第28話 仔竜の育て方


 ――竜の里。


 生まれたばかりの仔竜を抱き上げるリート。


「くぅ…………」


 細く出したその鳴き声は、とても将来大龍となって羽ばたくとは思えないほど可愛らしかった。

 抱き上げた仔竜の頭を撫でてやると、目を細めて喜んだ。


「――リート殿。この子の名前はいかがでしょうか?」


 コギが尋ねる。

 その質問にリートは、なぜか既に答えが出ていた。


「……名前は、多分……」


 別に道中名前を考えていた訳ではなかった。

 だが、“彼女”と出会った瞬間、その名前が自然と浮かび上がってきたのだ。



「――“アイラ”だ」



 コギは、その名前を聞くと満足そうに頷いた。


「それは……誠に美しい名前ですね。きっと美しい竜に育つことでしょう」


 そこでリートは、途端に不安になって尋ねる。


「……あの……なんか、直感で女の子って思ったんですけど……あってます……よね?」


 リートが聞くと、コギは笑って答える。


「ええ。あっていますよ。竜に選ばれた方は、多くの場合、自然と竜のことをわかるんです。考えなくとも、素晴らしい名前が浮かんでくるというのはよくあることです。自然と出てきた名前が、実は性別と違っていた、なんてことはドラゴンでは起こりません」


「……そうなんですね」


 リートは安心して、仔竜――アイラの方をもう一度見る。


「アイラ」


 そう呼びかけると、仔竜は今までよりも少し大きめな鳴き声で返事をした。

 そしてそのまま頰をリートの胸に擦り付けてくる。


「あの、竜を育てたことはないんですが……この後どうすれば?」


 リートが言うと、コギは笑みを浮かべる。


「ええ。竜を育てたことのある人間、なんていうのはほとんどいませんから、ご安心ください」


「任務があるんですが、育てられますかね?」


 リートが聞くと、コギは「それもご安心ください」と答える。


「基本的には、騎士様は任務が多いと思うので、仔竜のうちは我々で預かることが多いです。ベビーシッター代わりですね」


「なるほど。しかし、生まれたばかりの子を預けたら、忘れられたりしないですかね?」


 リートはアイラのつぶらな瞳を見ながら聞く。


「ドラゴンは精神的な生き物です。物理的な距離に悲しむことはあまりありませんよ。心が繋がっているんです」


「そうですか……であれば……預けるのが一番なんでしょうね。きっと仔竜を育てるプロの元でならすくすく育ちますよね」


 と、一安心したリートだったが、


 アイラを見ると、目をパッチリと開けて、リートの方を見つめていた。

 その小さい前足の指が、ぎゅっとリートの服をつかむ。


「アイラ? どうしたか?」


「くぅ……」


 何を言っているのか、本当のところはわからなかったが、なんだか悲しい目をしているような気がした。


「……おや。これは、珍しい。ドラゴンが悲しいという表情を見せることはあまりないのですが」


 コギが言う。


「やっぱり、悲しいって表情していますか? 俺もそう思ったんです」


「ええ。……もしかして……。あの、身長体重を測るのに、一度お預かりして|みても(・・・)よいですか?」


 コギがそう聞いてくるので「もちろん」とアイラを手渡そうとした。

 だが、その瞬間――


「くうぅぅ――!!」


 アイラは今までで一番大きな――小さい体から発せられる全力の鳴き声をあげる。

 そしてリートの胸に戻ろうと、翼をばたつかせる。


「アイラ?」


 それはまるで人間の赤子が母親から引き離されそうになった時のような反応だった。


「……やはり。先ほど竜は精神的な生き物で、物理的な距離を気にしないと言いましたが……どうやら彼女は別のようですな」


 コギが物珍しそうに言った。


「なんか……離れたくないって言ってる感じがしますね」


「そのようですね。かなり珍しいですが、いかんせん700年も主人を待っていたのですから、そう言うこともあるかもしれません」


「なるほど……」


「そんなに悲しい目をされては、我々が預かるのは現実的ではありませんね。リートさんが王宮で育ててあげてください」


 コギがそう言うと、アイラは途端に目を細めて嬉しそうに鳴き声をあげた。

 まるで言葉を理解しているようだった。


「わかりました。私が育てます」


「王宮には一時的に竜を預ける“託児所”がありますから、任務の時はそこに預けるといいでしょう。さっきの調子だときっとぐずるでしょうけどね」


「……ええ、覚悟します。しかし……育てると言っても、具体的にどうすれば?」


 聞くとコギは「簡単ですよ」と答える。

 

「竜にしつけは不要です。魔力を栄養にするので餌はいりませんし、排泄もしません。基本的には相手をしてあげればそれでよいです。もちろん具合が悪くなったら竜医に見せてください」


「なるほど……」


「それで成長して“変身”を覚えたら、訓練をしましょう」


「“変身”ですか?」


「種類によるのですが、大抵のドラゴンは、成長しても大人の猫や犬ほどの大きさにしかなりません。しかし戦うときには変身して、人が乗れるほどの大きさになるのです」


「そうなんですね」


「変身をどれくらいで覚えるかは場合によります。数ヶ月のときもあれば、何年かかかるときもあります。まぁ気長に待っていただければ」


「わかりました。じゃぁ、今日からよろしくな」


 リートが言うと、アイラは「きゅー」と鳴き声をあげた。





 その様子を見て、コギは心の中でつぶやく。


「(……ものすごく感情豊かなドラゴンだが……これはもしかして……)」

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