追加エピソード ベンの過去② ジュリアとのデート 第7話後

 それからすぐ俺は行動に移った。次の日、いつもの四人組で食堂に行くと隅で一人で食事をするジュリアが目に入った。他のメンバーに「ちょっと行ってくる」と言うと、俺は簡単にスパゲッティを皿に盛りつけて、ジュリアの方に向かった。そして、彼女の右隣の席を引くと、そこに座った。そして、声をかける。


「やあ!」


 すると、彼女は怪訝そうにこちらを見て、こう言った。


「あなた誰? 私に何の用?」


「俺はベン、ベン・タイラー。君が一人でいたから話し相手になろうと思ってね」


 そう言うと、彼女は「余計なお世話よ」と言って、食事の乗ったプレートを掴んで席を立とうとした。急いでその彼女の左手を掴む。


「単刀直入に言うよ。俺は君とプロムに出たいんだ」


 真剣な表情で彼女の方を見つめる。すると彼女はこちらを振り返ってこう言った。


「一度も一緒に出かけたこともないような奴と私はプロムに出ないといけないわけ?」


 そう言われて俺は少し考えると、こう答えた。


「じゃあ、君の都合のいいときに好きなところに連れて行ってやるよ。俺はバイクを持ってるからさ、それなりに好きなところへ連れて行ってあげられるよ。それから、俺の誘いに乗るかどうか考えてくれ」


 すると彼女はため息をついた後に、


「わかったわ。じゃあ、明日の放課後に隣町のショッピングモールに連れて行ってちょうだい」


 と言ったので、俺は「了解!」と言って彼女の手を離した。彼女はそのまま他の席に移っていった。それを見ていたのか、俺の仲間たちが彼女が立ち去ると周りにやってきた。フランキーがたずねてくる。


「うまくいったのか?」


「最初の布石は打てたといったところかな」


 と答えると、俺は盛りつけたまずい冷凍のスパゲッティを口に運んだ。



 ・・・



 次の日、校門の近くでバイクに跨って彼女を待った。電柱に止まっているカラスをボーっと眺めたり、次のカモになりそうな生徒を品定めしていると彼女が校門から出てくるのが目に入った。


「おーい」


 と声をかける。が彼女はそれを無視して、こちらを振り向こうともせずに俺のいない方向に歩き始めた。そんな彼女の様子を見て、急いでヘルメットをかぶりバイクのエンジンを点けて彼女のもとに向かう。彼女の歩く歩道に沿ってバイクをゆっくりと走らせる。そして声をかけた。


「おーい。昨日の約束忘れたのか? せっかく時間を作ったのに」


 そう言うと、彼女はこちらを一瞥したが、すぐに前を向いて歩き続ける。そんな彼女に続けて話しかける。


「ガソリンも今日のために昨日入れてきたのに。それにほら、ヘルメットも君のために調達したんだぜ」


 そう言いながら、俺は後部座席に括り付けたヘルメットをコンコンと叩いた。そこまで言って、彼女はようやく口を開ける。


「うるさいわね。もう関わらないで」


 そう言って走り出そうとする彼女を呼び止めようとする。


「いつでも帰りたかったら、言ってくれ。すぐに家に送るよ」


 彼女は何も言わず歩き続けた。これ以上言葉も浮かばず、バイクで追いかけまわす気にもならなかった。そのまま、帰ろうとバイクをUターンさせようとした時だった。


「その約束ちゃんと守ってよ」


 声が聞こえて、振り向くとすぐ近くにジュリアがいた。


「もう、行ったかと思ったよ。でもどうして」


「そんなこと聞く? 私は行かなくてもいいけど」


 そうバイクに近づきながら彼女は言い返した。「そんなこと言うなよ」と言って、ヘルメットを彼女に渡した。



 ・・・



 二人でバイクに乗っている間、何を話しかけても彼女は返答しなかった。だが、俺の体にしがみついている彼女の腕の力からして、バイクの二人乗りが怖くて話をするどころではないのだろう。俺もこうして隣町にバイクで二人乗りでいくのは初めてだったので運転に集中する。


 彼女の望み通り、目的のショッピングモールに着くと、彼女はしばらく意識ここにあらずだった。それほど二人乗りが怖かったのだろう。


「さあ、時間も少ないし中に入ろう」


 彼女によると、門限があるらしくここにも一時間ほどしか滞在できなかった。ショッピングモールの中は学校終わりの学生たちや町の人々でにぎわっていた。


「さて、まず何をする? ショッピング、飯、ゲーセン何でもいいぜ」


 歩きながらそう言って、横を向くとジュリアはいなかった。もうはぐれてしまったのかと辺りを見渡すと、後ろの方の店先でジュリアは何かを覗き込んでいた。急いでジュリアの所に向かい、彼女の横に立って何を見ているのかと一緒に覗き込む。

 どうやら、彼女が見ていたのは店の中央に飾られているドレスのようだった。


「欲しいのか?」


 と質問すると、彼女は「いいえ」と言って、店先から離れた。彼女の後ろをついていきながら、


「欲しいんなら、俺が買うよ」


 と言った。だが彼女は少し不機嫌そうな顔をしながら、振り返って


「いいって言ってるでしょ。あなたに施される筋合いはないわ」


 と声を荒げながら言った。その後はただショッピングモールの中を歩くだけでお互いに一言も発しなかった。というより、何を話せばいいのかわからなかった。だがゲームセンターの横を通り過ぎようとした時、彼女が何度かそちらの方を見ているのが分かった。


「ゲームでもしようか」


「私はいいわ」


 と言うが、明らかにゲームセンターの方に目が吸い寄せられている。


「俺が出すからさ」


「だから、あなたにほど……」


「俺がただ遊びたいんだよ」


 とさっきのやり取りを繰り返しそうになったので彼女の言葉遮ると、ズボンのポケットから小銭を取り出した。そして、近くの格闘ゲームの投入口に入れると、「俺はするぜ」と言って格闘ゲームを始めた。いつ彼女が「もう帰る」と言い出すか怖かったが、意外なことに彼女は俺のプレイをじっと観察していた。ワンラウンド終わると、「お前もやらないか」と誘い、小銭をもう一枚取り出し、彼女に差し出す。彼女は「一回だけよ」と言ってその小銭を受け取った。


 結局、その後その格闘ゲームを5ラウンドもすることになり、他にもレースゲームやリズムゲームも一緒にプレイした。彼女も最初は険しい顔をしていたが、徐々に笑顔を見せるようになっていた。満足するまで遊ぶと、近くの店でクレープを買い、二人で歩きながら食べた。


「さっきは俺の趣味に付き合わせて悪かったね。もう少し気を使うべきだった」


「いいえ、私も楽しかったわ。実を言うと、ゲームセンターに行ったことがなかったの」


 そう答えるジュリアの声音は最初の頃よりずっと柔らかかった。


「それより、私もゲーム代のお金にクレープまでいろいろ払ってもらって悪いわね」


「そんなこといいんだよ」


 ようやく、落ち着いて彼女と話すことができた。そう喜びをかみしめている時だった。館内にアナウンスが流れた。


『まもなく、6時30分です。食品売り場のセールは後30分で終了となります』


 そのアナウンスを聞いて、彼女の顔が青ざめる。


「まずい! 早く帰らないと。ベン、急いで」


 と言うと、ジュリアは残ったクレープを口に押し込み走り出した。俺もクレープを頬張りながら走る。


 バイク置き場まで到着すると、彼女にヘルメットを渡して自分もかぶる。バイクに跨ると、エンジンをかけ彼女を乗せた。


「何時までに家に着かないといけないんだ?」


「もう間に合わないから、なるべく早くお願い」


 行きは安全運転だったが、帰りはできる限り飛ばして帰った。信号もいくつか無視した。自分たちの町に着くとジュリアの指示に従ってバイクを運転した。そうして、とある住宅街に入ったところでジュリアは「ここでいい」と言って俺にバイクを止めるように言った。


「ここから、すぐだから歩いていくわ」


「いや、もう少しなら送っていくよ」


 と言ったが、既に彼女はヘルメットを外してバイクから降りようとしていた。


「大丈夫よ。それにそのほうがお互いのためになるわ」


 そういう彼女の言葉に引っ掛かりつつも、俺は「わかった。また、会おうぜ」と言って彼女に手を振った。彼女もしばらくはこちらを見て手を振っていたが、振り返って家の方に走りだした。



 ・・・



 次の日、放課後になると校門から出たすぐ近くで俺はいつもの仲間たちに昨日のデートについて話していた。


「お前は失敗すると正直思っていたよ」


 とフランキーが笑いながら言う。それに対してゴードンも「俺もだ」と言った。すると、マイクが


「これで俺の勝ちってことだな。さあ、出すもん出してくれ」


 と言って両手を叩いた。すると、フランキーとゴードンがポケットから紙幣を取り出す。


「お前ら、そんなことしてたのかよ」


 と俺は少々あきれてしまった。


 そんな話をしていると、ジュリアが校門から出てくるのが見えた。俺は仲間たちに「ちょっと行ってくる」と言うと、彼女のところに走り寄って行った。彼女の右側に立つと、


「昨日は楽しかった。また今度、どこか行こうぜ」


 と彼女に声をかける。だが、彼女はこちらを向こうともせずただ黙々と歩き続けた。昨日は最後あんなにいい雰囲気だったのに、と心の中で思いつつも、彼女に話しかける。


「どうしたの? やっぱり門限で少し怒られた? 何とか言えよ」


 と言って、彼女の顔を覗き込んだ時だった。驚きで一瞬言葉が出なくなる。彼女の左頬に大きな痣ができていたのだ。


「その怪我、どうしたんだよ」


「それは、あなたに関係ないことよ。あなたも私にもう関わらないほうがいいわ」


 そう言うと、彼女は歩くペースを速める。そんな彼女の肩を掴み、「待てよ」と言おうとした時だった。


「お前か! 昨日ジュリアと一緒にいたって野郎は!」


 と後ろから声がする。後ろを振り向くと、黒いピックアップトラックの運転席からがたいのいい白人の男が下りてきた。耳にはピアスをはめており、タンクトップを着ているため、腕の大きな刺青が堂々と見えている。そしてそのトラックの荷台からも3人の男が降りてくる。手にはバットやら鉄パイプを握っている。どうもまともな連中には見えなかった。彼らは近づいてくると、俺とジュリアを囲むようにして立ちふさがった。


「俺に何の用だ」


「俺の妹に余計なことをしたらしいな。いいか、次に何かしてみろ。タダじゃ済まねえぞ。」


 『妹』という言葉を聞いて、この男がジュリアの兄だと認識した。この兄の態度を見て、昨日のジュリアの慌てように納得がいった。


「だが、ジュリアだって、もうすぐ卒業の歳なんだぜ。そんなあんたもシスコンじゃないんだから、心配しなくてもいいと思うけどな」


 すると、ジュリアの兄は「調子に乗るなよ、ガキが」と言って顔が赤くなった。それを見て、ジュリアは「もうやめて、ケリー兄さん」と言って兄の肩を掴んだ。だが、兄はそれを振り払って、ジュリアを地面に押し飛ばした。俺は怒りを抑えられなくなり殴り掛かろうとするが次の瞬間、背中に大きな痛みが走ってその場に倒れこんでしまった。どうやらバットか何かで殴られたようだ。


「こいつが二度と調子に乗らないようにやってしまえ」


 と合図が出されると、俺は腹やら顔やら体中を蹴られ袋叩きにされた。意識が薄れるなか、最後にジュリアが車に押し込まれるのが見えた。













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