第374話 フレア2
――
「姉さん。これってどういう仕組みなんですか?」
「ぐう」
「寝てるふりにしてもおざなりすぎませんか」
寝転んだユレアは無表情のまま呟いただけ、という手抜きっぷりだった。
それはともかく、既にシニ・タイヨウの処刑は始まっている。今もオーブルー法国の民と思しきローブの集団三人が水魔法による溺死を試しており、その様子が空に映し出されている。
目で見た光景をそのまま投影したかのような絵が、連続的に更新されていく――。
先ほどフレアが受けたスナップショットも使われてそうだが、とても人間業には見えない。それこそ竜人の
「正直言うとね、だるい」
「そこを何とか」
「熱心なのは良いことだけどねー」
アンラーと別れたフレアは、それはもう人が変わったかのように修練に励んでいる。
身体に限らず勉学面もそうで、ギルド職員としてそれなりの知識を持つ姉ユレアもカレンの次くらいには巻き込まれているのだった。
ざばざばと一般人には縁の無い飛沫の音が響く。ここらの出身別観覧席はあたりらしく、音も中継されているのである。
ユレアがそれっきり何も言わないので、フレアは寝相の悪い妹を抱えて、その豊満な胸に置いてやった。クレアが起きたら非常に面倒くさいわけで、「やめて」ユレアは心底嫌そうに言う。
観念を引き出したフレアはクレアを下ろし、二人の間で寝かせる。
この非日常な会場でも平然と眠れる三女を、次女と長女がそっと愛おしむ。愛おしみながら、ユレアは、
「難しい話だから一度だけ言うわね。まず処刑場にゲートを開いて、そこから覗いてスナップショットを撃つ。それで手に入れたイメージを加工して拡大する。私もよくわからないんだけど、術者が記憶したイメージの縮尺を変化させるスキルがあるらしいわね。あとは中継先にもゲートを繋いで、そのゲート越しに、拡大したイメージを投影する――」
要はスキルを用いて脳内への保存、加工、そして出力を行っているだけだが、ITに慣れた前世の現代人ならともかく、ジャースの貧民には全く縁のない発想であり、
「全然わかりません」
「はいおしまい」
「イメージってどういうことですか?」
フレアがクレアのほっぺたをつまもうとする。喋らないとつねるぞ――つまりは起こすぞ、と。
「そればっかりはスキル『スナップショット』ができる人じゃないとわからないんじゃないかな。どうも頭の中に、さっき見たばかりの情景が保存されるらしいんだけど」
「それを投影するんですよね。頭の中にあるものをスキルで操作できるってことですか? そんなスキルがあるんですか? そもそもスキルって何なんですか?」
「……うざっ」
「え? 今、うざって言いました?」
妹二人を見てきたユレアの印象では、クレアは身体的に煩わしくて、フレアは知的に煩わしい。アンラーに触発されるまでは一人で鍛えてたから楽だったが、小さい頃はことあるごとになぜなぜとうるさかった。
アンラーのせいで、その気質が蒸し返されたとも言える。
「ライオットさんに聞けばいいじゃない」
「いないんですもん。うちは姉さんと喋りたいんです……」
「しおらしく言ってもダメ」
「ちぇっ」
フレアはようやく諦めて、ごろんと仰向けに寝っ転がった。
王立学園の制服を着たアンラー――ではなく、あれが本当の顔なのだろう、シニ・タイヨウが延々と水を飲まされている。
苦しさは容易に想像できるはずだが、フレアはともかく、ユレアでさえも目を背けることがない。むしろ、その鉄壁の雰囲気から目を離せない。
「――って姉さん?」
そのユレアはというと、とうに飽きている様子。どこか不満気にクレアの寝顔を眺めている。
「お兄さんの勇姿は見なくていいんですか?」
「別に勇ましくはないでしょう?」
「何でちょっとキレてるんですか。拗ねてるんですか? 振り向いてもらえないからってみっともないです」
ナナジュウ事件の後、姉の気持ちが急速に冷めていったのをフレアは感じている。ライバルが減るのは嬉しいが、どうにも気に入らなくて。
今も思わず挑発してしまう。
それでもユレアは乗ってこない。
柔和な表情をつくることさえやめていて、それがはぁと嘆息する。
「なんか冷めちゃってね。身分違いの恋だったのかなって」
「
「私達のこと、内心ではどう思ってたんだろうね」
アンラーと過ごした日々を思い浮かべるフレアだったが、率直な感想を言う。
「えっちでしたよね」
ぷふっと吹き出すユレア。
素は怠け者だが、こういう反応は結構取り繕うところがあるため珍しい。フレアもつい横目を寄越したほどだ。間もなく、なりを潜めたが。
「姉さんの胸もかなり見てましたよね」
「真面目な話をしてるんだけど」
ユレアはゆっくりと浮き上がると、水筒を口につけて流し込む。
「アンラーさんのことが全く掴めない。ああして公開処刑されるほどの大物と、特区民の新入りとして私達と過ごしていた彼とが全く結びつかないのよ。何? 心の中に何人も住み着いてるの? 公開処刑よりもお医者さんに診てもらうのが先じゃないの?」
当たらずも遠からずといったところだろう。タイヨウは無敵バグゆえに感情も無く、疲労も無ければ集中力の際限も無いため、人格をでっちあげることは難しくない。
そもそも多重人格の症例はジャースでも既知だ。ただフレアが知っているかというと、いいえであり、
「姉さんこそ正気に戻ってくださいね」
素で心配そうな声音と表情までつくってみせるが、
「フレアは何しに行くの?」
彼とどうなりたいの――。
ユレアはいきなり核心に迫ってきた。
実を言うと、ユレアの情緒はあまり安定していない、がフレアの印象であり、一度お医者さんに行くべきとも思っているが、これを言わない程度の優しさは持っている。
回答に迷うこともなく、「わかりません」即答した。
クレアを挟んで、姉妹の双眸が向かい合う。
「冒険に憧れています。お兄さんにも憧れてます。少しでも早く、出来るだけ近くに行きたいんです。サバチャはまたとないチャンスだと思いました。うちには武器もありますし」
フレアはポケットをまさぐりに、何かを取り出す。
ベージュ色の茎――レベル1を超えた事象を観測すると赤色に変色する植物だ。
このような『判定』が入る動植物は数多く、観測されると品質が劣化する。そのくせ劣化前は抜群に美味だったりする。これらを扱えることは
「もう一度言っておくけど、全国に中継されるのよ? 覚悟はある?」
社会人経験のある姉は全国中継の恐ろしさを想像できる。
妹フレアはそうではなかったが、前日の段階でみっちり教え込まれていた。
「あります。むしろ望むところですし、登用を狙うのにこれ以上の機会はありません」
フレアの自信過剰は決して過剰でもなければ妄言でもない。
ギルドセンターの接客係に勤しむユレアも、それなりに人を見る目はある。この妹の才能は異常と言っても差し支えなかった。だからこそライオット老師にも気に入られているわけで。
もう認めてしまったし、今さら蒸し返すつもりもない。
フレアの人生は、フレアのものだ。
「――私も楽しませてもらおうかな。いつからだっけ?」
「あと一時間後くらいです……ってなんですか、そのモンスターを見るような目は」
「第二級冒険者でももうちょっと緊張するんじゃない?」
「ちなみにクレアはうちよりも才能あると思います」
「……」
おっかない妹二人を抱える姉の心境は、妹本人には察せない。
「大変ですね?」
フレアは他人事のように労った。
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