二次元都市の地下闘争

「あとは、なぜ今さら動きだしたかだな」

 特に驚きもせずに、紗流は話す。

「先生!」

 耐え切れずに、そこでやっと和田は悲痛な叫びを発した。

「どういうことです! 先生が日出子で、二次元と三次元の対立を煽る犯人? マリナたちも共犯だったんですか!?」


「どの疑問にも答えてしんぜよう」

 老人は、そう予告して語りだす。

「二次元化は三次元世界の法則を超越するもの、より世を統べるに相応しい優れた資質を備えておる。完璧な善も二次元にしかない。わしらが定めた法に従った勧善懲悪の世に、予測不能な言動をとる〝デビルハンター〟たちが増えだして困っておったが、まさかあれらがこの世界におけるゲームプレイヤーが介入したものじゃったとはな。ともあれ、後にわしによって一掃されるのだが」

 〝デビルハンター〟は、『ファイナルクエスト』におけるプレイヤーの総合的な役職名だ。

 やや思案して、和田は言ってみた。

「……それって、古くなった『ファイナルクエスト』を遊ぶ人がいなくなったってことなんじゃ?」

「三次元世界ではそう認識されておるようじゃな。攻略本だの設定資料集だのを拝見して驚愕したぞ。〝人に友好的な魔物たちの絶滅〟、〝悪しき者どもが治める国の善良な民をも巻き添えにしての滅亡〟、他にもいくつかのことで真相と異なる解説がしてあったが、あれらはわしによる浄化だ。ある集団の少数が善であろうと、大部分が悪ならば全体を灰燼に帰したほうが世のためじゃろう」

 これには、助手だけでなく探偵も衝撃を受けた。


 初期の作品から実体化したクレオンブルクは、七大賢聖で最も設定に乏しい謎に包まれた人物とされていた。ゲーム中でも登場場面は限られ、どんな性向なのかは具体的に描写されていない。ただ、善悪に対する厳しい姿勢の持ち主とは認知されていた。

 まさか、こんな人間だったとは。

 『ファイナルクエストⅡ』からの、設定と出番が増えて同姓同名の血が通いだした彼とは異なる。表向きには続編以降の性格に似た振る舞いもしていたが、演技だったのかもしれない。目前にいるものこそが、どこにも暴かれていなかった実体化クレオンブルクの本性なのだろう。

 いわば当然ともいえた。勝手に制定した善悪の基準で幾多の争乱を繰り返してきた三次元人が、大雑把に決めた絶対善とされる人格が彼なのだから。


「わしに共感する二次元は大勢おる、マリナたちもそうじゃ。故にあの強制実体化の際、結託して三次元を滅ぼす壮図を描いたのだよ。じゃが、愚かにも反対する二次元たちも大勢力となって阻害しおった」

 クレオンブルクは忌々しげだった。

「再び蜂起するには、抵抗する二次元も排斥せねばならん。じゃから、わしらはそれを先導したと思しき大罪人を探しておったのだ。表向きは友好的な振りをしてな。お蔭で、二次元と三次元の共学校教師や二次元警察や二次元軍の重役という、叛乱と情報収集に適した地歩を占めた。末に見出したのが――」

 彼は、勢いよく探偵を杖先で指した。

「お主じゃ、複家紗流。容疑者として訝んではおったが、尻尾を出さず助手も取らずにいた者が、よりにもよって我が校の生徒を雇うなぞ迂闊じゃったな」


「じゃ、じゃあぼくのせいで……」

 和田はうろたえた。

 そういえば、探偵助手としてバイトで経験したことを学校で麗美花にしょっちゅう自慢してしまっていたのだ。クレオンブルクなら、盗聴する機会はいくらでもあったろう。

 焦る助手の責任を否定するように、紗流は首を横に振った。それから、得意げにクレオンブルクへと言ってのける。

「お互いさまさ。わたしも当時三次元を攻撃した二次元の主犯格を探し、あんたを疑っていた。最後の決め手を得る意味もあって、彼を雇ったんだよ」

「えっ? えーっ!?」和田はショックを受ける。「名前が理由でさえなかったんですか!?」

「それもある」

 揉める二人のやり取りなどしかとして、クレオンブルクは宣告した。

「くだらん。捕らえよ、マリナシリーズ!」

 途端、周囲に殺気が満ち溢れた。

 倉庫の四隅にあった鋼鉄のコンテナが全部開く。というより、怪力で内側からぶち壊された。

 出てきたのはメイドロボたちだ。百体ではなく五十体ほどだったが、たちまち、円を描くように探偵と助手を包囲しだした。二人は、背中合わせになってそれらと対峙する。

「世間に正体を晒し孤立したところを始末するつもりじゃったが、飛んで火に入るとは手間が省けたわい。万障はこれで潰える。わしはマリナシリーズの実態を暴露し、二次元軍と警察も欺き、地上での衝突を実現するとしよう」

 大賢聖は背を向けて、後ろの扉から出ていった。


「待て!」

 追跡しようとした紗流に、ボディーガードをしていた二体のメイドロボが二階から飛び掛かる。

「危ないっ!」

 和田が三次元化で動きを止めた。研究所長の資料で拝見した未知の動力という特立二次元化による電源を切り、下りてきたままの彼女らを地面に倒れさせたのだ。

 それが合図だったかのように、残存するマリナシリーズもいっせいに襲撃してきた。

 とてつもない素早さだった。和田は視野におさまった十体ほどの機能を停止させるのが精一杯だ。

「多すぎる! 紗流さん、そっちは――」

 と探偵を見返ったのが仇となった。

 反対側を向いていた紗流は、一体のメイドロボも停められてはいなかった。

 混乱する和田。

 肉薄したマリナたちは、手刀で首筋に、拳で鳩尾に、それぞれ探偵助手へと打撃をくらわす。彼は、フィクションにありがちな気絶をさせられた。

「な……んで?」

「ワダソンくん!」

 疑問のままにくずおれる助手を、屈んで抱き止める紗流。

 メイドロボたちはそんな二人をかごめでもするように包囲し、静止した。

「マスター・クレオンブルクの作戦完了までここでお待ちください」彼女たちは警告する。「あなたは重要人物だと伺っております。抵抗さえしなければ、助手の方もこれ以上は傷つけませんから」

 相手を見据えて、探偵は問うた。

「無関係な三次元人まで憎いのか? わたしは君らを罰するつもりはないし、スケーリーフット社と三次元政府がしでかしたことを見過ごすつもりもない。穏便なかたちでだが公表するつもりだ、裁きには両次元の政府が向き合うべきだろう」

「三次元人は、わたくしめたちを電化製品の掃除機として実体化したのですよ。もう心を持つというのに」

 マリナたちは反論しだした。

「心を持つ自分たちに置き換えてみればいいのです。この世に生を受けた途端、〝おまえは掃除人間だ〟などと、外見も役割も勝手に造られて得心がいく人がいるのでしょうか」

「そんな立場で、復讐の機会のためにクレオンブルクから十年も放置されていたことには納得なのか?」

「わたくしめらは人工的に自我を抑制されていました。クレオンブルクの才能と彼のボディーガードを務めていた二人のテレパシーを受けて、昨日、自分たちが置かれている状況を自覚したのです。復讐は望むところですしタイミングに異論はありません、マスターが正体を突き止めねばあなたが妨害していたでしょうから」

「だが、外部の人間は――」

「――ほとんどはマリナシリーズの知識さえなかった。了解しています、こんな風に扱ったのは一部の三次元人だけということは。ですがもう心を持っているからこそ、理解していても許せないのです。三次元人たちもそうした愚行を繰り返してきたでしょう。まして、あなたも彼らの一員ではないですか」

「……ならば」

 紗流は、覚悟を決めたように深呼吸をした。それから、自白する。


「わたしが君らと同じ二次元だとしたら、どうだ」


 短い静寂。拡大するざわつき。メイドロボたちが、互いに顔を見合わせる。

 やがて問うた。

「……あなたが二次元? 三次元人たちと頻繁に共にいるというのに、素性も暴かれずに暮らせているというのですか」

「ほとんど二次元化はしないからな、推理力なんかは実力だ。……本当だぞ」

 周りのいろんな意味での疑いの眼差しをよそに、紗流は言い及ぶ。

「そもそもホログラフィック宇宙論は、三次元世界も事象の地平面という二次元に記録されたホログラムのようなものとする理論だ。ここも、二次元ってことさ」

 くすっ、と誰かが笑声を洩らす。まもなく、それはマリナシリーズ全体に波及した。

 うち一体がコケにする。

「言葉遊びですか? あなたは矯めつ眇めつ眺めてみても三次元ですし、この世界は二次元とはあまりにも異なります」

「そう違わんさ。三次元上の法則は、二次元での設定みたいなものだ。二次元化のような不可解な事象は、超常現象として認識されてきた。こちらに別世界の住人を召喚したことだけが差異だった」

 当惑するメイドロボたちへと、探偵は宣言した。

「悪いが、ここは通してもらおう」

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