第31話 アイラの好物



 リートはイリスの執務室を出た後、寮と向かう。

 遠出の荷物を取りに行くためだ。


 と、寮についたところで、よく見知った顔を見つける。


「サラ!」


 幼馴染のサラだ。

 リートと違い中央騎士団に所属しているが、勤務地は王都なので、リートと同じ寮に住んでいた。


「リート! 久しぶり!」


 ――と、駆け寄ってきたサラは、すぐにリートが連れている仔竜に気がつく。


「もしかして、ドラゴン?」


「ああ。アイラって言うんだ」


「すごい! ドラゴンに選ばれれたんだ!」


 サラは興奮気味に言う。ドラゴンに選ばれるのが難しい事を知っているのだ。


「いや、たまたまだよ……」


 サラは、アイラを覗き込んで声をかける。


「私はサラ。よろしくね」


 それに対して、アイラはやはり、


「シャァァ!!」


 威嚇する。

 

「あれ、もしかして私、警戒されてる?」


「……ああ……なんかごめん。でも、さっき王女様にも同じ反応だったから」


 ウルス隊長に対してはこういう拒絶反応は示さなかったのだが……ということをリートは思ったが、もちろん口に出すことはしなかった。

 よくわからないけど、女の子には敵意を示すらしい。

 ドラゴンって難しいな、とリートは思った。


「はは。まぁ、いきなりだししかたないよね」


「すまん……」


「そうだ。お近づきの印に、これ」


 サラはカバンの中から、小さな包みを取り出した。

 包みを開けると、中身はパンだった。


 普通のパンではなく、クロワッサンと言う特別なものだ。

 最近王都で流行っている、生地を重ねて焼いた甘いパンだ。


「これ、もしよかったら食べる?」


 サラはクロワッサンをちぎって、アイラに差し出した。

 アイラは目を丸くしてクロワッサンのかけらを凝視する。


「あ、サラ、実はドラゴンは飯は食わない……」


 とリートが説明したその瞬間、アイラはその短い前腕をパッと伸ばして、クロワッサンを掴み取り、すぐさま自分の口まで入れる。

 リートはその様子を見て、子供の頃に見た、カメレオンが舌で餌を食べるシーンを思い出した。


「あれ、ご飯は食べないって聞いたんだけど」

 

 リートは頭をかきながら言う。


 ――と。


 アイラが頭だけこちらにくるりと回してリートの方を見上げた。


 ――目が輝いていた。

 本当に、驚きと興奮が、瞳から伝わってくる。


「もしかして……おいしかったのか?」


 聞くと、アイラがこくりと頷いた。

 どうやら、クロワッサンに感動したらしい。


「なら、よかった。もっと食べる?」


 サラが残りを差し出す。アイラはそれを奪い取るように取って、口に運んだ。


 アイラはとにかく夢中になってクロワッサンを頬張る。

 まだ口の中に残っていて、ほっぺにふくらみができているが、それでもさらに口に運ぶ。


「喜んでもらえたらな、よかった」


「……悪いな、サラ。でもまさかクロワッサンを気にいるなんて」


「はは、そうだね。意外だね」


「お礼に、今度、何か奢る」


「うん、楽しみにしてるよ」


 とサラはアイラを見て、そっとその頭に手を乗せた。


 先ほどは死ぬほど威嚇していたアイラだったが、今はじっとサラの方を見て撫でられている。

 警戒を解いたわけではないが、美味しいものをくれる人物、という認識ではいるらしい。

 どうやら食べ物の効果は絶大だったみたいだ。


 これなら、王女にもクロワッサンを用意してもらうことにしよう。

 

「それじゃ、私は任務あるから退散するかな。またねリート」


「ああ。また」


 サラは踵を返して、歩いていった。






 

 ――そして道を曲がったところで、サラはポツリと言う。



「……ドラゴンと契約したのか。すごいなリートは」


 サラは――ぎゅっと拳を握りしめる。


「なんか、どんどん遠くに行っちゃうな」

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