第9話 8番ホール:合宿
合宿まであと1週間となった頃、ゴルフ事務局の白川さんからメールが送られてきた。
内容は合宿のスケジュールの確認と、各人の取り組みに関することについての連絡だ。スケジュールは先日の定例会での説明通り1泊2日で2ラウンド。練習時間も確保されている。
取り組みは細かく指示があった。各自この合宿でのスコアーの目標や克服したい課題、プレイにあたっての心構えなどを設定し、その成果を明確にするとのことだった。
上級者は上級者なりの課題があるだろし、初心者もそれなりに課題や悩みはある。
自己分析を紙にして目に見える様にする事はとてもいい事だ。合宿は単なるラウンドだけでなく色々な収穫を得られそうで今から楽しみだ。
千夏からのグループL I N Eで、明日か明後日相談したいと連絡があったので、明日のレッスン終了後がいいと返事をしたところ、全員参加となった。
翌日のレッスンには、会社から4人揃って練習場に向かった。
西垣プロに今週末にゴルフ部の合宿があることを伝えると、アプローチについて
アドバイスをもらった。構え方はすでに教わっていたので、キャリーとランを合わせた飛距離を、実際の芝の上で是非実感して欲しいというものだ。
最後に、俺たち4人にあくまでも練習と捉えて、結果に一喜一憂しないでチャレンジすることが大事とアドバイスをくれた。
レッスンが終わってからは、、お決まりのイタリア料理を食べさせてくれる
「ラ・ナポリアーナ」へ行った。相変わらず混んで入るが、喧騒感はなくゆっくり話ができそうだ。
「白川さんから送られてきた合宿の宿題もうやった?」千夏がみんなに聞いた。
「まだやってないよ」
「私もまだ・・」田之倉も由佳ちゃんもまだだ。
「オレもまだやっていない。目標とか課題とか考えているところ」
「大樹もまだなんだ。私何を書いたらいいか分かんなくて」
「千夏ちゃんもそうなんだ。私もどうしようかと思って」
「田之倉はどうするの?」
「僕はまだハーフスイングしかやってないから、目標は実戦でハーフスイングをしっかりやることかな。それとスコアーはとりあえず120に設定しようかと考えている。後はマナーを守るかな」
「爽くん考えているじゃない。凄い!!」由佳ちゃんが目を輝かせている。
「由佳ちゃん、別にすごくないよ。初めてのラウンドだし、他の人に迷惑かけない様にできたら合格だね」
「私もそうしよう。一緒に回る人に迷惑かけない事は大事よね。」
二人の会話が盛り上がっているところに千夏が、
「私もそれにした!それとゴルフ場のことをもっと勉強しよっかな?」
「それもいいね。大樹を除けば僕らゴルフ場と言うのを知らないしね」
「オレもたいして変わんないよ。だぶん事務局で組み合わせはみんなのことを考慮してくれると思うよ。先生役をつけてくれるんじゃない」
「そう言えば組み合わせは、当日発表なのよね?」
「なんか緊張してきたわ。千夏ちゃん緊張しないタイプ?」
「私だって緊張するよ!何か膝が震えてきた!」
千夏がふざけたことを言うので、仕方なくツッコミを入れて差し上げた。
「心臓に毛が生えているちなっちゃんなら、全然大丈夫だよ!」
「あ〜言ったな!こう見えても結構ナイーブなのよ。女を見る目がない大樹には
わからないだろーけどね。フンッ!!」
「まあまあ、千夏ちゃんがそんなことないのはみんな分かっているよ。」
田之倉は余計なことを言うやつだ。
「そうよ。大樹くん言い過ぎよ。ほんとに生えてても女の子にそんなこと言ったら失礼よ」
「ちょっと由佳ちゃん、“ほんとに生えてても”ってどう言う意味!?」
「あ、ごめん。つい・・・」
みんなで大爆笑だ。由佳ちゃんはちょっと天然なところがある。
「ところで大樹はどうすんの?」
「オレかあ。まだちゃんと考えてないけど、スコアーで言えば90と冷静にプレイすることかな。ちょっと高い目標だけどね。チャレンジあるのみだ!」
「カッコいいね。みんなそれぞれの目標に向かってG O!だね」
そもそも大した実績があるわけでもないし、できる事を頑張って後は楽しむだけだ。
週末の合宿当日の朝は、オレたち初心者4人は一緒に行くことにしていた。
車はオレがワンボックスを出して、田之倉、千夏、由佳ちゃんの順に拾っていった。
ゴルフ場での集合時間が7時30分だから、結局家を5時前に出た。
今朝は雲一つない青空で、絶好のゴルフ日和になりそうなこともあって、道中みんな遠足気分で会話が弾んだ。大事な合宿前にトラブルはご勘弁なので、いつもより安全運転で車を走らせた。
ゴルフ場には7時前には到着した。
オレは2度目なので様子は分かっていたが、3人は初めてのゴルフ場のクラブハウスに驚いていた。バブル期に作られたクラブハウスは、初めてきた者には驚きだろう。
玄関前の大きな池と噴水、屋根付きの駐車場は、贅沢を象徴している。
そして玄関で出迎えてくれるスタッフに優越感に浸りながらも、恐縮していた。
オレも初めての時はそうだった。
由佳ちゃんが興奮しながら言った。
「ねえ大樹くん、凄いゴルフ場だね!?」
「確かにね。以前はなかなか予約が取れなかったらしいけど、今じゃネットでも予約できるから庶民向けになったみたいだよ」
「急に緊張してきたわ」
「由佳ちゃんはゴルフ場が初めてなんだから当然だよ。気楽に楽しもうぜ!」
田之倉も由佳ちゃんも動きが不自然だ。そこまで緊張しなくてもいいだろうに・・・。
一応ゴルフでは先輩のオレが先頭でロビーにある受付カウンターに行って、
受付を済ませた。その後、事務局の谷川課長と白川さんが、“児玉組ゴルフコンペ”の看板を出してロビーの片隅の受付テーブルにいた。
しかし“児玉組”というのはどうも誤解されそうな気がしてならない。命名したのが社長だから何も言えないが・・・。
白川さんの話では、既に半分以上集まっているらしい。組み合わせ表とルールなど記載された紙をもらい、参加費1,000円を支払って受付を済ませた。
由佳ちゃんと千夏は白川さんの顔を見て少しほっとした様だ。
早速組み合わせ表を確認した。オレは有難いことに巽部長と同じ組、更に千夏の名前が右端にあった。
千夏が図々しく「迷惑目一杯かけるのでよろしく!」と言ってきたので、笑いながら首を閉めてやったら喜んでいた。可愛いやつだ!
田之倉はオレの上司の末木課長と検査部の佐藤課長、由佳ちゃんは榊原さんと一緒だ。
二人とも見知りの人がいるから少しは安心してプレイできるだろう。ただ。末木課長と一緒の田之倉は少々気の毒だ。
7時半には全員揃って、コンペ開会式を行った。
今回の参加者は男性14名、女性4名の計18名だ。
最初に巽部長が挨拶した。
「皆さん、おはようございます。日頃の皆さんの行いが良い様で、今日明日と晴天です。天候のせいにはできませんから、スコアーが悪かった人は他の理由を考えておいてください」少なからず笑いが起こった。
「今回の合宿は技術面、精神面の向上を図ることがメインテーマです。すでに提出してもらっている各自の目標や課題を持って取り組んでください。更に、企業対抗戦の選手選抜も兼ねていますので、頑張ってください。最後に怪我には十分気をつけて。以上です」
オレとしてはまずは立てた目標をクリアーすること。それに集中しよう。選手選抜は二の次だ。その後、谷川課長からルール説明や今日のスケジュールについて説明があった。
スタートまで30分くらい時間があったので、先輩たちの後について練習グリーンに向かった。
田之倉と由佳ちゃんは天然芝の上での練習は初めてで戸惑っていたので、
オレは西垣プロから教わった練習方法を3人に説明した。
最初にボールを2球使って、気持ちの良いスイング幅でパットする。
その距離を確認し、その日のパットの距離の基準とするのだ。更に2球とも同じ地点に止まれば、スイングは安定しているということになる。
その後、今度はボールを1球使って、15mくらいの距離を5回、10mを5回と
徐々に距離を短くして、最後に1mの距離を3回打つ。これでその日の距離感とか
フィーリングを確認するというものだ。
みんな家で練習しているせいかまずまずだったが、やはり距離感は苦労している様だった。こればっかりは慣れるしかない。
オレと千夏は1番スタートだったので、10分前にアウトコースに向かった。
今回は巽部長がコーチ役で、キャディーさんもついているので千夏をサポートしてくれるだろう。もっともオレにも必要だが・・・。
キャディさんが朝の挨拶を済ませた後、打順を決めるためのくじ引きの棒を2本持ってきた。最初に巽部長が引き2本線。千夏はレディースティーだから俺が最初だ。
スタート時間となり、オレは決めているルーティーンをしてアドレスに入った。
ボールの後方に立ち、第一打の目標(フェアウェイやや右)や弾道(中弾道であの雲がターゲット)をイメージ。
呼吸を整え、ボールに集中してスイング!
「バシッ」良い感触だ。音もまずまずだ。
「ナイスショット!」一打目はいつも上手く打てる。みんなに会釈しながらカートの近くにいるキャディーさんにクラブを渡した。
「やるね、大樹。見直したよ!」
千夏は今までオレのことをどう見てたんだろうと、
「まあね〜、普通だよ」ここは謙遜して答えておいた。
続く巽部長は、みんなの期待通りのショットを打つ。フェアウェイをまず外さない。部長を見ていると、いつも同じリズムでショットしている様な気がする。
こういうところは参考にしないといけないなと頭に刻んだ。
次はいよいよレディースティーから千夏の番だ。
「剣道の試合開始より緊張するかも・・・」
そう言いながら、千夏は怪しいルーティーンからアドレスに入って第一打。
「パシッ」ボールはフェアウェイの真ん中へ。
「おお〜、ナイスショット!!」1番スタートを見ていたゴルフ部員から歓声が上がった。
「有難うございます!!」
千夏は手を振って皆に応えている。緊張してきたと言いながら、大した度胸だ。
「ちなっちゃん、ナイスショットだよ」ほんとに嬉しそうな表情をする千夏を見て、オレまで嬉しくなってくる。
「さあ、今日一日2人とも頑張ろう!これからだよ」
千夏の2打目地点。フェアウェイの平らな地点だ。
残り距離はまだ150ヤード以上あるから無理をする事はない。千夏は7番アイアンを持った。良い選択だ。
「パシッ」
「ナイスショット!」力みのない練習通りのスイングだ。
「如月さん、良いねえ。練習しているのがよく分かる。そのままボールに集中してショットすることだけを考えれば良い。」巽部長からお褒めの言葉をもらった千夏は、オレの方をニコニコして振り向いた。
オレのボールは少し爪先上がりのライだ。多少左に行く気がしたので少しターゲットを右に設定した。
「バシッ」軽いフック回転しながらナイスオン!と思いきや、グリーン奥まで転がってしまった。上手く打ちすぎてしまった様だ。
「フック回転になるとボールは転がりやすいから、少し短めのクラブで打った方がいい」
巽部長がアドバイスしてくれた。できれば、打つ前に言って欲しかったが、ゴルフは全部自分の責任だ。
部長は堅実にパーオン。流石だ。
千夏の3打目はフェアウェイからピンまで30ヤード。
「ちなっちゃん、ハーフショットの小さい版だよ」
「オッケー!」返事も軽快だ。
相変わらず怪しいルーティーンながら、今度はさっきより少し早い気がした。
「コンッ!?」
甲高い音がしたと思ったら、オレと同じグリーンの奥まで転がった。
「あちゃー!やっちゃたよ。練習でも何回かあったんだよね」
「今のは少し打ち急いだかな。打つ前からリズムが早かったね。さっきの
ティーショットと同じテンポでスイングすることを心掛けるといいよ」
「ハイ。有難うございます!」さすが千夏だ。立ち上がりが早い!!
千夏とオレのボールはほぼ同じところだ。距離はピンまで約20ヤード。
最初にオレが打った。ボールは少し沈んでいてスピンは効かなそうだ。サンドウェッジでボールは身体の中央、キャリーで10ヤード、ランが10ヤードをイメージ。ピンを通り過ぎてなんとか3mの地点で止まった。まずまずだ。
次は千夏だ。定番の怪しいルーティーンだが、今度はテンポがゆっくりに見えた。
「ナイスアプローチ!」キャディーさんが声をかけた。
なんと1mにつけてしまった。ビギナーズラックはやはり存在する様だ。
「大樹、今の見た見た!」大声で叫んだ。
「ナイスアプローチ。やるね、ちなっちゃん。参りました!」
千夏は誇らしげにガッツポーズした。
巽部長のピンまで6mのバーディーパット。惜しくも外れてオッケーパー。
オレの3mのパーパットはほぼ真っ直ぐ。3打目のカップ以降の軌跡があるからラインは読めている。家での練習を思いながら、ボールの芯で打つことだけを心がけた。
「カランッ」ナイスパーだ。
「今のは良かったね。ボールの転がりもスムーズで、芯でしっかり打てている」
最後は千夏のパーパットだ。またまた動きが堅い様な気がする。
「あ〜〜〜・・・。マジで!?」千夏が奇声を発した。
「今入れようとしたでしょ?」
「だって大樹もパー取ったし、入れたくなるじゃん」
2番ホールへ向かう途中、巽部長から千夏にアドバイスがあった。
「如月くん、さっきのパーパットだけどゴルフの難しいところなんだよ。君は目の前のボールに集中すべきだった。それが沢田くんのパーを見て“私も入れたい”という気持ちが強くて、顔の上がるのが早かったね。ショットをするのに、他の人のスコアーとか必要ないんだよ。その気持ちがスイングを乱してしまったんだ。分かるかい?」
「ん〜。何となく分かる様なわからない様な」
「まあ一つの現象として記憶しておくこと。次同じ場面の時にどうするかが大事だからね。ゴルフは過去の経験をどれだけ次に活かせるか。自分の引き出しが多い方が有利になるんだ」
部長の言葉は参考になる。オレにも当てはまることが前にもあった。
「でもね如月くん。初心者で私にこんなことを言わせるのは凄いことだよ」
「有難うございます。部長。今の言葉は一生忘れません!」
“一生”とは大袈裟だ。後に引きずらない千夏の性格は勝負事に向いている。
というか千夏は勝負師だ。
こんな調子で午前のハーフが終了した。タイミングの良い巽部長のアドバイスは大変勉強になった。出来る限りメモして、あとで勉強するつもりだ。
スコアーは巽部長が1オーバーの37。千夏は57。オレは9オーバーの45。
目標スコアー90のオレとしては上等な出来だ。
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