第48話

 上村有希也は大学生になっていた。高卒認定を取った翌年、高認試験からわずか半年後に大学に合格した。福祉に特化した大学で、ここは有希也に打って付けだった。


 創立して間がなく、知名度も低いため偏差値も低く、予備校に通う必要もなく短期間の勉強で合格できた。学部によっては定員割れの大学で、一般受験でも試験は2科目のみ(有希也は国語と数学を選択した)。真夏に受け、8科目もあった高認試験の方がよっぽど過酷で、仕事を続けながらでも楽に合格できた。

 有希也の実力を考えればもっと上の大学も目指せたが、浪人は避けたかった。年齢を考えても一年という貴重な時間を受験勉強に費やしたくはない。浪人せずに進学できて福祉を学べる、希望と一致した大学だったわけだ。


 世間の評価が低いのは承知だが、これが学問の本質のようにも思えた。そこにどう入るかではなく、そこで何を学ぶか。入学を妨げられることなく、学びたい人が学ぶことができる。

 在籍する社会福祉学部は、福祉や介護だけでなく、福祉系企業や施設の経営まで学ぶことができた。


 いま有希也の夢は福祉関連会社を立ち上げることだった。障害を武器にする。この大学に入ったことで、起業をイメージできるようになっていた。


 障害者スポーツの普及発展の支援。それが有希也の思い描く未来図だった。


 インターネット上にポータルサイトを開設し、スポーツ大会の情報を掲載するほか、選手同士の交流や情報交換の場も提供する。練習場の確保方法や道具の選び方、義手義足に関する情報の共有まで。障害や競技の枠を越え、初心者からパラリンピアンまで幅広く利用してもらえるサイトを目指す。


 障害者がターゲットのビジネスで成功を収めるのが難しいのは言わずと知れたことで、競技人口の少ない障害者スポーツであれば尚更だが、キラーコンテンツを発掘できれば勝機が見える。今はまだ見えていないけれど、これから大学で学びながら見つけてみせる。誰もやっていないことだからこそやりがいがあるというものだ。


 次の目標はパラリンピアンを輩出すること。サイトを通してパラリンピック出場に貢献し、それが出来れば次は経済面で選手をサポートする。ユニホームに会社のロゴを付けた選手がスタジアムを駆け抜ける。メダルを獲得したら至上の喜びで、もちろんボーナスも弾む。


 そしていつの日か、誰もが知っている世界的なスポーツメーカーとスポンサー契約を結び、広告を掲載する。自分の会社のサイトにスポーツメーカーのエンブレムが載るなんて考えただけでワクワクする。


 決して不可能ではない。そこまでの道筋をこの大学で見出すのだ。


 運命だったのではないか。この頃はそう思うようになっていた。津原の身体になったことで、身体が文字通り障害になったが、可能性も広がった。今まで見えていなかった、存在すら知らなかった世界に足を踏み入れ、手を伸ばせば触れることができる。どんな世界遺産よりも貴重な体験だった。


 証券会社もやりがいはあったし毎日充実していたけれど、ずっと心のどこかで、自分の会社を作りたい、という想いがくすぶっていた。それでいて、どんな会社を作ればいいのか何も見えていなかった。


 津原保志になったおかげで新しい夢と出会えた。いつしか津原に感謝を抱くことへの抵抗も薄れていた。

 この大学で学べていることにも感謝している。ここでは自分が障害者であることが活かされた。福祉を謳っているだけあって、障害者に対する関心が高い。身体障害者福祉司を目指している学生にとって有希也は格好の生の教材だった。


 有希也は学生たちに積極的に協力した。どういう時に不便を感じるか、どういう手助けが必要かといった身体的な問題から、どう接したらいいかという精神的なものまで、聞かれたら出来る限り答えた。授業以外でも、知らない学生からその手の事を聞かれることがあったが嫌な顔をせずに教えてあげた。


 そうすることが起業する時にプラスになると思ったからだ。時に不快に思う質問もあったが、それを越えた先に見えるものもあって、忌憚のない意見交換は創造につなる。


 ただし、障害を負った事故について聞かれるのだけは嫌だった。自分が経験していないことに答えられるわけがない。専門的な知識を持っている人もいるから、適当なことを言って余計な詮索をされるのが怖かった。


 子供の頃のことだったからあまり覚えていない、あるいは思い出したくない、時にはトラウマという言葉を使ってやり過ごせば、それ以上追及されることはなかった。


 同級生は一回り近く離れていたが、もともと有希也は人付き合いがうまく、リーダーシップも持っている。同情の目もプラスに働いてすぐに周りと打ち解けた。


 無論福祉を学んでいるからといっていい奴ばかりではない。失礼な奴や無礼な奴はどこにでもいるもので、同じことでも年下にされると余計に腹が立つものだけれど、それはそういうものとしてとらえるしかない。


 転んでも何かを拾って立ち上がる。すべてを成長の糧にする。

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