第47話 罠
小隊長任用試験の第三試合まであと10日。
リートはウルス隊長から事務所に呼び出される。
「試合前に呼び出して悪いな。申し訳ないんだが、任務に出て欲しい」
小隊長任用試験の期間中、受験者は任務を可能な限り免除してもらえるのが慣習になっていた。
だからこの二ヶ月ほど、リートはほとんどの時間を訓練に時間を費やすことができたのだ。
しかし、流石に仕事を全くしないというわけにはいかなかった。
「少し遠出になる。王都から1日半行ったところにあるクランドという街で魔物を退治する任務だ。中央騎士団の騎士がやられてな。その代打を五日間勤めてもらう」
「了解しました」
「今回はラーグとともに任務に行ってくれ」
「わかりました」
ラーグも小隊長任用試験を受けていたが、第二回戦で敗北していた。
なので――不幸なことかもしれないが――彼は任務に集中できる。
「往復4日と考えて、任務が5日間。試験は10日後だから、帰ってきてから試験まで1日しかないが、すまん。人員が足りていなくてな」
「いえ、問題ないです」
「それでは頼む」
†
リートは命令通りラーグとともにクランドの街に向かい、現地で魔物の討伐をした。
そして五日目には、中央騎士団から人員の補充があり、約束どおりリートたちの派遣は終了となった。
「よし、戻るか」
「ええ」
リートとラーグは馬に乗って、王都への帰路につく。
王都までは一日半。途中、シントの村で一泊する必要がある。
想定より少し早く出発できたので、夕方にはシントの村にたどり着く。
――だが、そこで村が異様な空気に包まれていることに気が付く。
村の入り口が、柵で封鎖されていたのだ。
「おい、なんか……」
リートたちが村に近づくと、村人たちが声を上げながら寄ってきた。
「騎士様だ! 騎士様がいらっしゃったぞ!」
「た、助かった!!」
村人たちが安堵の表情を浮かべる。
「どうしたんですか?」
「それが、三日前に、山からトロールとゴブリンが降りてきて村が襲われたんです」
「トロールが?」
「ええ。集団です。複数で襲ってきて」
リートとラーグは互いに顔を見合わせる。
トロールはこの辺りに生息しないはずだ。
それなのに、なぜ。
「しかし騎士様、使いの者はどうしました?」
と村人に聞かれ、リートたちは首をかしげる。
「使いとは?」
「騎士団に村から応援要請を出すために使いを走らせたのですが……使いから話を聞いて駆けつけてくださったのではないのですか?」
「いや、俺たちはたまたま帰路に立ち寄っただけだが……」
「そうなんですか? では使いの者は……流石にそろそろ戻ってきてもいいはずなのですが……」
リートたちはさらに眉をひそめた。
――村から一番近い中央騎士団の事務所までせいぜい1日くらいだ。
それなのに、まだ帰ってきていないと言うことは……そのものはおそらく殺されてしまったのではないか。
「いやしかし、とにかく助かった。騎士様がいらっしゃらなかったら我々は皆殺しにあっていました」
――ある村人がそう言うと、周囲の人々も口々にリートたちへ感謝の言葉を述べた。
――だが。
「――リート。お前は試験がある。リミットは1日だ」
ラーグが低い声で言う。
「ええ、そうですね」
1日以内にトロールとゴブリンを掃討する必要がある。
それでも試験にはギリギリ間に合うかどうかだ。
だが、敵が何匹いるかわからない。しかも広い森のどこかにいるやつらを全て駆除するのはかなり骨が折れそうだ。
「とにかく、今から取り掛かろう」
リートたちは馬から荷物を降ろして村人に預ける。
「村に剣士か魔法使いはいないのか?」
ラーグが聞くと、村人が答える。
「いますが、やられてしまって。一人だけ剣士が残っていますが……」
「……まずいな、それは」
村は山間にあり、入り口が二つある。
片方は村の剣士が守るとしたら、もう一人村人を守る役が必要だ。
リートとラーグの二人のうちどちらかが村に残って見張るしかない。
そうなると、一人が森に入ってトロールたちを討伐する必要があるが、それでは1日で討伐しきれるかわからない。
「……とにかくやるしかないです」
リートが言う。
その姿をラーグは不安げに見つめるのだった。
†
まずはラーグが村を守り、リートが森でトロールたちを倒していった。
そして半日たったところで、交代して今度はリートが村を守る。
――刻一刻とリートのタイムリミットが着実に近づく中。
「ぐぁぁぁあ!」
「きゃぁぁ!!!」
響く悲鳴。
北門を守るリートは、その声を聞いてすぐさま村の南側へと向かう。
――トロールが3匹、村の南側に現れていた。
村の剣士が立ち向かったようだが、力及ばず地面に倒れていた。
リートはすぐさま剣を抜く。
「――“神聖剣”!」
一刀でトロールを斬りふせる。
そして残った2匹は、
「“ドラゴンブレス・ノヴァ”!」
魔法で焼き払う。
「騎士様! ありがとうございます!」
追われていた村人たちがお礼を言ってくる。
だが、それを気にしている場合ではなかった。
「剣士を!」
村唯一の剣士がトロールに殴られて戦闘不能になっていた。
見ると息はあったが、もはや戦える状況ではない。
「――まずいな」
リートは村人に指示をだして、狼煙を上げさせた。
ラーグに呼びかけるためだ。
それから、数十分後、狼煙の炎を見たラーグが村に戻ってくる。
「おい、どうした?」
「村の剣士がやられたんだ」
それを聞くと、ラーグが唇をかんだ。
「このままじゃまずいな」
二人だけでは、村人を守るので精一杯だ。
「とにかく、森に出るのはやめて、二人で村を守りましょう。直に応援が来ますよ」
リートたちの指示で、王都にも使いを走らせ応援要請の依頼をだしていた。
応援が来れば、村人たちを守りつつ、トロールを一掃できる。
「だがリート。もう時間がないぞ」
「ええ……」
リートは明日、小隊長任用試験の第三試合がある。
任務以外の理由による遅刻は失格だ。
このままではリートは不戦敗になってしまう。
「――今は、試験のことを考えるのはやめます」
リートはラーグにそう断言した。
「いや、待てよ! あと一回勝てば、第六位階(シックス)だぞ? 多くの騎士が一生かかっても小隊長にはなれねぇんだ。あと一歩なのに!」
ラーグはリートの両肩を掴んで怒鳴る。
「ここは俺がなんとかする。だからお前は王都に行け」
ラーグはをそう説得する。
だが、リートは首を横に振る。
「――万が一、トロールとゴブリンが同時に現れたら、一人では大勢の村人たち全員を守りきれません。そのせいで誰かが死んでしまうかもしれません。だから、俺はここに残ります」
「でも、今んとこ同時に現れないから多分大丈夫だろ!」
「それは今までそうだっただけです。1パーセントでも村人が死ぬ可能性があるなら、俺はここに残らないといけないんです」
「――おいおい、お人好しがすぎるぞ!」
ラーグは、もちろん村人を捨てて王都へ行くことを正義だと思っているわけではなかった。
だが、目の前の男が自分の出世を捨ててしまおうとしていることに、もどかしさを感じているのだ。
「とにかく――今は、応援を待ちましょう」
リートの決意は硬かった。
彼はそういう男だった。
「ああ……勝手にしやがれ」
ラーグもそれ以上何かを言うことはなかった。
†
「――き、騎士様が来たぞ!」
村人が叫ぶ。
リートたちが村に到着してから丸二日。
王都からようやく騎士が派遣されてきた。
――その間リートとラーグはなんとか村を襲ってくるトロールとゴブリンから村人を守り抜くことができた。
だが――試験にはもう間に合わない。
「くそ、遅すぎんだよ!」
ラーグが応援に来た騎士に言い放つ。
既に、試験の開始時間をすぎていた。
今から戻っても、試験は受けられない。
「なんだと。我々も急いで駆けつけたんだぞ!」
応援に来た騎士たちは、いきなり怒鳴られて納得できず言い返す。
「ラーグさん、いいです。試験はまた受ければいいんですから」
リートは穏やかな表情でそう言う。
「クソッ」
その厳しい現実に対して、リート本人よりラーグの方が怒っていた。
「とにかく帰ったら、隊長から人事院に話してもらおう。それになんでこんなとこにトロールがいんのかも調べねぇと」
†
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