第26話 竜に選ばれたのは……



 馬で、王宮から東方に半日進むと高い山が見えてくる。

 山の頂上は雲に覆われて見えないほどの山。


 その麓にあるのが竜の里だった。


 絶壁は遠くから見ると行き止まりに見えたが、その中央に大きな門が鎮座しており、脇には二人の守衛がいた。


「推薦状を持っているんですが……」


 リートが言うと、守衛は敬礼をする。


「騎士殿。ようこそ、竜の里へ。今門を開けます」


 守衛が門を開ける。中は暗い通路で、ロウソクの炎がわずかにあたりを照らしていて、五十メートルほど先に出口と思われるまばゆい光が見えた。


「通路をお進みください」


「ありがとう」


 守衛の言うとおりに、門を潜って里に足を踏み入れるリート。

 洞窟の中を歩いて行き、外に出ると――


「グァァァアァァ!!!」


 耳をつんざく竜の咆哮。

 空に竜が数匹飛んでいた。


 漆黒の鱗に覆われた皮膚は煌びやかに光り輝く。

 翼が空を切ると、その風がリートの方まで飛んできた。


「あれが……竜!!」


 竜は極めて貴重な生き物だ。それゆえリートも実物を見たのは初めてだった。


 と、リートが竜に圧倒されてぼうっと空を見上げていると、前方から声をかけられた。


「騎士様ですな。ようこそ、竜の里へ」


 話しかけてきたのは還暦はすぎているであろう小さなおじいさんだった。

 白髪に長い髭をはやし、仙人のような風貌である。


「初めまして。リートと申します」


 リートが名乗ると、老人は「私はコギと申します」と返した。


「竜の卵を見にきたのですが……」


「ええ、今からご案内します」


 リートはコギに連れられて、村の中を進んで行く。

 里は絶壁に囲まれた盆地になっていた。ちょうどコップのような形をしており、底に建物が並んでいた。


「偶然、今日はもう一方、騎士様がいらっしゃっております」


「そうなんですか」


「ご一緒に卵を確認していただければ幸いです」


 リートはそれを聞いて背筋を伸ばして歩いた。

 今の所ウルスとはそれなりにうまくやっているが、それ以外の騎士とはあまり折り合いがついていない。

 だからここでなんとか他の騎士と仲良くなっておきたかった。


 ――だが、その「もう一方」を見て、「仲良くなる」のが不可能であること知る。


「――カイトッ!」


 卵を見にきたもう一人というのは、カイトだった。

 リートは世界の狭さに驚く。


「――リートッ! なぜお前が……!」


「卵を見にきたんだけど……」


 リートは率直に答える。

 すると、カイトは吐き捨てるように返した。


「はッ! 神に見捨てられたお前が、ドラゴンに選ばれるわけないだろ? バカもやすみやすみに言えよ」


 大きなお世話だと思ったが、リートは特に言い返す気も起きなかった。


「お二方、お揉めになるのはそれくらいにして、早速卵を見に行きましょう」


 案内人のコギがカイトをなだめる。


「……ああ、そうだな。聖騎士に選ばれた俺様が、竜にも選ばれるところを、この無職野郎に拝ませてやるぜ」


 二人は、コギにつれられ、ある建物のなかに招き入れられた。

 中に入ると客をもてなすロビーのようになっていて、中央にはテーブルが一つ置かれていた。


 そして奥には守衛に守られた扉があった。

 

「こちらでお待ちを。今卵を持って参りますから」


 そう言ってコギは扉の向こうへと行く。


 そして、少ししてから大きな卵を抱えて帰ってきた。

 そのまま、テーブルの上に置いてあった座布団の上に載せる。


「さて。まずはリート殿、卵に手のひらを当てて見てください。結果はすぐに出ますぞ。ドラゴンは即断即決ですからな」


 リートは唾を飲み込んでから、そっと卵に手を置いた。


 ――ひんやりとした感覚。


 しかし。

 1秒、2秒、3秒と経ったが、何も起きない。


「残念ながら、この子とは縁がなかったようじゃな」


 コギが言うと、カイトは勝ち誇ったように鼻で笑う。


「はッ! お前が竜と契約できるわけないだろ。期待するだけ損だぜ」


 するとカイトは、次は俺の番だとばかりに、手をガッと卵の上に置いた。


 ――――――だが、何も起きない。


「なんだよ!」


 カイトが怒りの声をあげる。


「まぁ、そう焦りなさんな」


 コギの老人はのほほんと言う。


 そして、そのまま卵を扉の向こうに持ち帰り、別のものを持って帰ってきた。


「次はレッドドラゴンの卵。どうじゃろうな」


 今度はカイトが我先にと卵に手をのせる。だが、やはり何も起きない。

 そのあとリートも続いたが、反応は皆無だった。


「では、こちらは……」


 ――――――――。

 ――――。

 ――とそれから十個の卵が運ばれてきたが、いずれもピクリとも動かなかった。


「ふむ、これが最後じゃったが、残念ながら、今回はお二方とも縁がなかったようじゃな……」


 とコギが言う。


「なに! もうないのか!」


 カイトは食い下がる。


 カイトはここで帰るわけにはいかなかったのだ。

 手ぶらで帰れば父は激昂するだろう。


「ふむ。そうは言っても、卵には限りがあるんじゃが……」


 コギはヒゲを撫でる。

 だが、少し考えて、「そうじゃ」と手を打った。


「まさかとは思うが、あとひとつ試していない卵があった」


「おお! それだ! それを出せ!」


 カイトの催促に、コギはまた扉の奥に行った。

 しかし今回は戻ってくるまで数分かかった。


 戻ってきたコギが抱えていたのは、今までのそれに比べると小ぶりの卵だった。

 まるで深い海を覗き込むような濃い青色。

 今までの卵とは、色の深みが全く違う。


「これは、実は700年前に産み落とされた卵じゃ」


「700年? ってことは、その間誰とも契約しなかったってことですか?」


「そうじゃ。これほどに頑ななドラゴンは他におらん。そして、生まれればおそらく最強クラスのドラゴンになるじゃろう。長く主人を選ばなかった卵は、強いことが多いからな」


 コギの解説に、カイトは腕を鳴らす。


「――よし、見てろよ……」


 そしてカイトは、勢いよく青色の卵に手を乗せた。


 ――だが。


 何も起こらなかった。


 露骨に肩を落とすカイト。


「まぁ気にするな。歴代の騎士団長たちでさえも主人に選ばなかったのじゃ。落胆するだけ損じゃぞ」


 コギはカイトを慰める。しかしカイトの耳には届いていないようだった。


「さて、ではリート殿。試してみてくだされ」


 言われて、リートは手を伸ばす。

 ――と。

 指先が卵に近づいて行くと、突然手がほのかに暖かくなった。


 そして、手を触れた瞬間。


 ピキッっと、卵が音を立てた。


「おおお! まさか! 主人に選びおった! リート殿、貴殿が選ばれたのじゃ!!」


 それまで冷静だったコギが興奮気味に言う。


 そして次の瞬間、卵の殻が完全に割れて――中から青色のドラゴンが現れた。


 ――子猫ほどの大きさしかないが、確かに翼を持っている。


 目を閉じていたドラゴンは、少ししてからゆっくりと目を開ける。


 透き通った目が、リートを見た。


「クゥ…………」


 まるで吐息のような鳴き声をあげると、次の瞬間、その小さな翼を広げて、そのまま二本の足で立ち上がった。

 そして、リートの手に擦り寄ってくる。

 ほんのりとした暖かさが、リートの手に触れた。

 

「まさか私の代でこの卵の主人が現れるとは……」


 コギは感嘆した。


 ――だが、リートがドラゴンに選ばれた現実を受け入れられないカイト。


「ば、バカな!! 神に見捨てられた無職のお前がドラゴンに選ばれるなんて!! 何かの間違いだ!」


 と、カイトはそう言い捨てて、部屋を出て行く。


 カイトの大声に、ドラゴンはビクりと怯えた。

 リートはそれを見て、その頭を撫でてやる。


「怖くないぞ……。いい子だな」


 声をかけると、ドラゴンはさらにリートの腕を前足で抱きしめる。

 まだ柔らかい爪が、心地よくリートの皮膚を掴む。


「――――かわいい……」


 思わず、リートはそう呟いたのだった。

 

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