第94話 優しい手紙

「親愛なる レディ・リリアーナ


 お元気ですか?

 メイデイランドから王都へ戻る旅の疲れが、残っていないと良いのですが。

 我々との船旅ほど、快適ではなかったでしょうからね。


 私はまず、貴女に謝らなければなりません。


 貴女を連れ去るなど、全く紳士らしからぬ行為でした。

 心からお詫びいたします。

 もちろん、貴女の姉君から頂戴した宝石は、全てお返しいたします。

 レディ・ブランシュにも、ご心労をおかけしたこと、深くお詫び申し上げます。


 さて、レディ・リリアーナが既にお気付きの通り、我々はハイドランジアの残党です。

 私はハイドランジアの間諜として貴国ローゼンダールに派遣されていましたが、潜入している間に戦争は終わり、故郷は無くなりました。


 そこにおられる、ノワゼット公爵やドーン公爵、騎士の皆さんはよくご存じでしょう。


 世界一美しい古都と称された、ハイドランジアの王都が、どうなったか。


 今はもう、王城もろとも水の底に沈み、跡形も残っていません。

 まあ、それだって自業自得のようなものです。ノワゼット公爵が考案した作戦は、我々の全てを一瞬で奪いましたが、貴方方は味方をあれ以上失わずに済んだ。あれがなければ、あの戦争は一層、泥沼化し、今も続いていたでしょう。


 一般市民は、ちゃんと逃がし、助けてくれたのですから、文句を言える立場ではありません。

 私の一族は武官の家系でしたので、もう帰る場所はありませんが、それもようやく、お互い様だったのだろうと思えるようになりました。


 しかし、当時の私は復讐に燃えていました。ノワゼット公爵やドーン公爵、ハミルトン公爵あたりを狙っていましたが、騎士団団長はいずれも報復に備え、周りに護衛を欠かさなかった。本懐を遂げるのは難しいという結論に至りました。


 そこで、今となっては、あまりの浅はかさに赤面するほどですが、ノワゼット公爵とドーン公爵が熱烈に秋波を送っておられた、レディ・ブランシュに目を付けたのです」



 そこまで読んで、「まあ……」とブランシュが呟く。ノワゼット公爵が、厳しく瞳を眇めた。



「ロンサール伯爵邸は、ランブラー・ロンサール伯爵が屋敷に寄り付かず、伯爵邸の人事は執事に任せていましたから、潜入するのは簡単でした。


 ああ、でも、ロンサール伯爵が気に病む必要はありません。私が本気で潜入しようと思えば、どこだって簡単なのですから。


 今回は失敗続きでしたが、自分で言うのも何ですが、これでもそこそこ凄腕だったのですよ。そうそう、コードL作戦の情報が漏れたことがあったでしょう? あれは私です。


 しかし、ロンサール伯爵邸に潜入してしばらくして、レディ・ブランシュを傷付けるなどという計画は捨てました。あまりにも人でなしの行為であると、気付いたのです。


 そこで、計画を変更し、ノワゼット公爵家に伝わる、世界最大のピンクダイヤ『ストロベリーアイス』を頂戴しようと思いつきました。

 私のかつての仲間たちは、困窮していました。帰る国はなくなり、働こうにも、捕まれば良くて監獄、最悪の場合は絞首刑の身の上ですからね。


『ストロベリーアイス』があれば、仲間達と海を渡って新天地で土地を買い、一からやり直すことができると考えたのです。

『ストリベリーアイス』の嵌まったティアラは、代々、公爵夫人となる方に婚約式に於いて受け継がれます。ということは、遠からずレディ・ブランシュが受け取るのですから、その後に頂いてしまおう、という計画でした。


 ちょうど、ストランドの邸宅で家令であるロウブリッターが引退するタイミングでしたので、彼に成り済まし、うまく執事として潜入しました。


 あと少し、というところでしたが、まさか遠く離れたストランドから突然、人がやって来るとは、想定外でした。しかも、執事である私を通してくださっていたらどうとでもなったものを、有能なロンサール伯爵がご自身の伝手を使ってストランドに使いを出しておられた為、まさに晴天の霹靂。

 あの時は肝の縮む思いを致しました。


 こうなってはもう、贅沢は言っておられません。発覚は時間の問題です。

 しかし、何しろ一年も潜入して堅苦しい執事姿に耐えたのですから、手ぶらというのも嫌でした。絵画や美術品は大きすぎて論外、現金は海の外では使えません。仕方なく、レディ・ブランシュの宝石だけを頂いて行くことにしました。


 まさか、この時の脱出計画すらもレディ・リリアーナに見破られてしまうとは、思いもよりませんでしたが。


 しかし、あの時、レディ・リリアーナをお連れしたことで、我々は救われました。

 あの時は最大の失敗だと思いましたが、今となってはむしろ、神が与えてくれた最大の僥倖だったと思っています。


 レディ・リリアーナ。貴女は、我々が長く抜け出せずにいた暗く淀む淵に春風を吹かせ、光を届けてくださいました。

 貴女が作ってくださったフラムクーヘンは、間違いなく、我が人生で最高の味です。


 失敗ばかりだった今回の件で、一番の失敗は何だったかと問われたなら、それは、貴女がまだ屋根裏に囚われている頃に、貴女を連れ出さなかったことです。


 あの頃なら、貴女は私と一緒に来てくださったのではないかと考えると、悔やまれてなりません。一番手に入れたかったものがすぐそこにあったのに、そのことに気付きもしなかったとは、我が身の愚かさを嘆くばかりです。


 しかし、私はまだ、希望を捨ててはおりません。


 レディ・リリアーナ。貴女がこれから身を置かれる、貴族社会というところは、貴女のような方にとって、少々、退屈が過ぎると思われます。

 もし、そこでの生活に飽き、もっと冒険を求められたなら、私と共に世界を回りましょう。

 私は貴女を決して退屈させず、生涯守り抜き、大切に致します。


 貴女さえその気になってくださったら、いつでもお迎えに参上します。


 それまで、どうか、お元気で。



 貴女の騎士 レオン



 追伸……


 ああそれから、そこにいるオデイエ卿とウェイン卿には、ほんの、ほんのちょっとだけですが、悪いことしたなと思っていますので、お詫び代わりに、貴方方の大嫌いなブルソール国務卿一派の不正の証拠を差し上げます。


 箱の底に入っていますので、どうぞ、お使いください。


 ほら、どうです? 

 なかなか凄腕でしょう?」




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