第六話 変異

その頃のウルベ研究所では先程の実験からそれほどの時間は経っておらず、縛られた男がひときわ大きな声を上げた後に、今度はあれだけ暴れていた体を今は全く動く事なく横たえている。


その事態を引き起こした男たちはその様子を不安そうな顔つきをしながらジッと見ていた。


「ヒソヒソ(う、動かなくなったな)」


あまりに変化のない男の姿に不安になった男が、自分と同じ立場にある男に小声で話しかける。


「ヒソヒソ(あ、ああ。死んだのか?)」


全く動かなくなった男を見ていると、同じように不安になったのか小声で返してくれる。


「ヒソヒソ(俺のやり方が悪かったとかじゃないよな!?)」


「ヒソヒソ(・・・多分)


同僚の男も困惑しながらも何となくの返答しかできない。


「ヒソヒソ(多分じゃ困る!!もし俺のせいだったらウルベ様に何をされるか)」


「ヒソヒソ(そんなこと言っても俺にもよくわからないし)」


実際にそんなことを言われても男にはどうしようもないのだが、同僚の不安な気持ちもわかるため、どうしたものかと思っていた。


「ヒソヒソ(俺だけじゃなくてお前も罰せられるかもしれないんだぞ!)」


「ヒソヒソ(な!?なんで俺まで!!?やったのはお前じゃないか!)」


「ヒソヒソ(そんな言い訳が通用するような人じゃ!!!)」


あまりの変化のなさに実際に実行した男と押さえていた男が罪のなすりつけ合いをしていると、いつの間にか遠目に見ていたはずのウルベ達が同じ室内にはおらず、その声だけが聞こえてきた。


どうやら何かの機械の音なのかそれとも魔法の音なのか、その声は直接聞くのとは少し違って聞こえたが間違いなくウルベ本人の声であった。


「ふぅむ」


「「ヒッ!!??」」


たった一言、それも考え事をしていて頷いた際につい出てしまった程度の一言であったが、その一言だけで実行した男たちは体を大きくびくつかせて周囲を慌てて見回している。


「未だ変化はなし・・・ですかぁ。アミーラ、データの方はどうなっていますかねぇ?」


「特に変化はありません。いえ、正確には生命活動を停止した状態の人間のデータと変わりありません」


隣にいたアミーラは生命活動の停止という会話をしているにもかかわらず、そこには悲壮感といったものは一切なく、ただただ事実として淡々と結果を述べる。


「そうですかぁ・・・少々期待しすぎましたかねぇ?」


「申し訳ありません。どうやらまだ早かったようで」


そう言うウルベ自身の顔は若干の落胆の表情を見せる程度であったが、アミーラは珍しく苦虫を噛み潰したかのような顔をしており、ウルベの機嫌を窺うかのようにデータとウルベへと視線を行き来させていた。


「ん~?あぁ~、くっくっく。アミーラ、あなたは少し勘違いしているようですねぇ?」


「は?とおっしゃいますと?」


不敵な笑みを見せてわずかに笑い声をあげて実験体に再度視線を送るウルベ。


「まぁ時期にわかりますよぉ」


「???」


自らの上司が何かに気付いているが自分には何のことを言っているのかわからず首をかしげるアミーラ、とここで静寂だった室内に変化が起こる。


ジャラ(金属の鎖の音)


「「うひゃ!!!???」」


急に動き出した男の体に驚く二人。


とここでアミーラが驚愕を浮かべてウルベへと報告をする。


「これは?ウルベ様、データの方に反応が、生命活動が活発に、いえ・・・この数値は人の数値を遥かに!?」


その報告に対してウルベは驚いた様子はなく、むしろようやく見たいものが見れると目を爛々とさせて男の様子を見ていた。


「ようやく来てくれましたかぁ、もう少し早いと思ったのですが相性があまり良くないのかそれともまだ馴染んでいないのか、いずれにしても・・・くっくっく」


そう答えつつも室内ではどんどんと状況が変わっていく。


「ぐるるるるるる・・・・・」


急に動き出した男が低い、まるで人では出すことの出来ないような声を出す。


だがその声には意味のあるような内容ではなくただ唸っているようなそんな声だけが聞こえてきた。


と、突然男の体に変化が現れだした。


「う、ウルベ様!この男の腕が!何やら変化を!!」


突如起こった事態に慌てて自らの上司に報告をする男であったが、この男のまともな報告はこれを最後に終わってしまうことになる。


変異した男を見ていたもう一人の男はその動きに気付いていち早く同僚に警告を発する。


「おい!そいつ!動いてる!危ないぞ!!下がらないと!!」


「へ?」


とここで変異した男の腕が拘束具を引きちぎり、上司に報告をしていた男に振り下ろされる。


「・・・・あれ?おれ?・・・お・・・お?」


「ドサッ」という物音と同時に男の体が崩れ落ちる。


それを間近で見ていたもう一人の男は思わず悲鳴を上げてしまう。


「う!うわぁぁぁぁぁ!!!」


その時周囲を見張っていた鎧の男たちが変異した男の周囲を取り囲む。


「おい!下がれ!ウルベ様!これは一体!?」


「どうされましょうか!この男、殺してしまうべきでは!?」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


慌てて周囲にいた鎧の男たちは自身の上司に対して問いかけるがそれに対しての応答はなく、その間にも状況は刻々と移り変わっていた。


「ウルベ様!!!」


もう一度上司に声をかけてみるが、同じく同僚の鎧の男が思わず声を張り上げた。


「おい!こいつ!起き上がるぞ!!」


その声を聞いてとっさに変異した男の方を向くと、そこにはもはや明らかに人間ではない生物が悠然と存在していた。


「グルルルル!グアァァァァァァァァ!!!」


「「「う・・・うわああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」」」


その生物はどう見ても人ではなく、大きさはおよそ三メートルほど、全身が黒光りした鱗で覆われており、爪も鋭く牙も巨大、そして何よりその背中からは巨大な翼が生えていた。


「ど、ドラゴン!?そんな!でもこんなの見たことも聞いたことも・・・」


その時、部下の男が慌てて扉に向かって走り出し、そして大声で自身の上司に向かって声を張り上げた。


「う・・・ウルベ様!避難を!ここをお開け下さい!ウルベ様ぁ!!」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


だが男の叫びも虚しく、上司からは沈黙しか返ってはこなかった。


「ウルベ様?ウルベ様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」


男は必死に扉を叩いては上司の名を呼び、その場から逃げようとしているが、無情にもその扉が音を立てることはなかった。

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