第7話 彼女なんか無理ですから

「有栖川君の彼女って、本当に大変そうだよね」

「何で? 」

「心が休まらないでしょ? 他人と彼氏を共有して良しとする人なんかいないだろうし」

「別に、今も過去も彼女なんかいたことないからよくわかんねぇけど」

「は? 」


 家の前まで到着し、じゃあねと手を上げようとして弥生の手が中途半端に止まる。


 何か今、信じられない事を聞いたような気がするんだけど……。


「彼女がいたことない? えっ?だって花梨ちゃんは? 彼女とは付き合ってたよね? 」

「は? 花梨って誰? 」

「ああ? 山下花梨! 私の初めての友達だよ?! 」


 賢人は理解したというような表情を浮かべた後、心底嫌そうに目を細めた。


「それ、山下が言った訳? 俺と付き合ったって」


 弥生はそこで初めて、花梨からは何も聞いていないことに気がついた。


「あれ……、だって……、え? 」


 賢人の大きなため息と共に、弥生の肩を玄関の方へ押した。そして、顎でしゃくってドアを開けろと促す。

 弥生は訳も分からず、リュックから鍵を取り出して家の鍵を開けた。


「入らねぇの? 」

「入るよ」


 弥生がドアを開けると、何故か賢人が先に弥生の家に入ってきた。


 ドア開けたの私だよね?

 何、自動ドアみたいな感じで入ってきちゃう訳?

 ってか、あなたの家は隣ですよ。


 賢人はあまりにスムーズに家に入り、勝手知ったる他人の家とばかりに玄関で靴を脱ぎ、リビングへ向かう。

 弥生も慌て後を追い、リビングへついて行く。

 電気をつけ、ソファーのど真ん中に座った賢人は、悠然と足を組んだ。


「麦茶」

「はい、ただいま……? 」


 気が利かないとばかりに睨まれて、つい習慣から言われたままに動いてしまう。


 家政婦、召し使い、家来……、

 どれもみな弥生にあてはまっている気がしてならない。

 なるべくかかわり合いたくない、会話も最小限でと思い、言われたことに逆らわずにハイハイと言うことを聞いてきた結果、こんな立ち位置になってしまった。


 キッチンで麦茶とクッキーを用意してお盆にのせて戻ると、賢人がスマホを片手に何やら操作していた。


「麦茶、持ってきたよ」

「ああ」


 自ら麦茶を要求しといて、置かれた麦茶には目も向けず、ずっとスマホをいじっている。

 何気に賢人の手元を見ていると、賢人のスマホが弥生のものと同じ機種なのに気がついた。しかも、色まで同じである。

 バイトを始めるようになり、連絡がとれたほうがいいだろうと、つい一週間前に母親に買ってもらったばかりのスマホは、スマホケースにも入っておらず、なんの飾りもなかった。


「おまえ、友達少な過ぎ」


 スマホをポンと放り投げられ、慌ててそれをキャッチした。弥生の頭に「 ? 」が浮かぶ。

 待ち受けに見覚えがあり……といってもシンプルに時計の画面なだけなんだけれど、こんなとこまで同じ? と首を傾げる。


「しかも、ロックが誕生日とか捻りなさすぎ」

「これ、私の?! 」


 賢人がいじっていたのは弥生のスマホだった。しかも、友達少な過ぎって、電話帳を見られたらしい。

 友達少な過ぎというか、家電、母親スマホ、父親携帯、花梨スマホ、バイト先電話しか登録していなかった。若葉と楓のスマホは新学期に会ったら聞こうと思っていたからだ。


「見てわかれよ。俺のも登録しといてやったから、友達が倍に増えて良かったな。ちなみにお気に入りにも登録したぞ」

「友達って……」


 勝手にいじられたものの、たいした情報が入っている訳でもなく、いまだメールすらしたことがなかったから、スマホを見られたというショックもなかった。数件のアドレス登録すら一時間以上かかってしまった弥生からしたら、ほんの数分で登録できてしまう賢人って凄いな……なんて、感心してしまってさえいた。


「違うカテゴリーのがいいか? 」


 友達以外というと、知り合いとかだろうか?


「……彼氏とか」

「はい? 」


 私、あなた、彼、彼女の「彼」だろうか?


「だから、恋人だよ」

「ごめん、意味がわかんない」


 賢人の顔が、今まで見たことないくらい不機嫌に歪められる。


「初カノにしてやるって言ってんだよ」

「いやだって、花梨ちゃんとキスしたりしてたよね? さっきだって巨乳の……前園先輩? とホテルから出てきませんでした? 」

「え、何? ヤキモチ? 」

「いやいやいやいや! 見たまんま言っただけ」


 賢人は首を傾げる。


「何度も言ってるが、付き合った彼女はいない。みんな向こうから言われたから相手しただけで、俺からなんかしたことないし。まあ、性的欲求を弥生が解消してくれんなら、誘われてもしない。それでいいだろ」


 どうだ、譲歩してやる! と言わんばかりに言われ、弥生の頭の中は一瞬真っ白になる。ついいつもの習慣で、イエスマンよろしくうなづきそうになり、いや違うだろ! と頭の中でだけ突っ込みを入れた。


「ごめんなさい、無理です。勘弁してください」


 初めて賢人に「ノー」と言った。

 賢人に親しく話しかけられたというだけで虐められてきた小学校・中学校時代。これで「恋人」にカテゴライズされたら、悲惨な高校生活が待っているに違いない。

 それに、あんな巨乳の先輩とホテルでいたしていた賢人の性的欲求を満たせるだけのものが自分にあるとも思えない。


 ゆ・え・に!


「辞退させていただきます」


 頭を深く下げて言うと、賢人に腕を強く引っ張られて弥生は体勢を崩してしまう。ソファーに座っている賢人の両足の間に膝立ちのように座り込んだ。

 背中に腕を回され、賢人に囲えこまれたような形になり、弥生はパニック過ぎて逆に無表情になってしまう。


「それ、却下」

「無理です」

「大丈夫」

「いや、無理だって」

「なんとかなる」

「なんともなりません! 」


 賢人の囲いこみはほどかれることなく、多分弥生がうなづかない限り、このままなんだろうというのはわかった。

 わかったが、到底のめる案件ではない。


「なんで無理なのか説明してみ」

「説明したら離してくれる? 」

「納得できる理由ならな」


 賢人を納得させられる理由。


 他に好きな人がいる? ……いないし。

 賢人が嫌い? ……嫌いまではいかない。特別好きじゃないだけだ。

 回りの目が気になる。……無茶苦茶気になる。つりあわないとか、言われて嫌がらせとかされそう。ってか、絶対される。


「有栖川君と付き合うと、虐められるから嫌。有栖川君のこと好きな娘から嫌がらせとか半端なさそうだもん」

「なら、学校でずっと一緒にいればいい」


 ひたすらこき使われる未来しか見えないんですが……。


「無理だよ。今はクラス一緒だけど、来年とかはわからないじゃん。ずっと一緒に行動するなんて無理ありまくり」

「それは俺がなんとかするから大丈夫。他は? 」


 大丈夫の根拠が知りたい。

 ……でも言えない。


「私は付き合うなら一対一がいい。でも、有栖川君を満足させる自信はありません。ほら、先輩みたいな女らしい体型じゃないし」

「おまえは昔からチビだし、幼児体型のまんま成長してないな。でも、そういうのもアリかもしれないぞ」


 なしかもしれないじゃないか!


「うーん、平気平気、なんとかなりそうだ」


 賢人の視線が弥生の胸辺りをさまよい、真面目な顔でうなづく。


 今、なんか透視能力とか発動していませんよね?

 変な想像とかしていませんよね?

 なんとかなる……って、十分失礼過ぎませんかね?

 なんとかなられても困るんですが。


 弥生は頭の中で叫びながら、賢人の納得のいく理由とやらをさらに考える。


「有栖川君がなんとかなったとしても、私が無理なの! 」


 初恋すらまだの弥生にキス以上の男性経験がある訳もなく、賢人みたいにホイホイ男女の関係がもてる筈がない。そういうの込み込みのお付き合いなんて、弥生には遥か先の出来事で、想像するだけで無理だ。


「つまり……弥生は俺じゃ発情できないってこと? 」

「は……発情?! 」


 弥生を囲んでいた手が離れ、何やらカチャカチャと音がした。

 何してるんだろう? と弥生が視線を下げると、賢人はごく真面目な表情でズボンのベルトを外していた。

 ジーッと音がしたのは、ファスナーを下げる音だ。


 !!!!!


「な……な……な……」

「とりあえず、見とく? 発情するかもしれないし」

「ギャ〰️〰️〰️ッ!!! 」


 可愛らしくない悲鳴が弥生の口から飛び出した。

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