第36話 君臨
純粋に単純に、そして理論的に考えて、刀や剣より槍の方が武器としては強い。
特に集団戦はそれが顕著であり、歴史を見ても槍に類する武器は歩兵のメインウェポンであり、剣や刀といった武器は、ごく一部の例外を除いて、あくまでもサブウェポンという役割であった。
これは遠くから攻撃出来る武器の方が有利という当然の前提からなるものだが、月氏十三家の場合、刀タイプの戦士と槍タイプの戦士が戦った場合、刀タイプの方がやや有利なのである。
もちろんこれにも理由があり、それは江戸時代の習慣による。
江戸時代の武士は、外出時には常に帯刀していた。しかし槍は持っていなかった。
一応は軍事政権であるので、常に武器を携帯しておくというのは、理由としては間違っていない。だがその武器にしても、槍のような長柄の物は持っていられない。
想定としては屋内での戦闘の場合、槍よりは刀の方が取り回しは良く、その刀にしても大刀ではなく常寸とされたほどほどの長さの物が好まれた。
そして携帯する場合が多い武器に関して、そのための技術が発達するのは当然である。
実際に江戸時代の道場は、剣術が圧倒的に多かったのだ。
実戦においては弓矢、槍、後の時代には鉄砲。
安穏とした江戸時代の後にあった維新戦争においては、もはや鉄砲と火砲が歩兵の主力武器であった。
それでも剣術は残った。
大戦の後に民衆から武器が取り上げられても、竹刀という代用品を使うことによって、剣術は研鑽されていった。
その結果剣術はその優位性を保ち、現在でも霊銘神剣において、かなりの達人を抱えている。
悠斗の場合は、それとは少し事情が異なる。
地球においても魔物の類はいるが、あちらで勇者として活動していた頃、彼が必要だったのは少しでも身近な武器であった。
剣道を授業でやっていたので、武器としてはやはり刀剣類が選ばれた。
そして魔物が相手とする場合、彼の剣術は精妙な動きよりは、むしろ一刀両断の果敢さが求められた。
現代日本で作られる接近戦武器は、刀が多くを占めている。
槍を打つ鍛冶師がいないわけではないが、泰平の時代に慣れてしまったことによって、ノウハウを失った部分もある。
よって悠斗も刀を使うわけだが、それは太刀に分類される、長さを持った刀である。
当然ながら抜刀術などは使えないが、普段はしまっておける霊銘神剣なので、その心配はしなくていい。
十三家の若者が行うトーナメントは、霊銘神剣まで使って行われる。
ただしその権能まで使うのは反則である。
出場はしていないが弓の”癒し”などを使われたら、対戦者はかなり苦戦を強いられるであろう。
悠斗の持つ”神秘”などは壊れた性能を持っている。
とにかく想像できる、ありとあらゆるバフが加わるのだから。
「すごいな、あの人」
九鬼家の次期当主である九鬼健生は、試合場で行われている対戦を見て、感嘆していた。
「お兄ちゃんよりも?」
問いかける幼女は、彼の従妹である。
「そうだね、雅香さんと同じぐらいかな?」
「雅香ちゃんと!?」
目を見張る様子も愛らしい、従妹の頭を撫でる健生。
彼は転生者ではない。だが早熟であり、聡明であることを強いられて育てられた。
そして今までのところ、その教育方針は間違っていない。
健生の背後、彼から死角となる場所には、金髪の幼女がいる。
今の時代としては古臭い、健生の乳母の娘であり、幼馴染であった。
振り返った健生の視線に、彼女も頷く。彼女は極端に無口だ。
「じっくり見ておけよ。お前が当主になった時、確実に味方にしたい人間だからな」
九鬼家の怪物と言われる叔父は、悠斗の動きを全て看破していた。
熱い視線を感じながらも、悠斗は無難に勝ち進んでいった。
途中でなんだか前口上の長いやつと戦った気もするが、覚えていないのだからその程度のことだったのだろう。
今、悠斗が全力で考えているのが、どうやって雅香に勝つかということである。
前世において悠斗は勝った。しかし今思えば、有利な材料が多すぎた。
そもそも武器の性能が段違いであった。悠斗の神剣に比べて、魔王の魔槍は単純な強度としても、かなり劣ったものだった。
それに遠距離から延々と魔法攻撃をしてくることもなかった。魔王城での戦いであったので、大規模広範囲魔法を魔王が使わなかったというのもある。
そして転生後、雅香は最大の武闘派である九鬼家の修行をしている。これが一番大きな要素ではないか。
元勇者が負けまくっても、最後に勝てばいいのだろう。諦めないのが勇者の資質である。
とは言っても、いい加減に勝っておきたいというのも本音であった。
雅香がこの世界を守ろうとしているのは確かなのだろうが、具体的なビジョンはかなり怪しい。
しかし自分は雅香以上に、戦力のあてがない。そもそも前世でも、勇者というのは戦場を駆ける突撃隊長であった。
パーティーの仲間を残して魔王と対決したのは、戦えば何人も犠牲が出ると思ったからだ。
その魔王と、今度こそは決着をつけなければいけない。いや、何度も敗北という決着はついているのだが。
訓練における勝率は、およそ二割といったところだ。
正直なところ、転生してから逆に、差が開いているような気もする。
なにせあちらは最強の武闘派一族、九鬼家の中で鍛えられているのだから。
だが悠斗にも、これだけは有利だという部分もある。
春希からつながる、他の家の戦法を学ぶことが出来るのだ。
実戦に繋がる要素はあまりないが、絶無ではない。ならば己の身の糧とするのに躊躇はない。
それが実り、実際にトーナメントを勝ち抜いていく。
中学一年生から大学一年生までの、日本最強の若者達を集めたトーナメント。
その準決勝の舞台で、悠斗と雅香は対峙した。
十三家以外の、ものすごく強い少年がいる。
その情報自体は、以前から出回っていたものだ。市井の血統を入れるためにも、すぐにその調査は行われた。
能力者以外の血を多く引いているが、それでも十三家の末には繋がっている。それを確認したとき、十三家の人間は納得したものだ。
傍流の家系から、突然変異的に強い能力者が生まれることはある。だが強いといっても、それは十三家の本物のトップクラスに及ぶものではない。
及ぶものではなかった、と言うべきか。
同じ年代に、二人もそんな別格の人間が生まれてきた。
御剣雅香。九鬼家の傍流である御剣家の少女。
九鬼家は一騎当千を地で行く能力者が生まれる血統ではあるが、それは男子に限定されている。
理由は不明だが、極端に短い寿命と合わせて、おそらく遺伝的なものだと思われていた。
だから雅香も、実は遺伝子的には男なのではないかと、調べられたことがある。
結果として彼女は間違いなく女性であり、子孫を残すための機能も持っていた。
突然変異なのかどうかは、まだ分からない。だが彼女は幼少期から九鬼家本家で鍛えられていたので、まだ分かる。
もう一人が、菅原悠斗。小野家の傍流の斗上家の、さらに分家の菅原家の出身である。
両親は一般人。もっとも母親の方は感覚的に、能力を使っていたと思われる。
彼の場合はその出自も異色だが、何より精神性が不可解であった。
普通の家に生まれた子供は、魔物と相対して戦うことなど出来ない。
それが幼少期に、身の回りにある物だけを使って、オーガを倒した。この一事をもって、その異常性が際立った。
そして今、その異色の二人が、十三家の重鎮が集まった場所で、対決しようとしている。
試合は、対峙した瞬間に始まる。
相撲のような、阿吽の呼吸だ。この試合には審判もいない。
負けたと思えば負け、それだけがルールである。
危険なようだが周囲にいるのは、日本でも有数の治癒魔法を使う能力者が複数。
即死でもしない限りは大丈夫だし、心臓を貫かれても数秒以内なら再生させることが出来る。
ブラックジャックが裸足で逃げ出すほどの、救命体制が整えられていた。
そして試合は、誰にも止められないものとなった。
静と動。その二つしかない。
構え、間合いを測り、隙とも言えない相手の隙をつき、攻撃する。
その隙がただの誘いであったり、それが誘いであることを悟った上で攻撃したり、さらに誘いをかけたりと、フェイントをかけまくった高速の戦闘が行われていた。
試合の推移を見て、全てを理解していた者は、大人を含めても五指に満たなかった。
その一人である九鬼家の怪物は、舌打ちしたい気分と、高揚する気分を複雑に混ぜ合わせていた。
彼の目から見て、菅原悠斗は天才であった。
もちろん御剣雅香も天才である。
卓越した実力者が戦うその舞台を前に、戦士として興奮せざるをえない。
だが暗く湿った思考が、二人の危険性を告げている。
雅香はいい。九鬼家の血筋に連なる者で、管理下にある。
しかし菅原悠斗は、紫の姫が手の元に置いている。そういうことになっている。
だがあの月姫候補が、悠斗を制御できるとは思えない。
そして雅香が悠斗と組んだ場合……自分が生きている間はともかく、その後に十三家で二人を制御できる者がいるのだろうか。
世界中に、大戦の火種が燻っている。
その最後のきっかけがどうなるのか、九鬼重光は想像する。
この国を、守らなければいけない。それが十三家の、この国に対する契約だ。
それは全ての十三家の人間が、共有しておかなければいけない大原則のはずだ。
だが雅香の目は、もっと違う未来を見つめているように思える。
そして十三家の枠外で育った悠斗は、それに共感するかもしれない。
二つの思惑が彼の中で、複雑に絡み合っていた。
試合を制したのは、雅香であった。
美しい決着などない。ただ二時間にも及ぶ剣技の応酬の果て、彼女の方が体力が残っていただけである。
魔法学校では圧勝したが、この条件ではそこまで明らかな差が出なかった。
膝を着いた悠斗の額に、雅香の刀が突きつけられる。
それで勝負ありとなったのだが、次の瞬間には雅香も尻餅をついていた。
「この……どうやってこの短期間で……」
荒い息の中から言葉を紡ぐ雅香に、悠斗も荒い息の中で応える。
「……つーか……追い抜いて、るはず……だったのに」
両者ともに、協力者にして同盟者であるが、馴れ合った関係ではない。
お互いの技量を高めるべく、情報は公開してあるが、それをどこまで高めるかはそれぞれである。
悠斗の場合は、神剣を使った訓練による。相手となってくれる格上の能力者がいないので、ちょっと神様達に頑張ってもらった。雅香の場合は怪物どもに相手をしてもらった。
その結果が、わずかな差となって出たにすぎない。
両者を称える拍手などはない。十三家にとってこれは、スポーツではないのだ。
ほとんど殺し合いに近い技術の応酬に、この結果が出ている。これを参考に、他の家もさらなる研鑽を積むだろう。
「くっそ。俺に勝ったんだから、優勝しろよ」
「いや、ちょっとそんな余裕はない」
体力や魔力の消耗もそうであるが、精神力を削る戦いであった。
これは単純に休んで回復するしかないが、試合の決着によって集中力が途切れた雅香は、おそらく決勝ではまともに戦えないであろう。
「……もうちょっと先に負けておけば良かったか?」
「そうだな、この意地っ張りめ」
ようやく立ち上がった雅香が、試合場から去っていく。その背中を見送ってしばらくして、悠斗も立ち上がる。
(疲れた……。くそ、少しは負けてくれもいいだろうに。……つーか、前世では一応俺の判定勝ちか)
多くの視線を感じる。それすらも今の悠斗には、億劫なものと思えた。
(決勝、大丈夫かな? あ~、三位決定戦がないのは助かるな)
そんなことを考えながら通路を歩く悠斗の前に、見知った姿があった。
弓とみのりを従えた春希であった。
「あ~、紫様、ご期待に応えられず申し訳ありません」
だるそうに、事実だるいのでそう言った悠斗だったが、春希はぷいと横を向いた。
「……か、か、か、か、こ、こ…:…やるじゃない!」
それだけを言って、ぷいと背中を向けて去っていく。
なんなんだ、と思いながらも悠斗は、とりあえず眠りたいと、案内してくれる弓の後をついていった。
珍しく弓も笑っていたな、と思いながら。
この後に行われた決勝において、雅香は完全に動きに精彩を欠いて敗北する。
月氏十三家の中での試合において、彼女が敗北するのは、それが最後となった。
二章 了
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