第226話ガクガクブルブル1

 あの悪夢から目覚めた後、本音を言えばこの日は外出は控えたかったが、予定の時間がやってきた為私はライブオンの事務所への道のりを歩いている。

 あともう10分程歩けば到着する。だが、私の足取りは明らかにふらつき、目の前の10メートル先すら遠く感じる程一歩一歩が重くなってしまっていた。


「家を出る前は行けるって思ったんだけどなぁ……はぁ……はぁ……」


 どうやら自分の予想以上にダメージを負っていたみたいだ。家の中ならまだしも、外を歩いていると回復どころかより一層気分が悪くなっていく。

 日光を浴びたり外の風を当たれば改善されるだろうなんて楽観的に考えていたが、とんだ見当違いをかましてしまったようである。


「ほんと、失敗したなぁ……」


 本当は今日の予定も、結構な量があるとはいえグッズにサインを書くのみだった。

 それなら家に郵送してもらうこともできた仕事だが、私のような仕事だと自分から出ようと思わないと外に出る機会がなく、引きこもりがちになる。この前の雑談配信で健康をより意識するようになったこともあり、この話を聞いた時に自分から事務所に行ってこなすと連絡を入れてしまっていた。

 それがこの体たらくである。こうなると察することができていれば、連絡してやっぱり郵送でお願いすることや後日にすることも可能だったかもしれない。

 やっぱり頭が回ってなかったんだろうなぁ……ほんとばか……。


「ぅぅぅ……吐きそう……いつもより遥かに遠く感じるよ……」


 小声でそう漏らしながら、閉じようとする瞼を無理やり開き、ただひたすら歩く。

 同じ歩行者にぶつかりそうになって避ける動作が体を揺られてきつい……。

 どこかで休憩を入れたいが、家でギリギリまで休んでいたため、そうすると遅刻が……。

 ……いや、流石に限界だ、このままでは路上で吐いてしまう。事務所に謝罪の連絡を入れてどこかで休もう。

 そう決めた時だった、きっと気が緩んでしまったのだろう。


「ッ!?」


 地面の僅かな段差に躓き、体が前に倒れこんでしまう。


「――あれ?」


 派手なズッコケだ。体を硬い地面に強打する、そう確信した私だったが――体は地面とは対照的に温かく柔らかなものに受け止められていた。


「お姉さん大丈夫?」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

「顔真っ青だよ? 気分悪いの?」

「あー、実は吐き気が……」


 どうやら誰かが支えてくれたようだった。落ち着いた女性の声が上から聞こえてくる。ということはこの柔らかい感触は……おっぱい!?

 慌てて顔をあげて今一度謝罪しようとしたのだが――受け止めてくれた女性の顔を見て私は頭の中まで真っ青になってしまった。

 ド派手な金髪をメインに様々なカラーのメッシュを入れた長いロングの髪。

 耳にはそれ痛くないのと心配になりそうになる多種多様なピアスが煌めき、顔は過剰ともとれるメイクで一つ一つの部位を威圧感を感じさせるほど強調している。

 そして終いには私より高い身長。拳銃と骸骨が描かれたTシャツに、RPGのキャラで例えるならHPが半分は減ってそうなほどダメージを受けた黒色に近いジーンズ。

 やばい――


「――それと、おひっこが漏れそうです」

「色んなとこから体液でそうなお姉さんだね」


 ごりっごりに怖いヤンキーにぶつかってしまった……。

 声が震える。きっと私とは違う価値観で生きているタイプの人だ。

 

「まぁいいや。それならとりあえず少し休もう。このまま歩くのは危ない」

「ろ、路地裏行きですか?」

「なに言ってんの? そうだな、あそこの喫茶店でいいよね」

「はひ……」


 結局私は恐怖からなにも言えないまま、体を支えられて傍の喫茶店に一緒に入店することになってしまった。




「大丈夫? 落ち着いた?」

「は、はい」

「ん」

「ぁ、ありがとう……ございました」

「お礼なんていいよ」


 喫茶店の席に助けてくれたヤンキーさんと向かい合って座り、冷たい飲み物で体の調子を整える。

 実は入店直後に入ったトイレから逃げだそうかなども考えていたが、普通に考えれば体調不良で転びかけたところを助けてくれた恩人だ。それは失礼が過ぎるというもの。

 だけど……正直に言わせてください! やっぱりめっちゃ怖いです!!

 恐怖からもう吐き気も吹っ飛んじゃったよ! 冷たい飲み物を飲んでいるはずなのに、もうそれが温かくすら感じる……。

 派手なファッションの人なら光ちゃんとかで慣れているが、この人は陽の者とも全く違う、尖りに尖りまくっているタイプだ。

 私の人生でこのタイプの人と関わる機会なんて一度もなかったから、私からはどうしたらいいのか分からないし、今静かにコーヒーを飲んでいるこの人から一体どう来るのか分からないのが不安過ぎる。


「ぁ、ぇっと、お金は全部私が払いますね」

「そう? 別にいいのにそんなの」

「ごめんなさい! それじゃあ足りませんよね! この財布の中身でご勘弁願えないでしょうか!?」

「え、なんで? 新手の詐欺?」

「私では返しきれない感謝の念を代わりに諭吉に返済してもらおうかと思いまして」

「変わった言い回しするね。でもお金とか本当にいいから」

「じゃ、じゃあ体で返せってことですか!? 私処女なのでどうか膜は触るだけで勘弁してください!」

「……」

「まさか舐めるまで!?」

「うっわぁ思考がムゴイお姉さん拾っちゃったな……箱の中ならともかく現実でもこれとは……呪いにでもかかったのかな」


 なぜか小声でなにか言いながら、眉間を押さえるお姉さん。怖い……ガクガクブルブル……。

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