第12話 そうだ、迷宮へ行こう

「気が付いたらもうすぐゴールデンウィークじゃねーか!」

 それに気が付いたとき、悠斗は愕然とした。彼の唐突な叫びは久しぶりに帰宅した家族団欒の夕食の席でなされ、頭を抱える息子に、母は白い視線を向けた。

「いいから食べなさい。思春期の悩みなら聞いてあげるから」

「いや、そういったもんじゃないんだけどね……」

 料理に集中する悠斗。今日のメニューはカレーである。弟の味覚に合わせているので、かなり甘口である。




 さて、魔法学校に入学して、一月弱が過ぎていた。

 その間に悠斗は色々な情報を得ることが出来たが、どうも自分の進路は失敗だったのではないかと思っている。

 彼の目的は家族の安全と、自分の保身。さらに言うなら畳の上での大往生である。

 だが魔力の強さは知られ、春希には目をつけられ、裏社会の情報まで知らされてしまっては、当初の目的とは違って裏社会で非合法な活動する責任が生まれてきそうである。

 いや、裏社会というと語弊があるのかもしれないが。

 しかし勇者の経験のせいか、世界の命運などにも関心を持ってしまう自分がいる。そんなことは一族のお偉いさんに任せるしかないのだ。勇者であり、王や将軍と面識のあった前世ではないのだから。

 早急に対策を取りたい。幸い彼の戦闘力は、まだ春希以上の上位者たちには知られていない。そしてその戦闘力の上限を、春希たちは勘違いしている。


 同好会の四人の中で、一番頭が良いと言うか、日本の能力者の知識に優れているのは沖田弓である。

 彼女は月氏十三家における強さの指標を悠斗に教えてくれた。

 38000の魔力というのも、あくまで一つの基準でしかないのだと。


 この世界にもあちらの世界にも、ステータスとかスキルといった、ゲーム的なものはない。

 もちろん魔力の量は計ることが出来るし、筋力や柔軟性などは、ステータスではなく普通に測定出来る。

 だがそれでもある程度の計算式で、実力を数値化することは出来るのだ。


 魔力の量。これが多い者は、確かに基本的には強い。

 だがこれに魔力制御という関数を用いることにより、実際に発生する魔法の威力は上下する。

 魔力×魔力制御力=魔法攻撃力、といったところであろうか。魔法制御と一言で言っても色々な内容があるので、そこでも式が出来るのだが。

 さらにこれに、使用可能な魔法の数、魔法の構築にかかる速度、はては実戦においてどう魔法を使用したかなど、単に魔力の量だけではその強さは決まらないと言って良い。

 他に衝撃的だったのは、弓が全く表情を変えずに言ったのは、悠斗を種馬として囲いたい家があるということである。


 悠斗の魔力は巨大である。そして魔力の量はある程度遺伝する。これは悠斗の母方に、魔力を持つ者がいたことで確定しているし、月氏一族も同じであるので間違いない。

 能力者の戦闘力は、素質と環境が半分ほどの割合で構成されると言われている。

 幼い頃から魔法に触れ、そしてそれを高める訓練を受けていた一族の子息に比べれば、いくら魔力が多いと言っても、悠斗の戦闘力などそれほどのものでもないということだ。少なくとも客観的な評価としては。

 だがその素質は魅力的だ。サラブレッドの血統のように、悠斗の素質部分だけが子に継がれるなら、その子を幼い頃から訓練させれば、結果的に強い能力者が生まれるということだ。

 政略結婚ならぬ、血統結婚とでも言うべきか。弓は一切濁さず、月氏は一夫多妻制が実質成立しているとまで言った。

 さらに隠さずに、自分かみのりのどちらかが悠斗の正妻候補であるとも言った。

 ……ぼんっきゅっぼん、とつるぺたーんを揃えた訳ではないであろうが。




 悠斗は呆れたものだが、分からないわけでもなかった。

 あちらの世界でも、強い傭兵がもてはやされ、何人もの女を囲うということはよくあった。

 魔法に優れた貴族は、同じく魔法に優れた貴族と互いに政略結婚を行い、魔法という戦力を引き継いでいた。

 悠斗にしても迫られたことは数え切れないし、認めたくない若さゆえの過ちをおかしたこともある。

 幸いにも子供は出来なかったようだが……死んだ時点で誰かが妊娠していた可能性はある。実は隠し子が、などという可能性もあるが、それはさすがに今の人生には関係がない。


 そんな悠斗の内心にも気付かず、弓は視線すら合わせずに月氏の内情を説明していた。

 月氏十三家において、基本的に恋愛結婚というのはありえない。

 あるいは結婚ということすら、表向きの言い訳に使われる。


 月氏一族は魔物と戦ってきた一族であり、基本的に男の方が女より肉体能力は高く、魔法の才能は同等である。

 つまり魔物との最前線に立つのは男が多く、戦死者も男が多い。

 余った女は、それでも生き残った手練の男の妾、あるいは種をもらって子供を産む育てる使命を持つ。

 どうにも納得しづらい環境ではあるが、強い男の遺伝子を残すというのは、理にかなったものではあるのだろう。

 さすがに遺伝子が科学的に説明される現代ではなくなったが、昔は兄妹の近親婚すら行われていたらしい。

 まあそれに関しては、古代だから、の一言で済ませばいい。古代エジプト王朝や、古代大和王朝では、近親婚が普通に行われていたのだ。聖徳太子の両親が腹違いの兄妹であることは有名である。


 似たような立場なのがアルである。

 彼は魔法技術の国家間交流ということで日本に来ているのだが、実際のところは遺伝子の多様さを求められてもいるのだ。

 ゴブリンが世界に公然と発見される以前、能力者たちは基本的に、国家か共通の文明圏に属することが多かった。

 だが経済のグローバル化などという頓珍漢な言葉とは違って、魔物の発生頻度とその力は増加していっている。

 自然と軍事費に回す予算が多くなるわけであるが、それをある程度制限するためにも、軍事力ではない戦力、能力者の育成と強化は世界にとって喫緊の課題となっている。

 日本の月氏十三家のみならず、世界中の組織がそれは認識しており、ある程度友好的な組織同士は、新しい血を入れる必要を認めていた。もしくは仲の悪い組織が、交流するために能力者を送り込むことさえあるという。

「君の場合だと、朝比奈さんか沖田さんを妻にして、あと何人か女性をあてがわれることになるんじゃないかな? 実績が出たら、その数はさらに増えるだろうね」

「ちょっと待てキリスト教圏。一夫一妻がキリスト教の原則だろ?」

「妻は一人でも妾は違うよ。それにまあ……キリスト教なんて時代遅れなもの、僕たち能力者が信じているわけないだろ?」

 イエスさんの行った奇跡など、全て能力者の力の範疇で出来ることである。


 キリスト教は奇跡だけでなく魂の安寧を求めるもの、まあ宗教は全般的にそうなのであるが、能力者は基本的に現実主義である。

 魂の転生は存在するようだが、天国や地獄といったものは存在せず、不完全ではあるが蘇生魔法すらある。

 あちらの世界では蘇生魔法は条件的だが完成していたし、さらなる研究自体はかなり大規模に成されていた。副次的な効果もあった。おそらく技術の質の差であろう。

 そもそもキリスト教全盛の時代、能力者は権力からは距離を置いていた。

 実在する神を知る能力者にとって、宗教の神というのは紙のように薄っぺらなものでしかなかったのだ。




「さて、それでは悠斗の戦闘力もある程度上がったので、今日から迷宮に潜ってみようと思います!」

 ゴールデンウィーク中には何のイベントも発生せず、再開された学校の放課後、いつものごとく何の前触れもなく、春希は部室で宣言した。

 アルがにこやかに拍手すると、数秒遅れてみのりもそれに倣い、弓は何も聞こえなかったかのように読書を続け、しかし春希はそんな弓にも気にせず先を続けた。

「今まで足手まといだった悠斗だけど、この間の戦闘力分析の結果、迷宮ソロ挑戦を許される、ランク3に達しました!」

 戦闘力分析とは何だ? とは悠斗は尋ねなかった。

 ゴールデンウィーク前に部活では、室内での雑談という名の戦闘座学を行っていたのだが、その最後に春希が持ってきた機械で、悠斗を測定したのである。その結果ということか。


 測定である。鑑定ではない。

 よくあるライトノベルのように、見ただけで相手のレベルやステータス、スキルなどを見抜くことなど出来ない。

 だが魔力と制御力から魔法攻撃力を計算するように、様々な数値化出来る要素から、戦闘力の分析は出来る。

 そのため春希が持ってきたのは片手で持ち運べるサイズのものであったが、実は魔法として同じ効果があるものもあるし、悠斗の知る限りでは似たような効果がある闘技もある。

 解析系という分類の魔法であるが、万能には程遠い。

 魔力を抑えておけば計測する数値が変わるし、戦闘技能や使用出来る魔法の種類、熟練度や経験はほとんど反映されないからだ。


 それでも魔物の感知などには便利なため、春希や弓はある程度それらの魔法が使える。

 もっとも能動的に使わなければいけないので、殺気の感知や野生の勘に頼るほうが、悠斗の場合は便利そうである。

(探査の魔法か。あっちでもあったなあ)

 人間と違って魔物の場合、内包している魔力がそのまま戦闘力に直結している場合が多かった。

 魔族にしても、やはり内包する魔力が高い方が、大方は格上だった。知略に長けた魔族が重用されなかったのが、あちらの世界での人間側の勝因だと思っている。

 魔王自身は相当に戦略や戦術に通じていたようだったのだが。


「まあ、ここまで早く段階を上げることになるとは思ってなかったけどね」

 春希はいつもとは少し違う、警戒感のこもった視線で悠斗を見つめる。

「普通なら魔物を殺すのに、最初は躊躇うものなのよね。最初からゴブリンを容赦なく殺すし……一族の人間だって、最初はなかなかちゃんと動けないのが普通なの」

 私も含めてね、と春希は続けた。それはもう、生まれる前から殺戮の経験がある悠斗と同じにしてはいけない。

「人間の場合、割合にして百人に二人は、生まれつき殺人を全く躊躇しないと言われてる」

 弓の言葉は悠斗にとって心外なものであるのだが、そう思われても仕方がない。




 普段どおりの装備で、一行は魔境となった森へと踏み入った。

 一時期よりは魔物の発する瘴気が薄い。他の一族も含めて、多くの能力者が訓練がてら魔物を間引いていったのだろう。

 しかし中には魔物に返り討ちにあう者もいる。それは当然だ。どれだけ注意をしていても、魔物との戦いは殺し合いである。ちょっとした油断や隙が、致命的なものになることは多い。

 それでも一族は、過酷な狩りを止めようとはしない。安全マージンを取りすぎて練度が下がった能力者など、なんの役にも立たないからだ。

 多少は死ぬぐらいの難度でちょうどいい。一族の長老たちはそう考えている。


「しかし迷宮だと、今までとは違う戦い方が必要になるんじゃないか?」

 森での戦い方は、悠斗も連携に慣れてきた。しかし迷宮となるとそうはいかないだろう。

 具体的には春希の弓矢は使いにくいし、みのりの薙刀も取り回しに困りそうだ。

「まあそれは、ダンジョンに行ってからのお楽しみってとこかしらね」

 悪戯っ子めいた春希の言葉に、悠斗は内心で溜め息をつく。

 どこか気の抜けた様子に、悠斗は危機感が大きくなるのを感じていた。

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