容量、太陽光、体温
◆
私もミチもいわゆる普通の女子高校生で、水族館での写真はお互いのカメラロールから少しずつ分け合った。少し加工された画像はSNSに当然だとでも言うかのように載るのだろう。
私の知らない間にミチは私を撮っていて、同じようにミチ気づかない間に私のフォルダにミチの写る画像があって、つい笑ってしまった。「無音カメラを使うなんてお互いずるいね。」そうはにかみながら、撮った画像を送るミチは、ちょっと卑怯だ。
ミチから送られてきた画像は六枚で、それはミチのフォルダにあった全部。私の画像フォルダに並ぶミチは十枚以上ある。その枚数の理由は、ミチが水族館へ来た目的を完璧に遂行していたからだとわかっているけれど、少し寂しかった。ふとした瞬間、私はミチの姿を撮らないと全部消えそうだと思っていたから。気が付けば、私の目はミチばかりを探していた。
不意に取られた私の顔は可愛くなくて、でも私の撮ったミチは全部綺麗で、少しブレた後ろ姿すら良く思えた。
「私、これが一番好きかもしれない」
ミチは照れたように画面を私に差し出した。出口から出て駅へ向かうときに撮った、逆光の中のミチがそこには映っていて、胸が熱くなった。
毒みたい。私はミチから目が離せない。なにひとつ見落としたくないのに、ミチは私のことをそうは思っていない。切なさが一層私の中でミチを美しく見せていたから、そんなことを思う暇すら私にはなかった。
ミチは私より少しだけ広い歩幅のおかげで私の斜め前を、私を連れていくように歩いている。あのままずっと私の左手とミチの右手は重なったままでいた。ミチは売店で立ち止まってから少しおかしかった。上の空というよりも、ただ別人のようにみえた。
かけられたままのジャケットに熱がこもっていく。冷えていたはずの生地が暖められて、額にはじんわりと汗をかき始めていた。ずり落ちそうになったジャケットを右手で取ってそのまま腕にかけた。
曇り空とはいえ雲は切れ切れに流れていて、太陽の光が点滅していた。太陽が現れるたびにミチの髪がキラキラと踊っている様子が、ひどく煌めいて見えて、気が付けばカメラを開いていた。曇り空にまた戻ってしまったけれど、そんなことはどうでもよかった。
ただこの今を忘れないでいたくて、ビデオに変更して録画ボタンを押したあと、タイミングを見計らう。ミチが私のことを見てくれるその瞬間の直前。私の声がちゃんとミチに届くその瞬間を、必死で探す。
「ミチ」
「ん?」
振り向いた瞬間、ミチの向こう側で太陽が辺りを照らし始めた。
私の身体はいうことを聞かなくなって、這うようにやってくる血の沸き立つ感覚になすすべもなく、ただ身を任せた。横腹に鳥肌がたって、何も言えずにただカメラをミチに向け続けた。立ち止まった私に合わせるようにミチも歩みを止めた。
さっきまであったはずの沢山の雲は太陽を隠さない。神々しいなんていう言葉は当てはまらないと思うのに、それでもミチを天使みたいだと思った。
「カレン、まぶしい?」
「うん」
そよそよと軽く吹いた風にミチの髪が揺れる。小麦畑は金色だと思ったことはなかったけれど、ミチの髪が太陽に染められて金色に光って見えた。この瞬間のために太陽も、風も、存在しているかのように思えて、息を飲んだ。そこにただ立って私を見るミチは、まるでどこかの物語の主人公みたいだった。
「カレン」
「ミチ、すごくきれいだよ」
風もやんで、太陽はさっきよりも分厚い雲にまた覆われてしまう。
動画はもう止めていて、私とミチは歩道の真ん中で立ち尽くしていた。ミチの目は見たことがないくらいに不安そうに見える。何も言わないミチを見て、何をしても不正解な気がして、右腕にかけていたジャケットをミチに渡そうと手を離した。
「ミチ」
「カレン、ごめんね」
「私こそ勝手に撮ってごめんね」
「そんなことはいいの。カレンの撮ってくれる私は好きだよ」
離した手でジャケットを受け取ったミチはそのまま袖を通して、私の左手をまた握り直した。当たり前のように握られた手を私も当たり前のように握り返す。
「そっか」
「この後はどうする?」
おすすめだというカフェをいくつか教えてもらって、一番近い場所を選んだ。この握られた左手を、早く離したかった。これ以上長く、私とミチの二人きりになってしまうと、どうにかなってしまう気がして堪らなかった。
歩き出したときには揃っていた足並みも、ずれて、ミチが半歩先を歩いていくけれど、黙って歩き続けた。
「カレン」
「ん?」
「ううん、やっぱりなにもない」
さっきよりもすこし、強く握られた気がした。何かを求められている気がしてしかたがないのに、私はきっとそれを持ってない。
「そっか、ご飯さぁ何食べる?」
「おすすめとかでいいんじゃないかな」
「あはは、ミチそういうとこだよ」
「そういうとこってなに」
ちゃんと笑えているかなんて気にするつもりもなかった。私はミチじゃないし、ミチは私じゃない。
握った手を引っ張って、大きく一歩踏み出した。
「やっぱりあっちにしよう、ケーキセットのあるとこ」
「え、ここから遠いけどいいの?」
「ミチには秘密にしてたけど、実はめちゃくちゃケーキ食べたいんだよね」
「やだ~カレンそういうことは早く言ってよ~」
お互いに歩くスピードを速めて、駅へと向かう。
サンダルを履いた私に合わせて歩幅を縮めるミチは、肩より上で揃えられた髪を揺らして握っていた手を振った。
知っているようで知らない私たちには、手を繋ぐことと笑うことだけが唯一のそばにいる方法だった。ただ今、私たちができる最大限の幸福のために、笑ってぬくもりを分け合ってる。ただ笑って、笑っていられたらいい。
そうやって私たちの夏の思い出の一番最初のひとつが終わった。
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