第10話:寝る→幼女

「ごちそうさまでしたーっ」

「ごちそうさま。水が出ないのよね? 仕方ないから片付けてやるわよ。あ、べ、別にボクが片付けるんじゃないからっ、ル、ルナなんだからっ」

「え? え? ルナがどうしたですの? ねぇネフィちゃん」

「し、知らないわよっ。もう、早く帰るわよっ」

「あぁーん、ネフィちゃん待ってぇ」


 ふぅ。今日は一日、ずっと騒がしかったなぁ。

 夕方になってようやく解散し、ルナとネフィティアの三人で野菜炒めイン、チッタの実を食べ。

 その二人も今帰って行った。


 アウドドア用のテーブルとチェアはテントの外で。

 夜空を見ながらの夕食は、バーベキューみたいでなかなかいい感じだった。

 肉……欲しいな。

 

「肉だけじゃなく、キャベツともやしも明日で終わりだな。タマネギ人参、じゃがいも……植えたら花を咲かせて種を付けないかな?」


 小麦だけじゃなく、野菜の栽培も必要だよなぁ。


「はぁ……星が綺麗だ」


 現実逃避するにはちょうどいい星空だ。

 こんなの、日本では見たことない光景だよな。

 

 しばらくチェアに深く腰掛け、ゆっくりと夜空を堪能。

 スマホの時計は『8:09』と表示されている。 


「リュックの中の時間が止まっているなら、スマホは今後リュックに入れない方がいいな。そうだ。リュックにスマホ入れてた奴もいたっけか」


 テーブルの脇に置いたリュックから、クラスメイトの物を取り出す。

 スマホ発見。


 取り出したスマホの時計は『3:04』。

 ずっとリュックに入れていたのなら、召喚された時から止まっているはず。

 と考えると、確かにこの時間で合ってるな。


「これでリュックの中の時間が止まっているのは確定だな」


 スマホはまたリュックの中に入れる。

 アンテナのないこの世界では、時計代わりに使うぐらいしか出来ないもんな。

 他のスマホは大事に取っておこう。

 もし再会できることがあれば、その時返してやりたいし。


「さぁて、寝るか! なんか異世界に来て俺、規則正しい生活してるよなぁ」


 いつもなら夜遅くまで漫画読んだり、ちょっとゲームしてたりしてたしなぁ。

 ここだとゲームが出来ないからなぁ。

 やることないし、結局寝るしかないんだよな。


 テントの入口のチャックを閉め、シュラフに潜り込む。

 電気を消してしまうのは少し不安で、ルナたちに貰ったランタンをテントの隅に置いた。


「あれ、火じゃないんだよな。石が光っているみたいだけど……さすがファンタジーだよ」


 などと言っている間に瞼が重くなって──






 気づいたら、


「んにゃむぅ」


 俺の隣に幼女が眠っていた。


「は?」

「にゃむにゃむぅ。んんー、ダメぇ」

「ダ、ダメ!? 何がダメなんだっ。いやそうじゃなくってどこの子!?」


 どっかの娘さんが寝ぼけて入って来た?

 いや待ってくれ。こんなところ、誰かに見られたらマズいぞ。

 み、見つかる前に──


 慌ててシュラフから飛び出し、ルームのチャックを開けて──開け……。

 ん?

 人が入って来た形跡が……ない。

 俺が寝る前に閉めたチャックの位置とまったく同じだ。

 たまたま偶然?


 隣のルームに移動し、外に出るための出入口を見る。

 チャックの位置はここも同じ。


 は?


 振り返る。

 小さな女の子が、俺のシュラフの横で丸くなって眠っている。

 

 え?

 ……え。


 あの子は……外から入って来た訳じゃあ……ない?


「ひっ」


 叫びそうになって自分の口を手で塞いだ。

 起きるな──起きるな──。


 そぉっと抜け出して、ダッシュでルナたちの家に走った。

 走って、登って、戸を開けて──


「おお、俺のテントの中に、幽霊が出た!!」


 ──叫んだ。


「んにゃー。お腹いっぱいぃ」

「にゃむ……にゃによぉ」

「幽霊だ、幽霊! なっ、なっ。やっぱりここに泊めてくれっ」

「とめぇー……なっ!? なんであんたがここにいるのよっ」

「あぁー、カケルだぁ。おはよぉー。今日もいいお天気だねぇ」


 いえ、まだ夜です。


「頼むっ。テントの中にいるんだって、幽霊がっ」

「「幽霊?」」


 二人がキョトンとする中、俺は必死に首を縦に振る。


「最初は誰かのお嬢さんかなって思ったんだよ。けど閉めたチャックの位置がまったく動いてなくって、誰かが外から入って来た形跡がないんだよっ」

「……小さい子なの?」

「小さいっ。んー、たぶん四、五歳ぐらいだ」

「それ、ヒューマン基準よね。五歳なんて赤ん坊よ、ここじゃあ」


 うあぁーっ。この世界でも長寿エルフだったぁーっ。


「でもぉ、それって幽霊じゃなくって」

「スーモかもね」

「スー……モ?」


 ネフィティアがロフトから下りて来る。

 ランニング──いやノースリーブっていうのか。袖のないシャツと、生地の薄いショートパンツ姿だ。

 露出している肌が眩しい。


「何しているのよ。早くそこどいて」

「え、あ」

「見に行ってあげるって言ってるのよっ。早く出て!」

「あ、ああ、ありがと──え? 見に行く?」


 わざわざ幽霊を見に行くのかよ。

 

「ルナもー。ルナも見に行くですぅ」

「あ、おい、スーモってなんだよっ」


 戸の前から避けると、ネフィティアがすっと外に出た。

 それを追って俺も外へ。


 今日は満月だった。

 日本で見ていたものより、遥かに大きな月だ。

 その月を背にしてネフィティアは立つ。


 薄緑色の髪が月明かりに反射して、とても……

 とても綺麗だった。

 

「スーモは精霊よ。ツリーハウスに宿る精霊。分かったらさっさと行くっ」


 ツリーハウスの精霊……あの女の子が!?


 おっかなビックリ、テントに戻ってみると、そこにはやっぱり女の子が眠っていた。


「スーモよ。子供にしては体が小さいでしょ、よく見なさいよ」

「え、あ……そう、いえば?」


 体を丸めて寝ているから、どのくらいの身長なのかハッキリとは分からない。

 でも確かに小さいな。

 従姉の赤ちゃんがこの前産まれて、親に同行して産婦人科まで行ったけど──ほとんど変わらない気がする。

 だけど顔立ちとかは赤ちゃんとはまったく違う。

 保育園児とか幼稚園児と同じぐらいだろ。


「は、はは。なんだ、精霊だったのか。ツリーハウスの精霊って、こんな小さな子なんだ」

「そうだよぉ」

「そうじゃないっ。ツリーハウスが成長していないから、精霊も同じように成長していないだけっ。ルナ、適当なこと教えないのっ」

「てへ」


 危うく騙されるところだった……。ルナの言葉には気を付けなきゃな。


 ツリーハウスが成長していないから、精霊も子供だってことか。

 へぇ。そういう精霊も、この世界にはいるのかぁ。


「って、なんで精霊が俺の隣で寝てたんだよ!」

「んにゃむ……」


 うっ。思わず大きな声を出したもんだから、精霊が目を覚ましてしまった。

 

「ふにゅうぅ……」


 瞼をごしごし擦りながら精霊が大きな欠伸をする。


「スーモ……なのか?」


 女の子の大きな目が俺に向けた。

 金色の、輝く瞳だ。

 女の子はきょろきょろと辺りを見渡し、それから慌てて俺が使っていたシュラフに潜り込む。

  

 ひょこっと顔だけ出してきた。


「スーモかい?」


 怯えさせないよう、出来るだけ優しく尋ねる。

 女の子が頷いた。


「わ、わたし、スーモ。カケル……住んでくれて、ありがとなの」


 金色の瞳を細めたその子は、微笑んでいるように見えた。

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