エピローグ - Ⅱ

「決まりですね。ならばさっそく、残りの夏休み期間を使って調査を開始します。今夜から動きますよ。クレインさんもホノカさんも、よろしくお願いしますね」

「ああ、承知した。それよりもササコ先輩、先程話していた「ヴァリアヴル・ウェポンの秘匿された力」はどうすれば発現できるのだ?」

 クレインがアミナを打ち破ったファロトの秘匿された力。それ以前に発現できていたのはアミナとササコ先輩だけだった。先輩は右手の人差し指を顎に当てながら天井を見るが、納得のできる答えは浮かばなかった様子だ。

「さあ、私にも分かりません。私とアミナは気づいたときには発現していましたし、ルーシャ、ヒトヨ、キララは最期まで使えませんでした。何かあるのでしょうね、秘匿された力を発現する鍵が。ともかく、今は訓練するしかないかと思います」

「そうか、いいことを聞いた。ならば先輩、今すぐに訓練をするぞ。陽が落ちるまではまだ時間がある、場所も高校の体育館を使えばいい」

「ふふ、向上心があるのは素晴らしいことです。どちらにせよ夜の戦闘で破壊された高校の修復をしなければいけませんし、そのためには人間の力も借りなくてはいけません。ずっとここに籠っているわけにもいかないので、私とホノカさんは一足先に出掛けてきます。タカトくんとクレインさんも、気が向いたら来てください」

 ソファから立ち上がった先輩が、フレアスカートの裾を翻しながら微笑んだ。

「分かりました。クレインの体調が戻ったら向かいますね」

「ええ。まあ、今日くらいはおふたりでゆっくりされても大丈夫ですよ。それでは」

 先輩が家を後にすると、ホノカもシュークリームを箱に戻してその場に立つ。好物を食べるより、訓練に励みたいという彼女の思いが伝わってくる。

「クレイン、お前とも戦いたかったが、今日くらいは休め。それから、全力で私に掛かって来い。お前と戦えば、秘匿された力を発現するヒントが得られるかもしれない」

「分かったわ。言っておくけれど、ササコ先輩は強いわよ。あなたも一瞬で戦闘不能にされないことね」

「望むところだ。タカトも、今日くらいは休め。ただし、変なことはするなよ? 何かあったら私が許さないからな」

「へ、変なこと……?」

「こちらの話だ。では、行ってくる」

 ホノカもその場から去り、部屋には僕とクレインだけが残った。秒針の音がやけにうるさく響く。それと同時に、僕の心臓の音もクレインに聞こえてしまうのではないかというくらい大きく鳴った。最初に何を話したらよいか分からずに、クレインの顔を直視することもできない。

「あ、あのさ、クレイン。何か飲む? コーヒーとか、よかったら淹れるけど」

「要らないわ。それより――」

 覚束ない足取りではあったが、クレインは自分が座っていたソファから立つと、僕の隣へと移動した。彼女が座った瞬間に、ふわりと甘い香りが漂う。一寸の躊躇もなく、彼女はこちらへ身体を寄せてきた。毎日一緒に寝ているのだ、密着すること自体は今更の話。でも、普段とは状況が違う。壮絶な戦いの果て辛勝し、体調も万全ではないからかいつもよりもしおらしい雰囲気のクレイン。意識しないはずがない。そして、先程衝動的に握ってしまった彼女の手の温もりが、再燃するように温かさを持つ。

「今はずっと、こうしてあなたの傍にいたい。あの戦いの疲れも傷も、癒えていく気がするの。異論なんて認めない、私の好きにさせてもらうわ」

 身体を寄せるだけではなく、力を抜いていた僕の手を、彼女の手が包み込んだ。温かくもなく、冷たくもない。僕と彼女の体温が、ちょうど同じくらいなのかもしれない。

 僕もあの屋上での戦闘で消耗していたが、クレインの傍にいると落ち着いて休むことができそうだ。心臓の音は、未だに高鳴り続けているけれど。

「クレイン。本当に、お疲れ様」

「ありがとう……でも、私は私の為すべきことをしたまでよ。そして、それはこれからも変わらない。ササコ先輩がゲートの調査を進めて、私たちの世界に帰れるまで。ううん、帰った後も続くのかもしれない。そんな日々の中で、あなたがこれからもずっと傍にいてくれたのなら、どんなに心強いでしょうね」

 ――言葉の意味を噛み締め、理解するまでに少しだけ時間が掛かった。もちろん、ディカリアやヒドゥンと戦うことと同様に、クレインの傍にいることに何の躊躇いもない。それでもこうしてストレートな感情をぶつけられてしまうと、色々な物が溢れてしまいそうになる。

「もちろんだよ、クレイン。僕も、君と一緒に戦う。覚悟はしてるつもりだよ」

「当然よ。勝手に死んだりしたら、許さないから。ねえ、タカト、こっち向いて」

 何かがフラッシュバックした。そう、あの夜だ。クレインと初めてキスをした、あの夜。

 これはきっと、クレインからの誘いに違いない。クレインは既に僕の顔を上目遣いで見ているはず。それなら、とクレインと視線を合わせた。透き通るような青い瞳が飛び込んでくる。それに構わず、僕は彼女の唇を奪った。

「え、っ――ん、んッ……」

 不意打ち気味のキス。彼女に包まれていた手を解いて、指と指を絡めていく。

 息継ぎの時間さえも惜しい。もっと、もっと、彼女と深くつながりたい。そんな衝動が胸の奥から沸々と沸き立つ。

 クレインからも、決して強い力ではないが、絡めた指を握り返してきた。しかし、息をしないのはさすがに苦しかったのか、彼女は空いている方の手で僕の胸辺りを軽く押す。

 彼女の温もりが遠ざかる。そこで、ようやくクレインとちゃんと顔を合わせられた。

「はぁ、ッ……もう、いきなりされるとは思わなかったわ」

 仄かに桃色に染まる頬。どうやら不意打ちは成功したようだ。

「いつもクレインからだったから、たまには僕からもと思って」

「馬鹿……そういうことを聞きたいわけじゃないわ。だから、タカト――」

 クレインの顔が近づいて、反応が僅かに遅れた。その間に、クレインは僕の首の後ろへと両手を回す。正面から抱き着かれているような体勢で、再び、僕たちの唇が重なる。

 長い時間が経ったような、それすらも一瞬だったような。僕も、気づけばクレインの身体を抱き寄せていた。より近く、より深く、僕たちのキスは終わらない。

 時計の秒針も、高鳴り続ける心臓も、関係ない。クレインへの愛おしさで溢れて、気持ちに歯止めが利かなくなってしまう。

 こんな時間が、永遠に続けばいいのに。そう思った矢先、クレインの方から唇を離した。

「――お返し。名残惜しいけれど、私たちも行かないとね」

「身体はもう大丈夫なの?」

「ええ。休んでばかりもいられないわ。さ、行きましょう?」

 クレインに手を取られ、ソファから立ち上がる。そこで、ホノカとササコ先輩の前では恥ずかしくて言えなかったが、どうしてもクレインに言いたかったことを思い出した。

「えっと、クレイン」

「タカト?」

 今更だ、と笑われてしまうかもしれない。それでも言って、伝えなければ。


 息をゆっくりと吸い、深く呼吸をする。そして、告げた。

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