有名詞などがあるため、そのあたりは注意しないといけないが。


 悠斗は単独で行動することが出来るようになった。

 この世界の魔法使いのレベルが、おおよそ分かったからでもある。本当に高位の魔法使いはとんでもないが、そういった人間はそこらじゅうにはいない。

 かつて存在した勇者と魔王は、それこそ一撃で山をも砕くといった力であったらしいが、既に死んでいる。

 他にも何人か単独で世界の戦力を変えてしまうような人間がいるらしいが、地球における数に比べるとたいしたことはない。


 ただ、注意深い人間がいれば、気付いただろう。

 勇者リュートというのが、悠斗の行方不明になった叔父流斗と同じ発音であることに。

 ただリュートという発音そのものが、日本人の流斗という発音と違って聞こえたという幸運はある。

 だがいずれ、異世界から召喚されたという勇者の外見などから、菅原流斗との関係に気付くかもしれない。


 この世界と地球は現在つながっている。

 だから過去にもつながったかもしれないと考えるとのは、ごく自然である。

 もっとも勇者の正体に気付いたとしても、それが転生したとまでは分からないだろう。

 神剣の追跡という事情がなければ、悠斗と勇者を結びつけるものもない。




 そんな悠斗は文字が読めるというアドバンテージを活かして、依頼を選んでいた。

 その中の最も報酬が高く、そして注意を引かれたのが、幻獣種の討伐依頼である。


 幻獣と魔物を分けるのは、一つが知能である。

 そのまま言語を理解する程度なら、知能の高い魔物もそれなりにこちらの言葉は分かるが、相互に会話が成立するのは幻獣の根拠の一つである。

 そしてもう一つは、魔法を使うかどうか。

 何をもって魔法と区別するかもそれなりの議論の余地があるかもしれないが、人間が使うような魔法や、あるいは精霊との対話で魔法を使えば、やはり幻獣と言える。

 それと、繁殖方法だ。

 幻獣の中でも卵から生まれるものはいるが、繁殖に番を必要としない。単性での生殖が可能である。

 あとは食事や睡眠を必要とせず、大気中のマナを主食としていることなどもそうだ。


 もっとも生まれたての幻獣は、人間の赤ん坊と同じように、そういった知能は未発達であるし、普通に食事をする。

 生まれたての竜がいればその成長のために、巣の周辺から生物は消えていく。

 幻獣によっては幼少期からマナを吸収するものもいるが、それでも最低限の食事は必要である。


 そんな幻獣の討伐依頼だ。

「グリフォンか……」

 この世界の正確な言葉では違うのだが、特徴はおおよそ同じのため、悠斗はそう認識している。


 ここ数ヶ月、南の街道を往来する人間、あるいは近辺の村の蓄獣や作物が、グリフォンによって被害を受けている。

 これはおそらく近隣に巣を作り、繁殖しているために食料を必要としているのだ。

 それを退治してほしい。またグリフォンの幼生体の捕獲が可能なら、それも高く買い取るという。


 グリフォンは幻獣の中でも、それほど強力な種ではない。一般的な戦力でも数と質をそろえれば勝てる。

 ただし間違いなく被害は出るだろう。その被害も小さくはない。

 グリフォンのこれまでの被害と、軍を動かして討伐することを考えたら、強力な少数の戦士で討伐する方が確実だ。


 しかし少しおかしい。

 グリフォンは人間の脅威が分からないほど知能の低い幻獣ではない。

 凶暴ではあるが、ちゃんと意思の疎通は可能であるし、人間とあえて敵対しようともしない。

 人間を尊重しようとまではしないが、無駄に人間を憎むこともない。そういった種であったはずだ。


 だがこのおかしさは、悠斗にとって有利に働くかもしれない。

 グリフォンとの意思疎通は、神剣を使えば問題ない。

 力で叩きのめして自分の配下にすれば、巣を移動させて被害が出ないように出来る。

 あと神樹の森の中ならば、グリフォンでも繁殖しやすい。

 現地協力者よりも先に、現地協力獣を得られるというのは、展開的に面白い。




 さすがに単独行動の許可は下りなかった。

 街の中ならそう危険はないと判定されているが、幻獣が相手となれば、地球側に出現した脅威度の高い生物ということになる。

 今、そこまでのことをする必要があるのかという、根本的な問題もある。

 幻獣などというものは、他の者も情報として仕入れてきているが、こちらの人間社会との関係構築に役立つものではない。

 確かにそれを倒して幼生体を捕獲すれば、この地域の権力者につなぎが出来るかもしれない。

 あとは幻獣というのは人間とはまた違ったネットワークを持っているので、違う種類の情報が手に入るかもしれない。

 しかしかもしれないで許可を出すわけにはいかないのだ。


 悠斗を失い可能性も考慮しなければいけないし、補佐に何人かつけるとしても、それがかえって足手まといになる可能性もある。

 わざわざ危険を冒すことへの、リターンがあるのかということだ。

「話を聞いたところ、グリフォンの住処らしいところは、人間が隠れられる森があるので、最悪そこまで撤退してくればいいかと」

「リターンが不確かすぎるだろう。

「これからのことを考えると、いずれこの世界の支配者階級と接触する機会はあるでしょう。その時に幻獣討伐の名声があるかどうかで、向こうの判断も変わると思います」

 それに結局この街の市長には会えなかったが、幻獣討伐などを果たした暁には、当然お褒めの言葉があるとのこと。

 そこからこの世界の支配者階級への伝手を作ることが出来る。


「そういったリターンか……」

 考え込む隊長であるが、彼一人では判断がつけづらい。

 そもそもそれが可能であるのかという判断と、悠斗を危険に晒してもいいのかという判断である。

 結局本隊との連絡が必要となった。


 なんとも面倒な話である。

 雅香が単独行動をしたのが分かる。行方不明扱いになって地球での立場は多少悪くなるかもしれないが、それでも紐付きでない行動が可能であるという利点は大きい。

 それに彼女であれば、魔族の領域であれば多くの伝手が残っているだろう。

 この辺りは悠斗は前世では行動した場所ではないので、地域の有力者と接触することも出来ない。

 もしも会うとすれば、わざわざ地球への門を開いたラグゼルか、エリンのどちらかであるのだが、いまだにエリンからの接触がない。

 単独行動をするというのは、あちらからの接触を促すためにも、必要なことであるのだ。


 本隊との連絡がついた。

 単独行動の許可が出た。




 グリフォンの出没する地域と、営巣地ではないかと思われる場所も、おおよそは判明している。

 徒歩で行くなら片道一週間であるが、空を飛んで行けば半日だ。

(単独行動か……)

 こっそり誰かが後をつけて来るか、何かの権能で探ってくるかとも思ったが、どうやらその心配はないらしい。


 悠斗の持つ霊銘神剣”神秘”は、戦闘力の強化は全くない。

 だが探知や感知など、生き残るために必要な権能に特化している。

 どうしてここまで尖った性能なのかは、悠斗には分かる。

 単純な攻撃力であれば、既に悠斗は持っているのだ。

「光あれ」

 神剣を。




「ふむ、この先だな」

 森が途切れた先に、切り立った岩山がある。

 その間道は細いものであり、現在は使われていない。

「ここまで伝わってくるな。グリフォンとしてはかなり脅威度が高い」

 呟く悠斗に、人化したゴルシオアスは尋ねる。

「それで、どうするのだ? 殺すか、それとも生かすか」

 悠斗は霊銘神剣を既に手にしている。ゴルシオアスは今回、もう一つの目となってもらう。


 単独行動の危険さを、悠斗は散々教え込まれてきた。どれだけの歴戦の戦士であっても、一人であっては手が回らないことがあるのだ。

 雅香の単独行動は、それを考えると危険である。どうにか合流しないといけない。

 もっともあちらは既に、こちらの勢力と合流しているかもしれないが。

「もちろん生かす。従魔契約を結んで、とりあえず人間に被害さえださせなければいいだろう」

 この深い森に、広い縄張りがあれば、人間の財産に手を出さなくても子の養育に必要な食料は採れるだろう。


 グリフォンが迂闊なのか、それともなんらかの理由で人間に悪感情があるのか。

 どちらであっても、契約で縛ってしまえば、人間への危害を加えるのは止められる。

 おおよそこういった幻獣レベルの脅威の排除は、それが単なる村などの被害であるうちは、領主も腰を上げない。

 街道などに出没して、流通に問題が出てきてようやく、討伐なりなんなりを考えるのだ。


 もしエリンがいたら、手段は違った。

 エルフ族は幻獣種と親しく意思の疎通が可能なのだ。グリフォンは比較的そういった種ではないが、それでもよほど人間に悪意がない限りは、説得して被害を出さないようにさせる。

 悠斗としてはそういったエリンの意思の影響もあるが、グリフォンであっても手駒がほしい。

 幻獣は社会を形成するほどの生き物ではないが、同族に対しては話が通じる。

 こちらの世界の人間の戦力は、エルフやドワーフが人間との協力体制を解いたとあっては、あまり当てにはしていない。

 むしろ魔族の方が戦力になるだろうし、魔族よりも竜種などの幻獣種の方が強力だ。


 形はどうであれ戦力であれば、影響力となる。

 裏切りの心配がいらないだけ、むしろ人間の勢力を味方につけるよりもやりやすい可能性さえある。

「やはり神々の力は弱くなっているのか?」

 悠斗が尋ねるのは、まだこの世界に残っている神々の、人間への影響力のことである。

 さすがに人間である悠斗よりは、ゴルシオアスの方がそのあたりはよく分かる。

「そもそも力の強い神々は、全てそなたに力を貸したからな」


 地球の神々は、強力だが人間にとっての善の存在ではない。

 オーフィルの神々は、二面性はあっても基本的に、人間の味方である。

 魔王との戦いはそれほどまでに劣勢になったものであるが、そもそも世界の神を相手にして圧倒していた雅香がおかしいのである。

「グリフォンを恭順させるだけでも一苦労か。先は長いことだの」

 その言葉は優しげだったために、むしろ悠斗の心に突き刺さった。

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