クラス≪無職≫の英雄譚~公爵家を追放されたが、実は殴っただけでスキルを獲得できるとわかり、大陸一の英雄に上り詰める
アメカワ・リーチ@ラノベ作家
第1話 追放
「とうとうクラス分け……か」
18歳になったばかりの青年、リート・ウェルズリーはボソリと呟く。
――クラス分け。
それは、人生の一大イベントだ。
もちろん、学校の教室を決めるそれではない。
その後の人生を一変させてしまうような、そんなイベントだ。
この世界では、18歳になると神から“クラス”が与えられる。
例えば、剣士、魔法使い、神官、あるいは農民、商人と言った具合である。
このクラスによって、様々なスキルを与えられる。
例えば剣士になれば剣で岩を割くような神業が手に入るし、魔法使いになれば、様々な魔法を扱える。
自分に与えられたクラスの力を使って仕事をしなければいけないという義務はない。
しかし現実的に、農民や商人のクラスになった者が冒険者として活躍することはできない。剣士や魔法使いといった戦闘系のクラスの力は強力で、努力でそれを乗り越えることは不可能だからだ。
はっきりいって、クラスで人生のほとんどが決まるといっても過言ではない。
実際、リートの父親であるライド・ウェルズリーは、たった一代で公爵にまで成り上がったが、これは“聖騎士”のクラスを授かったからに他ならない。
希少なクラスを授かれば、たちまち公爵に上り詰めることだってできるのだ。
逆に、農民にクラス分けされれば、一生平凡な人生が待っている。
「ドキドキだね」
幼馴染のサラが、リートに言った。
サラは切り揃えたばかりの銀髪のショートカットを揺らす。
リートとサラは今年で18歳。
ちょうど今日、まさにクラス分けなのである。
リートもサラも、両親が戦闘系のクラスを持っているので、おそらく剣士か魔法使いになると思われていた。
一緒に剣の腕を磨き、魔法の勉強をしてきたのである。
だが、万が一にも、農民や商人のクラスに分けられてしまえば、それらの努力は無駄だったということになってしまう。
なるべく顔に出さないようにとは思っていたが、リートは昨日一睡もできなかった。
なにせ、人生の全てがかかっているのだ。
「とにかく、聖騎士とは言わないから剣士か魔法使いにはなりたい」
それがリートの希望だった。
聖騎士のクラスは、何万人に一人と言うレアなものなので、いくら聖騎士の息子とはいえ、そうそう簡単になれるものではない。
だが、剣士や魔法使いならば、数は少ないがそれなりにはいる。決して超お宝クラスというわけではないが、一流の人間として活躍することも十分可能だ。
――間違っても、農民や商人にはなれない。
そんなことになったら、公爵家であるウェルズリー家の面目は丸つぶれだ。
もう二度と、ウェルズリーの家名を名乗ることはできなくなるだろう。
そのあとは言葉数が少ないまま、リートとサラは神殿にたどり着く。
そこには今年18歳になった者たちが大勢集まっている。
様子は人それぞれだったが、期待と不安がごちゃ混ぜになっているのは全員に共通することである。
リートとサラは順番待ちの列に並ぶ。
すでに、神殿の前方で神官がクラス分けを発表していた。
「――貴殿のクラスは――剣士!」
そう宣言された少年は、喜びの表情をあらわにする。
見守っていた家族たちも大喜びという感じだ。
「――貴殿のクラスは――農民!」
対照的に、次の少年が言い渡されたのは平凡な農民のクラス。落胆の表情が見て取れる。
一生田畑を耕すしかないのだから、心中は察するにあまりある。
と、リートがしばらく他人のクラス分けを眺めていると、神殿に彼の父親が入ってきた。
聖騎士にして、この土地を治める公爵であるライド・ウェルズリーの登場に、神官たちも流石に丁重に出迎える。
公爵は、壇上が近くで見える特等席に座った。
息子の晴れ舞台を見るには絶好の場所だ。
リートはさらに緊張する。
父の期待に応えなければという重圧に押しつぶされそうになる。
――と、しばらくして呼ばれた名前がよく知ったものだったので、リートはハッとして壇上を見た。
「カイト・ウェルズリー!」
リートの異母兄弟である、カイト・ウェルズリー。
黒髪のリートと対照的に、金髪が目立つ。耳にピアス、胸にはドクロのネックレス、そしてサイズの合っていない服を身にまとい、なんともやさぐれた少年だった。
性格がとんでもなく悪く、大した努力もしないので、リートは彼のことを嫌っていた。
性格が悪いのは、愛人の息子ゆえに一切期待されずに育ってきたせいもあるのだろうとは理解していたが、境遇を抜きにしてもあいいれないものがある。リートは彼とは犬猿の仲なのであった。
だが、仮にも血を分けた弟。
そのクラス分けをリートは固唾をのんで見守った。
「――貴殿のクラスは……聖騎士ッ!!」
その言葉に会場がざわつく。
何より、その神託を受けたカイト自身が一番驚いている様子だった。
当然、リートも驚いた。
まさか、あのカイトが聖騎士になるなんて。
壇上傍にいるリートの父親、ウェルズリー公爵の表情を伺うと、目を見開いて驚いていた。
公爵は、愛人の息子であるカイトにはまったく期待していなかったのだが、まさか英雄になること間違いなしという聖騎士のクラスに分けられるとは、思いもよらなかったのである。
「まさか、この街から聖騎士が出るなんて!」
「さすがは公爵の息子だ」
これまで散々ワルをしてきたドラ息子でも、聖騎士となれば皆が手のひらを返す。
街人たちは、カイトを見て大盛り上がりだった。
「息子よ、よくやった」
と、公爵は、自分と同じ聖騎士になった息子の肩を叩く。
普段やさぐれて気だるげな表情を受けているカイトも、さすがにこの時は満面の笑みを浮かべていた。
――と、それから少しして、
「――サラ・スコット」
幼馴染の名前が呼ばれ、リートまで背筋を伸ばす。
「頑張ってきて」
リートはそう声をかける。
「うん」
サラは緊張した面持ちで壇上へと登っていく。
「サラ・スコット。貴殿のクラスは――」
神官の言葉を固唾をのんで見守る。
「――聖騎士!」
その言葉に、神殿がさらにざわついた。
聖騎士は、数える程しかいない超レアなクラスだ。
それが、同じ日に、同じ神殿で二人も現れるなんて、奇跡に近い。
「おめでとう!」
リートの元に戻ってきたサラに、リートはそう声をかける。
「うん、ありがとう。まさか私が聖騎士なんて……」
彼女自身も驚いているようだ。
リートも、自分のことのように嬉しかった。
「――リート・ウェルズリー」
そして、とうとう、リートの番だ。
リートは、緊張しながら、神官の元へと歩いていく。
初老の男性が、水晶を覗き込みながら、リートを見る。
「リート・ウェルズリー、貴殿のクラスは――」
固唾をのんで、続きを待つ。
居ても立っても居られなくなり、目をつぶった。
「――――――」
だが、なかなかその言葉が出てこない。
目を開けると、そこには困り果てた様子の神官の表情があった。
「あの……?」
思わず聞くと、神官はようやく口を開く。
「――貴殿のクラスは――ない」
何を言っているのか、神殿にいる誰も理解できなかった。
「――ない?」
リートは何かの謎かけかと思ったが、この神聖な場でそんなことがあるはずもない。
神官は、ただ粛々と事実を告げているだけであった。
だが、それがあまりにも荒唐無稽なことで理解ができなかったのだ。
「ないって、どういうことですか?」
「いや、そのままの意味じゃ。クラスがない。空白なのじゃよ」
神殿が一気にざわつく。
18歳になったら、神からクラスが与えられる。
それは世界のルールだ。
それなのに、リートにはなんのクラスも与えられなかった。
強いていうならば、神が下した裁定は――
「無職(ニート)って、ことかよ?」
前代未聞の自体に、誰もが困惑していた。
だが、どれだけ困った表情を浮かべてみても、現実は変わらない。
とにかく、リートは聖騎士にも、剣士にも、魔法使いにも、商人にも、農民にもなれなかった。
ただ、彼はその日――無職を神に言い渡されたのだ。
†
リートは茫然自失で自宅に帰った。
偉大な父の後をつぐため、これまで修行に明け暮れてきた。
それなのに、農民にさえなれず、なんのクラスも与えられなかったのだ。
神官も前代未聞の出来事に困惑していたが、クラス分けをやり直す、なんてことはできない。
クラス分けは神託。神の声は絶対だ。
――俺は何者にもなれずに死んでいくしかないのだ。
リートは神に告げられたその事実に絶望する。
「――リート様」
リートがこれからのことを考えて呆然としていたその時だ。
召使がリートの部屋までやってきた。
「閣下がお呼びです」
「父上が?」
はっきり言って、父に会いたい気分ではなかった。
しかし、“命令”を無視するわけにもいかない。
リートは重い身体を持ち上げて、部屋を出る。
父の部屋にいくと、そこにはカイトの姿もあった。
「なんでしょう、父上」
リートが聞くと、公爵は厳然と言い放つ。
「お前とは親子の縁を切る」
突然の言葉に、リートは呆然とする。
「親子の縁を……切る?」
意味がわからなかった。
「神からクラスを与えられないということは、どうやら罪を背負っているようだ。神に背いたのであろう。そうとしか考えられない」
「そんな、まさか。今まで一生懸命修行してきただけなのに……」
そんなリートの言葉を、父は聞く気がなかった。
もう彼の中で結論は出ていたのだ。
「リート、お前は今日からウェルズリー家の人間ではない。私の息子でもない。ウェルズリー家の長男はこのカイトになったのだ」
――リートとカイトは目があう。カイトは、口角を釣り上げて邪悪な笑みを浮かべていた。
「一時間だけ時間をやる。この家から、街から出て行け」
リートは拳を握りしめることさえできなかった。
まるで、足元の床が抜けたような、そんな感覚だった。
リートは父親が、冗談や一時の感情で何かをを言う人間でないことをよく知っていた。
父親が追放といえば、永久に追放なのだ。
リートは黙って父の部屋を後にした。
自分の部屋に戻って扉を閉める。
ひとまず持っている旅行カバンに、服を詰め込む。けれど、他に入れるものがなかった。
お金もほとんど持っていない。かろうじて貯金があったが、それもせいぜい数日生きていく程度のものだ。
一体どうすればよいのか、皆目見当がつかない。
時計を見ると、すでに40分が経っている。
父親は一時間と言った。彼が一時間と言ったら一時間だ。それ以上この家に居座れば、殺されても文句はいえない。父はそう言う人間なのだ。
頼りないカバンを背負って、リートは、誰に何を言うでもなく、ひっそりと邸宅を出たのだった。
†
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