お狐様、大敗を喫する。
「それじゃあこんな感じで大丈夫かな?」
「うん、村長ぅ村長ぅありがとぅ。これでお外にも出られるぅ?」
「ああ、一応ベリルさんに……」
服を購入して駅前から帰ってきた私たちは、はしゃぐニコちゃんを宥めながら若井くんが用意してくれた服と買ってきた服を数子ちゃんたちの前に広げた。
その際、ベリルさんが気に入った変わったTシャツも出したのだが、あのヨンコちゃんですら見向きもしなかったために、そのベリルさんが不貞腐れたようにテーブルで頬杖を突いていた。
「ねぇねぇ、着替えてみてもいぃ?」
「ちょっと待ってね。これしっぽ穴を作ったほうが良いのかな? 若井くんどう思う?」
「あ〜どうなんでしょう」
頭を悩ませているとニコちゃんがバッとワンピースを脱ぎ捨て、肌着とパンツ姿になり、お尻を向けてきた。
私は苦笑いでニコちゃんの頭を撫でるのだけれど、彼女は尻尾の付け根部分を指差し、お尻の上にあるから大丈夫だと言う。
それなら。と、若井くんとイチコちゃんをそばに呼び、ニコちゃんの着替えの手伝いをお願いして私は未だ不貞腐れている ベリルさんに紅茶を差し出す。
「……言いたいことがあるなら言ったらどうじゃ?」
「サイズも大人用ですし、私の部屋着にしますよ」
「情けなどいらぬ。主もどうせ、ダサいと思っておるのじゃろう」
「そりゃあもう。ですが着れないわけではありませんし、何よりあなたが選んだものですから私が身に着けたいと思ったまでです」
「調子のいいことばかり言いおって、そんな言葉だけで妾の機嫌が良くなると思わないことじゃ」
そう言いながらも尻尾をパタパタとしており、もうひと押しで彼女の機嫌も良くなるだろう。
私は駅前で買ったネックレスを取り出そうとしたが、突然ベリルさんに引っ張られ、首を傾げる。
「どうかしました?」
「…いや、主は本当、なんというか妾のことだけじゃな」
「はて、それは当然ですが、何故そんなことを?」
「しかも無意識か。まあ良い」
そう言ってベリルさんは私が先ほど買ったへリオドールなる石のネックレスを撫で、何事かを呟いて離れていった。
「あの?」
「ん? ああ数子たちが外に出ることか、そのことなら別に問題ない。ただ都合よく妾かゴコがおればいいだけだしの」
どこで機嫌が良くなったのか、ベリルさんは足取り軽やかに数子ちゃんたちが着替えているだろう部屋へ足を進ませようとしている。
しかし私はどうにも納得できなく、つい彼女の手をとってしまう。
「……無意識なら良い。わざわざ口にさせるな」
頬に朱を差してぶっきらぼうに言い放つ彼女を私は見つめる。
教えてほしい。話してほしいと望むのは我が儘だろうか? すべてを知りたいなどと驕るつもりはない。しかしきっとこのことを知ればもっと彼女に近づけるような気がして、ここは引きたくないと心が訴えてくる。
「ず、ズルいぞお主、そ、そんな顔をされてもじゃな――」
「……」
無言で見つめているとベリルさんがゆらゆらと尻尾を控えめに揺らし、上目遣いで視線を返してきた。
彼女のテラテラと潤っている唇に吸い込まれそうになりながらも、私はただ言葉を、声を聞きたい。
だが彼女は照れたように視線を動かし、その口は閉ざしたまま。
さて、この後の行動、私はどう選択すべきか。こういう時の彼女は本当にズルい。私にその気がなくてもその気にさせてくれる。
人など好かんと話していたが、それは事実なのかと改めて聞きたい程度には人に寄り添っている。
これは流れに身を任せるべきか。そしてその上で先の反応について聞くべきか。ああいや――何度も何度も頭を叩く葛藤に、最早脳が状況を処理出来ないでいる。
私の頭はこれほどまでに処理能力の低い頭を持っていたのかと落胆する程度にはこの状況についていけていない。
しかし彼女がその気であるのならやはりやぶさかではない。据え膳食わぬはなんとやらである。
私はベリルさんに手を伸ばし、そのままこの現状を受け入れようと――。
「おはおうございま〜――お邪魔しました〜」
尻尾をピンと立てて離れていったベリルさんに私は多少の名残惜しさがあるが、笑顔でその声の主に目を向ける。
「おはようゴコちゃん、今日もおそようございますだね。相変わらずの夜ふかしかな?」
「村長が持ってきたゲームが悪い〜、ウチの生活はあれによって反転して闇落ちした〜。あ、続けてください〜。ウチは置物に徹している故〜」
私は苦笑いを浮かべるとゴコちゃんの手を引き、洗面台へと彼女を連れていき、顔を洗うように促す。
「ま、まったくいつまでも寝てるんじゃお前は。ほれ、髪を結ってやるから顔を洗ったらこっちへこい」
「お断りしまするお母様〜」
「おかっ――」
「お父様〜、ウチ新しいゲームがほしいです〜。というかスマホ買ってください〜」
抱きついてくるゴコちゃんを受け止め、苦笑いを浮かべているとゴコちゃんがベリルさんにも聞こえる声で「メリットだらけですよ〜」と、間延びした声で言ったかと思うとスマホがあればいつでもベリル様の寝顔を送ってあげますよと提案してきたのだった。
彼女の提案につい乗ってしまうところだったが、ベリルさんが睨んできており、ゴコちゃんの頭を撫でるだけでその場をなあなあにする。
「ゴコ、阿呆なこと言っていないで、妾が頼んだことはもう終わっておるのか?」
「あ〜はいはい〜、いっちゃんやよんちゃんじゃないんですから〜ちゃんと言われたことはこなしますよ〜。3日前にとっくに終わらせてますよ〜」
「報告せんかい!」
「問題があったら報告しています〜、なかったからしなかったんです〜。この辺りの地理と気候、空気の流れまで完璧に把握しました〜。それと一応〜外敵用防衛システムのプログラムを組んでおいたので〜」
「待て待て、わかる言葉で話さんか」
「至るところに防衛用の人形をばら撒いておきました〜。敵意に反応する人形を作ったことをまず褒めるべきです〜」
「ああそうじゃな、よくやってくれておる」
「というか〜ウチだけやること多いです〜、ふたちゃん辺りにも手伝ってもらえればな〜とか思っているんですけれど〜ちらっちら〜」
「駄目じゃ、ニコにはニコの役割がある。そもそも仕事を多くしているのはお前自身じゃろうに。妾は別にそこまでしろとは言っていないぞ。ただ地形の数値化を命じただけじゃろうが。それが何故防衛のための罠を仕掛けろになっておるんじゃ」
「今そういうゲームをやってまして〜楽しくなってつい」
頭を抱えるベリルさんに改めて淹れた紅茶を手渡す。
話の内容はあまり理解できなかったが、ゴコちゃんが面白がって余計なことをしたらしい。
ベリルさん曰く、ゴコちゃんはベリルさんがいない時、代理で数子ちゃんたちを回す役割とその他の権限を持たせているそうなのだけれど、見てわかる通り眠るのが大好きで、さらに夜ふかしまでしてゲームをしちゃうような子狐さん、一応数子ちゃんたちの中では最も頭がいいらしいが、それをまともなことに使っているのは見たことがない。
「とにかく〜、スマホ買ってください〜」
「妾じゃなくてそっちに頼め。その辺りのことは知らん」
甘えた声ですり寄ってくるゴコちゃんにスマホは今ニコちゃんが持っていることを教えてあげた。
すると彼女は目を輝かせ、ニコちゃんたちがいる方に向かおうとしたのだが、私は1つ重要なことを思い出し、ゴコちゃんを呼び止める。
「ああそうだゴコちゃん、今日の晩ごはんは辛めの麻婆茄子だけれど、それで大丈夫かな?」
思案顔を浮かべたゴコちゃんがパッと咲いたような笑顔になり、ぴょんぴょんと他の数子ちゃんたち同様、子どもらしい反応をしてくれた。
「さすが村長さんです〜、今日はちょうど辛いものが食べたかったんですよ〜。甘いものもいいですけれど〜、やっぱり辛いものを知ってこその甘いものだと思うので〜、あ、プリンがあると尚嬉しいです〜」
晩御飯に喜びながら駆けて行ったゴコちゃんの背中に小さく手を振った後、私はテーブルに突っ伏しているベリルさんに目をやる。
「晩御飯で嬉しいのは油揚げじゃろうが」
それはベリルさんだけではと思うが、口には出さず彼女に微笑みを向ける。
「いや流石ベリルさん、手心を加えていただけるとは実に寛容なお方ですね」
「嫌味はいらん」
「それは失礼。それじゃあ私の勝ちということで」
「ああもうそれで良い。あんまり変なことを頼むでないぞ?」
「それはもう、常識の範囲内で考えていますから心配しないでください」
ぷっくりと頬を膨らませる彼女の頬を押し込み、空気を抜かせて食事の準備をすることを告げ、手間取っているかもしれないから数子ちゃんたちの着替えを見に行ってはどうかと提案する。
「良い、ここにおる。今日はなんだか疲れた」
「そうですか」
私が調理場に足を進めるとベリルさんがついてきており、私は何も言わずに夕食づくりを開始した。
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