第18話 16番ホール: 失敗



翌週月曜日は、榊原さん、設計の太田さんと仙台にある天地コーポレーション本社へ出張だ。

東京駅の22番線で待ち合わせをして、東北新幹線やまびこ123号に乗り込んだ。9時19分仙台着の予定なので、10時の打ち合わせに十分間に合うはずだ。

先方は天地会長、娘さんの専務、総務部から担当者が出席する予定になっている。


車中3人で最終確認をしていると、2時間と言う時間はあっという間に流れた。

太田さんがいるせいもあってか、榊原さんは金曜日のことは一切触れなかったので、俺も何も言わなかったがほとんど覚えていないのかもしれない。


仙台駅では、仙台支店の幸福支店長が迎えにきてくれた。幸福(こうふく)さんは、名前通り幸せそうなのんびりした雰囲気の人だ。一緒にいると周りをさぞ和ませる事だろう。


社用車で天地コーポレーションに送ってくれた。

幸福さんの話だと、これまで天地コーポレーションとの取引はなかなかパイプが

できずに苦労していたようだ。


天地コーポレーションに到着し受付に行くと、既に瑞希さんが待っていた。

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」いつものように愛想よく挨拶してくれた。

俺と榊原さんは既に挨拶はしているので、幸福さん、太田さんを紹介し会長達の待つ応接に向かった。


応接には、天地会長、娘さんの静香専務、他に二人がいた。

「おおぉ、よく来た。沢田ちゃん」相変わらずのテンションで会長が出迎えてくれた。

「紹介するよ。今回の話に全面的に協力してくれることになった仙台市の轟市長、俺のガキの頃からの悪友でな、散々一緒に悪行をやった仲だ」

「轟です。悪行はこの十三郎だけで、私は潔癖ですので誤解の無いように」

市長らしい重厚な人柄だが冗談も通じるようだ。

「それから私と一緒に弊社側の窓口として担当する瀬良課長です」瑞希さんが付け加えた。

改めて会長を除く方々と挨拶をした。


「挨拶はそのくらいにして、早速“夢”の話だが・・」そう前置きして会長が話し始めた。


会長の話だと、轟市長と相談をして仙台市のビックプロジェクトとして進めたいと言うことだった。

仙台といえば七夕まつりは全国区の行事となっていて有名だが、それ以外にコレというものがあまりない。そこで、会長の夢を実現して仙台市のさらなる飛躍につなげたいと言う思いがあるらしい。

以前、首都を仙台市へ遷都することも検討されたときは同様の話があったようだ。

これに、宮城県やの文科省、経済産業省、国土交通省も絡めるらしい。

一部の行政機関には既に話を始めているとのことだった。


「会社としても、このプロジェクトをバックアップしていきたいと考えております」

専務で瑞希さんの母上が言った。

「これまで会長の独り言として聞いてきましたが、地域への貢献は会社としても大事な

使命です。市長さんもご協力いただけるとのお言葉も頂いて、私もぜひご協力させていただきたいと考えております」


「ありがとうございます。そのような壮大なプロジェクトの計画に当社を加えていただいた事は、大変光栄に思います。我が社といたしましても社長以下全力で取り組んで参りますので、よろしくお願いいたします」さすが榊原さん、決意が表れている。


最初は図書館を作りたいと聞いて会長と話を始めたが、自治体や行政も巻き込んでとなると俺でも事の重大性は分かる。


「今回、建設候補地の視察に参りましたが、自治体の皆様もご協力いただけるとのことでしたら、是非ご挨拶に伺わせて頂ければと存じます」

自治体への挨拶は、今回の案件だけでなく今後の案件のことを考えれば挨拶しておく必要がある。


「市長に挨拶しておけば良いだろう」会長の余計な一言だ。

「自治体の皆様にもご協力いただけると言うことでしたら、私どももご挨拶して

おいた方が、今後お互い仕事がスムーズになるかと思います」榊原さんが答えた。


「榊原さんの言う通りだよ、十三郎。実際、仕事をするのは若い人達だからな」

「まあ、役所のことはお前に任せる」

「明日、関係部署に挨拶できるよう手配しておきます」

「ご配慮有難うございます」


その後、1時間ほど雑談をしながらも今後の構想を議論した。

昼食は轟市長を除く天地コーポレーションの方々と、候補地となる天文台近くの

ゴルフ場に行った。榊原さんと太田さんは初めてだ。会社を出るときに、一色食品のライトバンが会社脇の道路から出てくるのを見かけた。

全国展開している会社だから当たり前だと思いながら、親しみを感じた。


ゴルフ場への移動は社用車二台に分かれた。先頭車両は会長と瑞希さんと俺。

2台目に静香専務、榊原さん、太田さんだ。配車に意図的なものを感じないことも

なかったが、気にしないことにした。


車中、何気なく一色食品の名前の入ったライトバンの話をした。

「天地さんの会社は一色食品さんとお付き合いがあるんですか?」誰となく聞いた。

「あら、一色食品さんのこと、ご存知なんですか?もう古くからお付き合いさせて頂いてますよ。30年以上になるんじゃないかしら」

瑞希さんが答えてくれた。


「一色がどうかしたのか?」会長が不思議そうな顔をして言った。

「実は先日うちの巽とゴルフのダブルス選手権に出場しまして、同じ組で一色取締役と回ったんです。そのご縁で、今仕事の引き合いも頂いているものですから・・・」

「ほお、そうかね。だとしたら一色の息子だな。もうすぐ社長になるんじゃないか」

「会長、よくご存知なんですか?」


「よく知っとるよ。息子の一(はじめ)は小さい時からよく知っとる。

今の社長とは大学時代の同級で学部も一緒だった。今でも年数回はゴルフをやっとるよ。上から読んでも下から読んでも“一色一”なんてふざけた名前をつけて、親父は喜んどっとなあ」

こんなところで会長と一色さんが繋がるなんて世間は狭いものだ。


「一(はじめ)はゴルフうまかっただろう。学生ゴルフ上がりだからな」

「ええ、とっても。人柄も温厚で尊敬してしまいました」

「親父は真面目なやつだが、遊びはとことんやるタイプで面白かった。

ところで、どう言う仕事をもらったんだ?」

「まだ引き合いをいただいただけなので、これからコンペです。

福岡の支店を新しく建設したいと言うお話でして、初対面の私たちにチャンスを

頂きました」


「そうかあ。来月ゴルフを一緒にやるから、沢田ちゃんのことを言っといてやろう」

「いえ、それはご遠慮します。コンペなので、他社とは正々堂々と提案の内容で

勝負します。負けるつもりはありませんので」

「ハハッ、それは頼もしいなあ。なあ、瑞希?」

「そうですわね。きっと沢田さんの会社で受注できますよ」


「有難うございます。ところで実は今悩んでいることがあるんです」

俺は新人チームによる提案を一部の幹部から反対されていることを説明し、

どう打開するかまだ解決策がないことを話した。


「巽が“任せておけ”と言っておりましたし、しかし反対してるのは専務なので、

気が気ではありません」

「巽さんがそう言っているのなら大丈夫だろう。彼はかなりのやり手と俺は見てるがな」

その後、会長は黙って考えているようだったので、それ以上俺も話さなかった。


ゴルフ場で昼食をとり、天文台周辺の候補地を視察した。

候補地と言っても図書館建設予定地は整地されているものの、それ以外は

樹木が生茂る山林だ。


会長のイメージを太田さんや榊原さんがヒアリングし、全体像を把握しようとした。

俺は呑気なもので、ここにゴルフ場を作ったらどういうレイアウトになるか考えていた。この間来た時もそうだが、緑が鮮やかで空気が綺麗だ。

身体中の酸素が入れ替わるようだ。


結局、天文台も含め視察は約4時間ほどかかった。あたりは既に薄暗くなっていた。


俺たち3人は予約していたビジネスホテルでチャックインを済ませ、指定された

料理店に向かった。会長、瑞希さんと静香専務が来られるということだった。

他のお客さんの迷惑にもなるので、俺は二人に先に部屋へ行ってもらい玄関で

会長達を待つことにした。10分ほどするといつもの社用車で3人は到着した。


宴会は楽しいものとなった。話題の豊富な会長の話に盛り上がり、榊原さんの

愛想の良いノリに、会長も静香専務も心地よいひと時を過ごしてもらえたようだ。

更に瑞希さんの幼少の頃の話を酒の肴に会話は弾み深夜まで続いた。

新たな発見は、太田主任はちょっと根暗な性格かと思ったが、予想とは正反対の

賑やかさで仲良くなれそうだ。


ホテルに戻ったのは0時を回っていたが、千夏に無事初日が終わったこと、

そしておやすみのL I N Eを入れた。が、残念ながら返信はなかった。


翌日は轟市長の配慮で、仙台市役所の関係各署への挨拶をスムーズに行うことができた。

今回の出張は十分成果を得ることができた。候補地の視察から始まり、会長の“夢”を天地コープレーションと共同で具体的に作成することになった。

更に仙台市とのパイプ作りもきっかけができた。仙台支店もこれから仕事がやり易くなるだろう。


出張報告書の作成は俺の仕事だ。帰りの新幹線の中でこの二日間を振り返り整理した。

早急に天地コーポレーションへの提案をする必要がある。

まずは、検討するための叩き台の作成だ。榊原さんはもちろん、今回の出張でその気になってくれた太田主任も頼りになる先輩だ。味方が一人増えたようで心強かった。


その一方で数日後、今回の出張で俺はとんでもないことをやらかしたと気付くことになった。


出張から戻った3日後の午後、榊原さんと俺は末木課長についてくるよう言われ、向かった会議室には部長がいた。

末木課長の仏頂面はいつものことだが、嫌な予感がした。


部長から、先日の出張で一色食品さんの福岡支社のことが話題に出たかどうか質問された。

俺は天地コーポレーションで一色食品のライトバンを見かけ、その事で会長に話した時の事を答えた。

「沢村くん、先ほど一色取締役から連絡があってね、君が天地会長の本件と

新人チームのことを話し、天地会長が一色社長に相談してくれたそうだ。

あくまでも天地会長の一存だと念を押していたらしい。しかしだ、関係者以外の

人間から自社の新社屋情報について話があったことは遺憾だということだ。

何かいうことはあるかね?」


俺は目の前が真っ白になった。

あの時、会長は相談すると言ったがお断りしたはずだ。

いや、そもそも案件の話はするべきではなかったし、新人チームのことはあくまで

社内の話だ。弁解の余地は無い。


「申し訳ありません。お客様の情報を社外の人間に漏らしてしまいました。

私の軽はずみな言動で、お客様にご迷惑をかけてしまいました」


「今更気付いても遅いんだよ。さ・わ・だ・く・ん」

一番言われたくない末木課長に言われたが、反論のしようもない。


「そういう事だ。お客様とは守秘義務の契約がある。最低限守らなければならない事だ。それが守られなければ、お客様との信頼関係は築けない。分かるか?」

部長から諭されるように言われ、俺は目を伏せるしかなかった。


「君の新人チームに対する思いは理解できる。だが、私と末木課長に任せてくれと言ったろ。結果的に君は私と末木課長の信頼を失ったことになるんだ」

俺は、取り返しのつかないことをしてしまったと、今更気づいた。


「部長、課長、申し訳ありません。私の指導が至りませんでした」

そう言って榊原さんが頭を下げた。

「ただ、お怒りを承知で言わせていただくなら、新人チームの件について

沢田くんが納得できない気持ちは私にもよく分かります。会社として新人チームを

認めたのですから、少なからず提案の内容を検討してあの場で結論を出すべきだった思います」

「君まで何を言ってるんだ?」末木課長が吐き捨てるように言った。


「榊原くん、確かにあの会議での幹部の対応は褒められたもんじゃ無い。

だが、それをどうこう言っても始まらないのは君もわかってるだろう」

巽部長は続けた。


「その君らが残念に思っている新人チームの提案だが、当社として2パターンの

提案をすることになった。一つ目は顧客要求仕様に対する案1、二つ目は独自提案とした案2だ。これなら、新人諸君の提案もお客様に検討いただけることになる。末木課長が関係部署と掛け合った結果だ。それに通常1社1案だそうだが一色さんも承知してくれた、君らの提案を聞けると喜んでたよ」


部長と課長で調整してくれた思うと、俺の浅はかさが身にしみた。


「それからついでに言っとくが、一色取締役が言っていたが沢田くんのことを

褒めていたぞ」俺は部長が何を言っているのか理解できなかった。


「申し訳ありません。どういう意味でしょうか?」

なぜか謝罪の言葉が先に出てしまう。


「あの天地会長が社外の人間のために動くことは、まず無いそうだ。

どうやって口説いたのか、今度教えてくれと言っていた」

何となく褒められているような気がしたが、喜ぶ気には全くならなかった。


「それは有難いことだと思いますが、私は何もしていないので話せることはない

と思います」

「まあ、そうだろうな。その辺の事は榊原くんからよく聞いておきなさい」

榊原さんは理由が分かるのだろうか。


最後に、「沢田くん、今回のことはいい経験だ。失敗は人間誰でもある。

大事なのは今後それをどう活かすかだ」そう言って、部長と課長は席を立った。


俺は立ち上がろうとしたが、全身の力が抜けてしまった。

もしかしたらこの案件から外されるか、人生初の始末書を書くことになるのか、

今更後悔しても仕方ないが自分が急にダメ人間に思えてきた。


「榊原さん、すいませんでした」俺は自分が情けなくなって泣きたくなった。

「何、もしかして落ち込んでるの?」

「何言ってるんですか!ここで落ち込まないでいつ落ち込むんですか!!」

何と榊原さんは笑い始めた。


「沢田くんが落ち込むのを見るのは、千夏の件と今回で2回目ね」

「勘弁してください。今はゴルフで言えば、1番ホールで3連続O Bを出した

上に退場させられたような気分です・・・」


「まったくう〜。部長の話、ちゃんと聞いてたの?」

「聞いてたから、落ち込んでるんじゃないですか!」俺はマジギレしそうだった。

「沢田くんは真っ直ぐなんだから。今回のミスは、天地さんに一色食品の情報を

誰にも相談せずに話してしまったこと。事前に根回ししておけば、逆に大手がらよ。大したことないわ」

何と肝っ玉の座った姉御だ!


「それ以外は、沢田くん全部褒められていたのよ。気がつかない?」

自分でも冷静さを取り戻していないことを自覚しつつ、少し考える時間が欲しいと言って席を立った。


定時になり、千夏が俺の席にきて一緒に帰ろうと誘われた。

あれから少し冷静さを取り戻し、何となく心の整理もついたがまだしっくりこない。


会社を出ると、いきなり千夏が観覧車に乗りたいと言い出した。

いつもは居酒屋からカラオケのパターンだが、たまにはいいかもしれないと思い

お台場にある観覧車に行くことにした。

渋谷から埼京線にのり、そのまま臨海線で約20分だ。


デートスポットでもある大観覧車は人気で、かなりの人がいた。

暗くなってから観覧車に乗りたかったので、ムーンバックスでコーヒーを飲んだ。

それまでの千夏はあまり口数が多くなく、というよりあまり喋らなかった。


「千夏、あまり喋らないけど何かあった?」俺は心配して聞いた。

千夏は少し考えて言った。

「大樹、今日部長に怒られたでしょ。大丈夫なの?」

俺の心配をしていたのだろうか。


「何だ、その話か。ちょっと引きずってるかな・・・。もしかして心配してくれてるの?」

「何だじゃないでしょ。お客さんの情報を漏らしたんでしょ。重大問題じゃない。心配しないわけないでしょ」どうも千夏は怒っているようだ。


「最初はショックだったけどね。でも始末書書けとか言われなかったし、

部長からこの経験を活かすよう言われただけだったしな。大丈夫だよ」

「大樹がそう言うならいいけどさあ。まあ人間誰でも失敗するから、失敗と友達にならないとね。そもそも天地会長さんや一色食品さんの案件は大樹が持ってきたんだから、自信持っていいんじゃない。他の人には真似できないことやったんだし」

「心配かけてごめんな。でも、失敗とは遠い親戚くらいにしておきたいな」

「いいねそれ。遠い親戚ねえ」千夏は少しは落ち着いてくれたようだ。


「そろそろ観覧車すいてきたみたいだし行こうかあ」

そのあと、観覧車からの夜景はとても綺麗で、晴れていれば富士山も見れるらしい。


結局俺たちは3周してからお決まりの居酒屋へ向かった。

今回の出来事は、俺にとってあらたなスタートになる予感がした。

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