第4話 西ノ町商店街野球大会 1回戦
5.
公園に入り、園内マップを確認してから特徴的な扇形の方へ向かった。
なるほど、『中央公園』と命名されるだけあって、自然豊かで長閑なところ――とは言ってもそもそも守ノ峰市自体、自然豊か……言うならば田舎なのであるが。
「やっぱお前は来るって信じてたぞ! あーいぼうっ!」
相棒であるなら人違いであろう。
「脅されたから仕方なくな」
「ん?」
そこで界は何かを閃いたようだ。その時間、コンマ一秒。
「あー! やっぱり
「確かに俤あるなぁ」と、と界は一人で納得したようだ。
顔立ちなどは、ある程度「遺伝」という、仮に逆らおうとしても逆らえないところがあるだろう。ただ僕自身の実感の誘導を妨げているのは性格の差異の大きさだろう。
「そうだよ」
「ほらこっちだ。もう直ぐ始まるから」
球場に入った。
ぎりぎり九人は本当だったようだ。しかも界しか野球用のユニフォームを着ていないな。
「おっ! ふゆ来たねぇ。ふゆなら絶対来ると思ったよ!」
この満面の笑みである。
「あんたが脅したんだろ!」とは間違ってもつっこめない。
「なんで守ノ峰高校のジャージなんだ?」ともつっこまない。
「え? あれ、はなの弟くん? ふーん、いい男じゃん」
姉貴の同級生だろうか。姉貴の大学は日本でも最難関大学であるから、今はおちゃらけた雰囲気であるが、この人達も努力の結晶から構成されているのだろうな。心のなかで敬礼!
と、思ったが高校時代の同級生という可能性のほうが高いのか。
どちらにせよ僕も通っている守ノ峰高校はこの地域からまともに通える範囲だと一番優秀な高校だから……というと自画賛にも思えてしまってしようがない。
「楓雪。チームメートを紹介している時間はない。とっととアップするぞ!」
「あ、おう」
このグラブを嵌めるのは何年ぶりだろうか。姉貴がアメリカで買ってきたやつだ。
姉貴はどこか行く度に僕が使わなさそうな
すこし悪寒がした後、気がついた。
今回の指輪に限っては実用品ではなかったな。
一塁側ブルペン(ただのファウルゾーンであるが)でキャッチボールをする。
「飛び入り参加なんかっ、して大丈夫なのか?」
「いや、飛び入りじゃねぇ。ちゃんと申込日、っと。にエントリーしたよ」
綺麗に伸びてくるボールが放られてくる。
「人数っ、足りてないのに申し込んだのか?」
「まあな。ははは。そろそろ集合だ行くぞ」
笑い事ではないだろうその行動力。
「第1回西ノ町商店街野球大会一回戦第二試合! 守ノ峰東小学校のおやじのためのおやじによる草野球部 対……」
長い名前だな。ゲスティバーグ演説のパロディだろうか。審判のおじさんも噛まずに、笑わずに宣言したところを見るとチーム自体は昔からあるのだろうか?
「雑草’s の試合を始めます。一同礼!」
「「よしゃあぁぁっす!!」」
なんだその叫び声は。それより『雑草’s』ってどういうことだ?
「「後攻取りました! 雑草’sしまっていきましょう!!」」
「「オウッ!!」」
え、雑草’sってどういうことなんだ?
「界、僕のポジションは?」
「ピッチャー……やだよな。よし、ライト行け」
全力の嫌々を三年寝太郎だった表情筋を無理やり叩き起こして、精一杯表現した結果、ライトという楽な(偏見)ポジションを勝ち取ることに成功!
「一塁側でよかった。近い」とかいう意識の低い感想を漏らしてしまった。
「「プレイ!!」」
アンパイアの声と同時にギャラリーが蠢き始める。
――かっとばせー! 現実を教え込んでやれー!
――ぶっとばせぇ!!
なんとまあ物騒な。ギャラリーは野次のおじさんでごった返している。更にすでに酒が回っているようで、一体この中にシラフの人は何人残っているのだろうか。まだ午前中だぞこの町は。
結局、界がピッチャーやってるのか。
サインを見る素振りをしているが、本当に決めているのだろうか。
そして大きく振りかぶる。なかなか様になってるな…
「「ストライーク!!!」」
遠くから見ても勢いの強いボールが放られていた。野球用語で「ボールが伸びる」というものがあるらしいが、怪しい都市伝説の類ではなかったのだな。
ギャラリーも静寂と感嘆へ裏返る。
確かに界は運動であれ、勉学であれ、趣味であれ、何でも極めているような鬼才であるが、あれは「元将棋部」の投げる球ではない。素人の僕でも解るが、あれは「野球部」が投げるべき球である。
――坊主! なかなかいい球投げるじゃねぇか!! だがんなもん通用しねぇ!
――親父ども手加減無用だやっちまえ!!
それにしてもアウェイだな。一応地元の高校ではあるのだが。もしかしたら地元だからこそ嫌われているのかも知れない。
ああ、いやそういえばこのチーム雑草だったな。これだけでは僕らが誰か解らない。
それでもきっちり一回表は界の豪速球で三者凡退に抑えた。
「ナイピナイピ!」
「あざす!」
「
「いえ、元将棋部っす!」
「野球やればいいのに〜うまいよ、ねぇ?」
なぜここで僕に振るのか。
「……ん? まぁたしかに。びっくりするくらい球が速かったですね」
「まぁたしかに、だって。ウケる」
ウケないだろ。
「「 ストラックアウゥッ!!!! 」」
さっきの界の投球でアンパイアもやたら興奮している。
「いやー。打てなかったよ。はな、変化球あるぞ」
「そうか。仇は討つ」
三番は姉貴か。そういえば姉貴も何でもできるタイプの人間だったな。こうしてみると界と姉貴はやたら似ているがあると、しっかと感じられる。
「あ、楓雪。お前四番な」
「四番って確か日本だと強打者の打順だよな?」
僕もそれくらいは知っている。
「クリーンアップってやつだな」
「僕、バット持ったことすらないんだけど?」
「だいじょぶ。だいじょぶ。このチーム経験者いないから」
それは大丈夫なのだろうか? まあ負けたら早く帰られるから嬉しいが。
「ノリでいけるって。あ、シングルヒット。ナイスヒットォ!」
センター前に転がしたようだ。
「僕は九番とかで良いんだが」
「ほれ、行った行った」
なす術もなく界の策略に嵌められた僕はネクストバッターズサークル(……だったか?)に向かった。
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