第65話「向き合う覚悟と中途半端な答え」



 あの後、俺は嫌な空気になったから部屋に逃げ出したのだが今はなぜか狭霧と二人で部屋にいた。少し一人で部屋に居たらノックもしねえで普通に俺の部屋へと入ってくるからノックくらいしろと言うと、昔は一度もしなかったから気付かなかったと謝罪される。これもあの二人が甘やかしたせいだ、マナーも叩きこむ必要が有ると……そんな事を思ってるとコイツは無防備に昔みたくベッドに座り込んでいる。


「信矢の部屋、久しぶり……だね」


「ああ、そうだな。お前は今日の知ってたのか?」


「知らなかったよ……そもそも私が信矢の状態知ったの最近だよ?」


 そんなのは分かってる。でも今さら知ってたと言われてもどうすれば良いんだ?俺は混乱していた。両親のカミングアウトに今さら何をどう答える?ケジメは付けたのに別な問題が浮上する。正直何をどうすれば良いのか分からない。


「まさかメガネの野郎、これに気付いてた?」


「えっとクールモードの方が?」


「ああ、俺に蹴り付けとけって事だろうな……あいつは最初から良い子ちゃんだからな、本体はあんなヘタレなままだしな」


「そう言う言い方やめてよ……シンだって頑張ってるんだし」


 はいはい、結局は俺が一番悪いんだろ。分かってんだよ……はぁ、最悪だ。確かに奴が耐えなきゃいけない時はあったが、ぶっちゃけ俺が解放されてる状態なら俺か、あのいけ好かないメガネが出れば良い話だから、いよいよ本体の価値が無くなって来たな。ま、コイツはヘタレが一番好きらしいから仕方ねえけどな。


「あっ、あのさ、信矢? シンママが、私もご飯食べて行って欲しいって……いい、かな?」


「勝手にしろよ。俺も勝手にする」


「一緒に、食べよ? ね?」


 この上目遣いは本当に反則だ。他の二人が甘やかすのも……っといけない、ここで俺が甘やかしたらコイツのためにならない。いや、そうじゃなくて気にわない。ただそれだけだ。


「わぁ~った。どうせお前の好きなもん出してくるぞ? 好きなだけ食って帰ればいいさ」


「うん!!」


 そして俺の予想通りに狭霧と俺の好物が出て来た。ロールキャベツのトマトソースで、俺の方はコンソメ、わざわざ二種類作ってご苦労なこった。チラチラ見て来る辺り、理知的で計算通りの母さんとはとても思えない。母さんは計算は得意だが逆に演技力は無い。故にウソや隠し事は簡単にバレる。普段は追及する側だからこう言う時は弱い。


「あのよ……いいか? 母さん、親父も」


「なんだ?」


 親父が答えビクッとした母さんがこっちを見る。昔は二人がもう少し大きく見えていたのに特に母さんが小さく見えた。ま、俺が育ったのも有るんだろうが、それだけじゃないだろう。


「俺としては旨いもん食ってる時に正面に座ってる二人がお通夜で、隣のアホが、もっと食いたそうにしてるのにおかわり遠慮してる状態はやっぱダリーわけなんだよ」


「んぐっ!? 信矢!! 私も出来ればもう一個欲しいとか思ったけど――――「俺のやつ食うか? そっちのソース付けりゃいけんだろ?」


 そう言って狭霧の取り皿に俺のロールキャベツを一つ乗せる。そう言えば前もこうやって一個分けてやった覚えが有る。


「えっ!! 良いの!! うんっ!! 食べる!!」


「今回だけだ……ったく、と、まあ今はコイツとは関係修復中だ。これで満足か?」


 俺は皿に残ったロールキャベツを食べながら考えた。俺は結局どうしたいのか……俺が狭霧を好きかどうかなんてまだ分からねえし、アニキ達がいくら拗ねてるとか言われてもこれだけは譲りたくない。ただ幼馴染のコイツを甘ったれたままにしておくのが嫌なだけだ。


「信じて良いのか?」


「少なくとも俺を信じねえからこうなったんだが?」


 親父の問いに俺は憮然と答える。始まりはイジメだった。だけどその後に俺は謝ってくれた家族すら信じられなくなった。母さんからは試されるように勉強をさせられたし、親父は俺に期待しなくなった。


「わ、私は……そんなこと……」


「アニキ達と一緒にクリスマス決戦の時には模試まで受けさせて妨害したの忘れてねえからな?」


「あれは、でも……あなたのためを思って」


 一応は分かるつもりだ。あの後に研究所で捕まってる時に聞いた話だと俺の近況を狭霧から聞いていて妨害していたらしい。


「だろうな、クリスマス決戦はそれだけデカイ戦いだったしな……俺の、初めての戦果だったしな……あそこで俺は漢になる戦いが出来たんだ」


「喧嘩して、怪我したのが成果なんてそんな事!! 認めるわけにはいかないでしょ!! それが分からないのっ!?」


「シンママ、ダメ、だよ。じゃなくて……ダメです。ダメな事してるけど信矢頑張った……そう、です。掛け替えの無い大事な思い出なんだと……思います」


「狭霧? お前、知ってたのか?」


 そこで狭霧はあの戦いの一部を録画映像で見たと言う。あのお節介とお嬢が俺に目を付けた戦いと言うのがあのクリスマス決戦だったと言う話でその時の映像があったのだ。


「そうだったのか……」


「あの、信矢? 怒らないで聞いてくれる?」


「お前の話次第だな、言ってみな?」


「うん……信矢って秋津さんの後ろでチョコチョコしてただけだよね? それで漢とかになれたの?」


 こんのクソアマぁ……俺が気にしている事を堂々と言いやがって、でも言い返せない。アニキや皆は褒めてくれたし祝勝会は盛り上がった。だけど実際は狭霧の言う通り俺はアニキの後ろを守ってただけだ。


「ぐっ、うっせぇ……」


「私すっごい心配したんだよ? あの時も肩脱臼した時も……」


「あん時はほとんど疎遠だっただろうがよ」


 そう言って残ったロールキャベツを食べ終わると俺は「ごちそーさん」と言って席を立つ、これ以上居ても無意味だ。そう思ったら腕を掴まれる。もちろん隣に座っていた狭霧だ。


「信矢、話まだ終わってないから」


「俺は終わったんだよ結局――――「まだ終わってないからっ!! お願い、聞いてよ。お願いだから……」


「…………ったく、で? 話が終わってねえのは誰なんだよ?」


 そう言って無言の両親を見る。そして狭霧の方を見てため息を付く、正直言うと今の目の前の親は狭霧以下だ。コイツは一応は自分なりに答えを見つけようとあがいている。だけど親父も母さんはただ俺を否定した。それが許せない。


「信矢。お前は俺がお前に失望したと思ったのか?」


「ああ、少なくとも俺達はそう思った……」


「ならお前に何を言っても無駄だな……全て言い訳にしか聞こえないだろう」


 そう言ってため息を付く親父に俺はイラっとした。まるで本当は違うと言いたそうなその言い方が気に食わねえ。


「心のどこかで俺の事を器用貧乏の中途半端野郎とか思ってたんだろうがっ!! 知ってんだよ!! あんたから柔道を教わった時の顔!! 空手の道場も、ボクシングジムの奴らも、みんな、みんな俺を……その目で見てた!!」


「ああ、そうだろうな。あと一年か二年か、年単位でじっくり鍛えればモノになる大器晩成型だから、焦らずにじっくり育てたいと思っただろうな? トレーナーや師範代などはそう考えたはずだ」


「は? なんだその言い訳、あんたらは俺が強くなれ無いから――――「アスリートは色々なタイプが居る。天才型、文字通りの才能の塊で小さい時から努力をすれば成果が追い付く化け物だ。だが、お前は違う……俺と同じ努力型だ。何年もやって、じっくりと成果が出て、少しづつ周りが認める。そんなタイプだと俺は思った」


 そして普段は寡黙な親父が妙に饒舌に語り出す。さらに親父の話が続いて行く、だが妙に納得できる話だった。親父は鍛えたりする時や狭霧のお父さんのリアムさんとかと話す時以外は物静かだが常に正論しか言わなかったからだ。


「それに言っただろ? 『武道とは一日にしてならずだ』と、だからお前には基本しか教えなかった。それに本当に柔道をやりたければ柔道部に入ると思ったから俺が教えるより指導者にキチンと聞いた方が癖は残らず良いと思った。だから深く関わらないようにしたんだ」


 全部が筋が通っていた。つまり親父に関しては俺の独り相撲、いや勘違いだった?だけどそれじゃ俺は……さらに畳みかけるように狭霧が俺を見て続けた。


「信矢……シンママだって、確かに私と協力して信矢にとっては酷い事……したよ。でもね、みんな、みんな信矢を心配してたんだよ? これだけは、これだけは信矢がいくら傷ついても否定しないで!! お願い、します……」


 そう言って狭霧は目を潤ませて泣きながら頭を下げた。それを聞いて俺は理解してしまった。理解したくないけど分かった。いや、分かっていたんだ。これは俺を認めないんじゃなくて俺を二度とイジメや他のトラブルに巻き込みたくないがための仕方ない手段だって……だけど、それでも俺は……。


「…………俺が悪いって、そう言う――――「違う、違うよ!! 皆ね、すれ違ったんだよ。でもね、そのすれ違いも全部……終わりにしよ? ね?」


「そんな簡単に、加害者が今さら……違う、俺も、なのか?」


 また狭霧を泣かせている。でも俺の無念や何よりアイツの悔しさを背負って生まれた俺の意義は?頭がおかしくなる……頭痛が、だけど俺は逃げねえ。ここで逃げたら第一と同じだ。俺は狭霧とも親とも向きあわなきゃいけないんだ。


「な、なあ、親父、俺は強くなれたか?」


「分からん。俺は柔道しか知らんからな。だが俺も言わせてくれ、武道家としては俺は間違ってないと思っている。だが、親としてお前の悩みに何一つ気付けず、寄り添う事もしないで……すまなかった……許せとは言わない。謝罪も欲しくないなら受け取らなくてもいい」


「へっ、それ謝ってんのかよ……だけど、俺も、俺も……納得はしねえ。だけど謝罪は受け取る。ここで受け取らなきゃアニキや皆にケツの穴の小さい漢だってバカにされっからな……だから、俺もゴメン」


 親父は頭を下げたままだったから俺も頭を下げた。そして次は母さんだと言わんばかりに俺は向き直った。


「母さん……俺は今言ったスタンスだ。母さんが望んだ優等生にゃなれないし、今でも許せねえ、だけど納得はする。母さんは間違ってねえ……と、思う」


「そう、私は分からないわ。今さら、こんな事言われても信じてくれないだろうけど、私はね本当に心配だったの……あなたに不良になって欲しくなかった。キチンとした子になって、普通の人生を歩んで欲しかっただけなの」


 だろうな、母さんがそう言う人だった。キッチリしていて将来は安定させどこまでも計算ずくにしたい、少なくとも第一や第三外装は賛同するだろう。俺だってそっちが良いのは分かるけど、だけどさ……俺は。


「認めて、欲しかった。褒めて、欲しかっただけなんだよ……俺もボクも……」


「そんな事を……だって信矢、いつも成績も運動も平均より上かそれ以上に出来てて私の言う事も聞いて、性格も素直だったじゃない。そんなこと……言わなくても」


「言ってくれてたら……俺は、外に救いなんて求めなかった……いや、強さを求めても救いなんて求めなかったと、そう思う」


 結局はそこだったんだろう、ああ、アニキや皆の言う通りだった。俺は不貞腐れてただけなんだって、分かってみるとダサい。ダサ過ぎて涙が出て来る。俺は親に、狭霧に構って欲しかった。ただそれだけだったんだって……。


「信矢、私は親失格ね……子供に寄り添えて無かったなんて、よく有る子供のためとか言って自分の理想を押し付けてたダメな親の典型じゃないの、ほんと嫌になる。自分の息子が助けを求めてたのに、それを私は」


「母さん、俺はやっぱ許せないし恥ずいし、他にも色々言いたい事は有るけど一つだけ言いたいのは、その、面倒かけて、心配かけて……ごめん」


 これ以上ダサい男なんてゴメンだ。だから、だから俺はキレて周りに当たり散らすガキみたいな行動はもう止める。もちろん両親とは遺恨は残る。狭霧もまだ許さねえ。だけど、俺だけが被害者なんてクソみたいな態度はもう止める。レオさん達の言ってた事が少し分かって来た。


「間違わない人間なんて、さ、物語の聖人だけなんだってよ……」


「それって……青頭の人の、えっと……真莉愛さんのカレシの……」


「甲斐零音さんだ。俺の師匠の一人だ。あの人さ人間関係で無駄に修羅場くぐって来た人なんだよ……だからさ納得した」


 だからさ、と続ける。そう、だから俺は訣別する。過去の俺とは違うカッコいい漢に成長するために、怒りは持つ、恨みも拒絶もするけど……だけど、それだけじゃダメなんだって、答えなんて分からないし一生出ないかも知れないけど、その訳が分かんないもんと向き合うのが俺の人生なんだとそう心のどこかで理解した気がした。


「信矢……ゴメン、全然意味が分かんない」


「あぁ、俺も分かんねえ!! 矛盾してるけど俺は許さねえけど、理解したんだ……親父や母さんの言い分は間違ってねえ、あと狭霧のもな、感情が付いていかないけど、それはダセェ……だから、新しい関係を始めたい」


 そして両親を見る。親父は寡黙に頷いた。そして母さんは泣いていた、俺は生まれて初めて泣いているのを見た。色々衝撃だった。


「ええ、分かったわ。だけど信矢その前に言わせて……気付いてあげられなくて、辛い思いをさせて……ごめんなさい。また一から母親をやり直したいけど……いい?」


「ああ、優等生の息子は出来ねえけど今日からまた二人の息子として仲直りして戻らせてくれ……一から、よろしく、頼むわ」


「もうっ!! 信矢!! でも……おめでと、良かったぁ……仲直り出来て」


「ああ、それと狭霧、俺は相変わらずこんな感じだ。他二人と違ってオメーをまだ完全に信用出来ねえ、それでも……幼馴染に戻るか?」


 最後の心残り、それはあいつと俺との幼馴染としての絶縁。前に進まなきゃ行けないのは狭霧との関係もだ。俺は今を行かなきゃいけないんだ。過去を乗り越えて。


「ほんとに戻って……良いの? 私、いっぱい甘えるよ? 三年分したかった事、全部しちゃうよ?」


「適度な距離を取らせるように矯正はする、それはこの間アニキ達の前で言った通りだ。今日からお前とも幼馴染復活だ、良いな?」


「うん……じゃ、上でゲームやろ!! 良いよね!?」


 今日だけ特別だと言って結局その日は俺の家に泊まって行く事になった。おまけに俺は床で狭霧は俺のベッドを占領しやがった。だけど昔に、まだ俺がボクだった頃に戻れたみたいで……え?俺は何を言ってるんだ。俺にとってはこの体験は初めてだ。やはり記憶が共有されてると混乱するなと思いながら、久しぶりにぐっすり眠れそうだと思えた。上のベッドの狭霧はいびきをかいている。本当に無防備で、俺を信用し過ぎだと思って明日の朝に説教しようと心に決めた。

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