第2話 出会い①
気がつくと小さな公園に来ていた。こんな大雨の中、傘もささずに立ちすくんでいる僕を相合傘のカップルが怪訝そうに見ながら通り過ぎて行く。
ふと見るとベンチの脇に小さなダンボール箱が置かれていた。重い足をひきずりながら近寄ると、中でごそごそと動く音がする。雨に打たれて崩れかけているダンボール箱を開けると、そこには白と黒のぶち猫がブルブルと体を震わせて座っていた。まだ、子猫の様だ。急に天井を開けられて眩しいのか、目を細めて僕を見ている。大きな雨の粒が猫の毛に当たり始めた。
「ここにいても濡れるだけだぞ。どこか濡れない所を探すんだな。」
そう言って箱から猫を出してやり立ち去ろうとした時だった。猫がひょこひょこと僕の後をついて来た。右の前足を怪我しているのか、関節の所に全く力が入らず前足をかばいながら歩いている。かろうじて僕の近くに歩いてくると僕の顔を見上げて「ポウ」と鳴いた。声帯にも異常があるらしかった。
「お前も俺と同じか。」
ずぶぬれの猫を抱きかかえると雨の中をまた歩き出した。
アパートに戻ると僕は猫の体をふいてやった。
「待ってろよ。今医者に連れてってやるからな。」
今日僕の身にふりかかった事を考えると猫どころではないのかもしれなかったが、僕と同じ様に怪我をしているこの子を、このまま放っておく訳にはいかなかった。
急いでシャワーを浴びると、僕はタクシーで近くの動物病院に向かった。猫は車の中でも僕に助けを求めるかの様に「ポウ、ポウ」と鳴いていた。
動物病院に来たのはその日が初めてだった。受付の奥にはたくさんのカルテがあいうえお順にきれいに並べてあるのが見える。診察を待つ間、問診表に記入を求められた。
生年月日、不明。年齢、不明。ペットの名前、
“不明”と書こうとして、いくら何でも名前も不明では不憫な様な気がして、「不明」と書く手を止めた。
「名前…。ポウ」
我ながらいい名前だ。僕はフッと笑った。
診察をしてくれたのは白髪の髭をたくわえたおじいさん先生だった。
「あー。複雑骨折ですな。これは、4、5日たっとるよ。まだ小さいし、手術して、上手く歩ける様になるかどうかは分からんなぁ。喉?これは生まれつきだな。事故かなんかにあって上手く歩けん様になった猫を飼い主が捨ててしまう事にしたんじゃろう。信じられないがこういう事、結構あるんじゃよ。でも、あなたがこうやってここに連れてきてくれた。捨てる神あれば拾う神ありじゃな。」
先生はカルテを書いていたペンを止めて僕を見た。
「飼いきれないのだったら、ここでしばらく預かって新しい飼い主を探す事もできるが、どうするかな?」
僕のアパートはペットを飼ってはいけない。願ってもない申し出だなと思ってもみたが、ポウはまるで僕の心の中をみすかした様にじっと僕を見つめている。
「2、3日考えてみます。とりあえず連れて帰ってみて、そして次回お返事します。」
心なしかポウの緊張が解けた様な気がした。
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