第16話 ベンの決意
タクシーの運転手に適当に代金を支払うと、「お釣りはいい」と言ってタクシーから降りた。
ブライアンの住んでいるのは郊外の一軒家だった。扉の近くのインターホンを押す。
しばらく周りを見ながら待っていると、ブライアンが中から出てきた。
「入れ」
と言うブライアンは紺の寝巻姿だった。そして、彼にリビングまで案内された。リビングの入ってすぐのところに暖炉があり、火が煌々と輝いていた。部屋の明かりは、その暖炉の火と所々にあるスタンドライトの照明だけだった。彼はソファに座ると要件を尋ねた。
「それで、何の用だ?」
「この前のことを謝ろうと思って……」
そういうと、ポケットからライターとタバコを取り出して、近くの丸テーブルの上に置いた。
「もう吸わないし、吸いたくもない。タバコはやめる。本当にこの前は申し分けありませんでした」
とブライアンに向かって謝った。だが、ブライアンは眉間にしわを寄せながらこう言った。
「だが、今、やめてもまた始めるかもしれないだろ? もしくはもっと悪いことを始めるかもしれない。お前を信用できると思うか?」
と言ってきた。どう答えればいいか、まったくわからなかった。実のところタクシーの中でも、何を言えばいいのか考えたが、アイデアは出てこなかった。このまま謝罪の意を何度も繰り返すか? だが、ブライアンはそれでは納得しないだろう。
ブライアンはこちらが何か言うのをずっと待っている。全く表情を変えない。こちらも頭をフル回転させながら、いろいろと考える。そんなことをしていると、何の考えもなく、暖炉の火に見入ってしまった。その日が燃え続けるのを見ながら考えるていると、いつの間にか謝罪の言葉ではなく今までの過去が頭の中でフラッシュバックし始めた。
俺はある男をトラブルから突発的に殺害して、この街に逃げてきた。この街のギャングと知り合い組織に入れてもらい、偶然パートナーがいなかったブライアンと仕事をすることになった。そして、ブライアンを助けるために銃の引き金を引くことになった。
そんな風に過去をようやく回想してみると、ようやく今まで引っ掛かっていたものの正体が何かわかったような気がした。そして、それを言葉にまとめる。
「これからは自分の決めたことに責任を持つよ。俺が選んだこの仕事に。きちんとこの道を貫く。だから、許してくれブライアン」
それに対してブライアンはまだ、表情は変えない。そこで言おうかどうか迷っていたことを口にする。
「実は刑事に会ったんだ。もちろんまだ何もしゃべってない。その刑事が言うには、俺らの組織の幹部に裏切り者がいるらしい。状況を知りたいからタレコミ屋にならないか、って誘われたんだ」
ブライアンはそれを聞いて少し驚きの表情を見せたが、すぐにまた表情を戻した。そのまま黙っているところを見ると、続きを話せということらしい。
「そして、言われたんだ。この仕事は長く続けられないって。すぐに死ぬかもしれないって。それで、俺はタレコミ屋になろうかと心のどっかで思ってたんだ。でも、今考えてみればおかしいよな。俺はこの仕事をやって、人を何人も殺してきたのに、姑息なことをして、挙句に自分だけ安全な場所に逃げ込もうと考えてたんだ」
そして続ける。
「だけど、もう決めたよ。俺はもう迷ったりはしない。自分の決めた道を走り続けるよ。何があっても……だから信じてくれ」
と言った。すると、ブライアンは暖炉の方に視線を向けて黙り込む。そして、こちらに顔を向けてきた。俺の顔を見ながら何か考えている。そう感じて俺もブライアンの顔を真剣に見つめる。そうして、お互いに顔を見合わせているとブライアンは言った。
「わかった。今回は信じることにする……」
その時のブライアンは喜怒哀楽どれにも当てはまらないそんな表情をしていた。またちょっとした沈黙が始まる。しばらく、ブライアンは手で顎をさすりながら考え事をしている。そして、こう言った。
「ベン、お前今日はどうやってここに来た?」
「タクシーで」
「そうか。なら家まで送ってやる。少し着替えてくるから待ってくれ」
と言って、隣の部屋に向かう。「大丈夫です」と言ったがブライアンはそれを手で制した。そして、ただ
「少し待っていろ……」
と言うのだ。その声音は今まで聞いたこともないようなとても柔らかいものだった。ブライアンがリビングを出てから、ふと目頭が熱くなるのを感じた。こんな顔を見られないようにと壁の方を向く。壁には暖炉の光が暖かく反射していた。
・・・
カフェテリアに到着すると、すでにモローはコーヒーを飲み始めていた。テーブルを見ると、イチゴのショートケーキが置いてある。
こちらがテーブルに向かうと、モローが気付き「やあ!」と声をかけてきた。それに対して特に反応もせず、テーブルの席に着く。
すると、モローが笑みを交えながら話始める。
「今回私を呼んだということは、例の件の回答が聞けるということでいいのかね?」
「ああ」
と言うと、ポケットからモローの名刺を出し、それを彼に差し出すようにして彼の前に置いた。
「あんたの依頼はお断りするよ。俺は今のままで生きていく」
「本当にいいのかい? これがラストチャンスだよ?」
とモローはさっきまでの笑みをやめて問いかける。そして、ケーキをフォークで切ると、そのまま口に運んだ。
「ああ、決めたんだ。今の道を貫くってね」
と真剣な顔でモローの方を見ながら、俺は返答した。すると、モローは急に吹き出し、そのまま笑い始めた。
「君みたいなタイプは初めてかもしれない! 面白いよ君は!」
そして、
「だが、君はその決断の意味を理解しているのかい?」
と聞いてくる。頷いて返答すると、そのまま俺は席を立った。それを見て、モローは
「また会える日を楽しみにしているよ!」
とニヤニヤしながら言った。
「会わないことを願っているよ」
と俺は返事するとそのまま店を出た。
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