3 過去へ

1.2年前のこと

始業前の教室は、いつものようにざわざわと、そして活気にあふれていた。


教室の最後列の座席に座ったスラリとした長身のイケメンアルベルトとそれより少し背は低いが丸顔で愛嬌のある顔のアイデンは、なんと二人ともがそれぞれセントクリストファー王国、サルーン王国の皇太子であった。セントクリストファー国立高等学院は学業において、最高峰の学校であり、かつ王族や伯爵家など家柄のよい生徒達が選ばれて通っていた。そのため、学院内では皇太子殿下が普通に机を並べて学習をする風景も、皇太子殿下が学友と肩を組んだりふざけあったりしている光景もごく日常の光景の一つだった。


「アル、今日は転入生が来るっていう噂だ」

アルというのはアイデンがアルベルト皇太子殿下を呼ぶ愛称である。


「へえ~」


「とっても美人だという噂だ」


「そうか」


「学業もなかなからしい」


「ふぅ~ん」


「えらく気のない返事をするんだな。まあ、それだけイケメンで、学業もトップクラス・・とはいえ、学業においては、お前は俺には勝てないが・・まあ、何もしなくてもモテモテの皇太子殿下様にとっては、美人転校生の一人や二人、全く興味がないってところだな」


「・・それにしても朝からよくしゃべるなあ・・しかも、お前も皇太子だろうが。とにかく、1時間目は魔法薬学の講義で、俺は今、それどころではない」


アルベルトは教科書を広げ、予習に余念がない様子だった。

わずらわしさを前面に出しているアルベルトのことなど全く我関せずのアイデンは、ニヤニヤしながら言った。


「実は、彼女はサルーン王国から転校してくる。そして、最も言いたいのはだな・・彼女は俺の幼馴染だ。ゆくゆくは俺と結婚して、サルーン王国の皇太子妃になる予定だ。アルよろしくな。くれぐれも言っておくが、手を出すなよ」


「ほ~い」


それほど軽く返事をしていた自分が、担任とともに教室に入ってきた彼女に、目が釘付けになった。ストレートでツヤツヤの黒髪をきりりと頭の後ろに結い上げ、背筋をしゃんと伸ばした姿は、いかにも風格がある。しかも、大きな黒い瞳が理知的でとても魅力的だ。


「・・・フローレンスと申します。サルーン王国から留学してまいりました。セントクリストファー王国の高度な魔法術を学びにやってきました。幼馴染のアイデンもこのクラスにいるようで心強いです。よろしくお願いします。」


アルベルトとしたことが、あまりにも見とれすぎて、名前の最初を聞きそびれてしまった。しかし、彼女は、はきはきとした声でよどみなく最後まで自己紹介をした。クラスの男子の全員が転校生にメロメロになっているといっても過言ではなかっただろう。しかも、アイデンの幼馴染だなんて世間は狭すぎるではないか。もはやアルベルトは1時間目の魔法薬学のことなど頭から吹っ飛んでしまっていた。


「アイデン!」


満面の笑顔を浮かべ、彼女は手を振りながら颯爽と、まっすぐにアルベルトとアイデンの座る席の方にやってきた。その笑顔は有無を言わせず


「席をあけるように」


言っていた。


アルベルトは腰を浮かせて1つ中央寄りの席に移動、それに伴ってアイデンもアルベルトの方に移動して、転校生のための席を確保した。

当たり前と言うように、アイデンの隣の席に腰を下ろした彼女は、眼をキラキラさせながら言った。


「アイデン、私やってきたわよ。セントクリストファーの授業ほんとに楽しみ!ところで、お隣はどちら様かしら?」


「あ、こいつは、アルベルト。親友兼ライバルと言うところかな。俺はアルと呼んでいる」


「アル、よろしくね」


「アル、こちらは俺の幼馴染。俺の予定で言えば未来の皇太子妃だな」


「もぉ。勝手なこと言わないで。私はここに、勉強をするためにやってきたんだから。あ、アイデンのライバルのイケメンの彼、私もアルって呼んでいいかな?」


少し強引な言い方だが、、彼女が言うととても普通に聞こえるから不思議だった。


「も、もちろん」


「アル、よろしく」


サラリと言った彼女の声がアルベルトの耳の奥にじんわりとあたたかく、いつまでも残っていた。


3人、それぞれの思いは交錯模様であったが、転入初日からアルベルト、アイデンの二人の間に、彼女は極々自然に溶け込み、学院での生活はとても順調かに思えた。


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