8-7 結婚式 ②
「とっても可愛いお子さんですよね?今1歳くらいですか?」
修也は優し気な瞳で蓮を見つめながら尋ねてきた。
「い、いえ・・・この子・・レンちゃんは今8カ月になったところです。」
「ああ、そうだったんですね、すみません。赤ちゃんの年齢・・僕にはぱっと見ただけでは分からなくて・・・。」
修也は恥ずかしそうに言った。
「そうなんですか?」
(と言う事は・・・この人は・・独身なんだ・・。結婚を約束した女性はいるのかな・・・?)
「すみませんでした。副社長の秘書になったのに、ご挨拶が遅れてしまって。」
申し訳なさそうに頭を下げる修也を見て朱莉は尋ねた。
「あ、あの・・・各務・・さんでしたっけ?もしかして翔さんの御親戚か何かでしょうか?」
「ええ、そうです。僕は副社長の従弟にあたるんです。」
「やっぱりそうだったんですね・・・どうりで翔さんに良く似てらっしゃると思いました。」
「そうですね。僕の父と副社長のお父様は双子の兄弟なんですよ。似てるのは当然かもしれませんね。」
「そうだったんですか?!翔さん・・・一度もそんな話・・・してくれたことが無かったので・・・。」
朱莉は離乳食を食べ終えた蓮の口元をガーゼハンカチで拭きとってあげながら修也を見た。
「・・・。」
すると、何故か修也はじっと朱里を見つめている。
「あ、あの・・・?どうかしましたか・・?」
朱莉はあまりにも修也が自分を見つめているので、顔を赤らめながら尋ねた。」
「いえ、とても愛情深くお子さんを育てているんだなって思って・・。」
「そ、そんな事・・ありません・・・。」
朱莉はますます頬を赤らめた。心臓はさっきよりもドキドキしている。
(私ったら・・・一体どうしちゃったんだろう・・この人は翔さんとすごく良く似ているのに・・どうしてこんなにドキドキしてしまうんだろう・・。)
気付けば、朱莉は修也と見つめ合っていた。そして、そんな様子にいち早く気付いたのは翔であった。
「修也っ!」
突如、翔が名前を呼んだ。
「え?な、何?」
修也は驚いたように翔を見た。
「あまり・・・人の妻をジロジロ見るのはやめてくれないか?」
語気を強めて翔は修也を睨み付けた。
「あ、ご、ごめん。翔。そんなつもりは無かったんだけど・・。」
修也はうろたえたように言う。
「しょ、翔さん・・何もそんな言い方をしなくても・・・。」
普段なら黙っている朱莉は何故か修也が責められるのが嫌で、つい口を挟んでしまった。
「朱莉さんは黙っていてくれ。」
翔は朱莉を見もせずに答えた。
「お、おいっ!翔っ!そんな言い方しなくてもいいだろう?」
そこへ今まで黙っていた琢磨が席を立って、朱莉の傍へ来ると翔を見た。
「「「「・・・・。」」」」
4人の間に微妙な緊張感が走る。しかし、もっと居心地の悪い思いをしていたのは翔たちでは無く、二階堂の関係者として呼ばれていた5人の男性達だった。
5人は3人と2人に分かれてそれぞれ翔達を見ながら何やらコソコソと話をしている。
「三角関係ならぬ四角関係か・・?」
「おいおい・・・何だよ。あの4人は・・。痴情のもつれか・・・?」
「でも、これはこれである意味面白いものが見れそうだが・・。」
等、時折囁き声が聞こえて来る。そんな5人を翔と琢磨はジロリと睨み付けると、彼らはビクリとなり、サッと視線を逸らせた。
その様子を見た朱莉は思った。
(いけないわ。このままじゃ・・・これからおめでたい披露宴が始まるのに、式の前に同じテーブルでこんな雰囲気を悪くしたら・・・。)
その時、修也が突然立ち上がると5人の男性達の方を向いて頭を下げた。
「折角のおめでたい席なのにお騒がせして申し訳ございませんでした。」
「「「「「・・・・。」」」」」
5人の男性達は少しの間、黙って修也を見つめていたが、やがて1人が言った。
「い、いえ・・・こちらも盗み聞きするような真似をしてすみませんでした。」
それを見た他の4人の人物たちもそれぞれ謝罪の言葉を口にした。すると今度は琢磨が頭を下げてきた。
「こちらこそ申し訳ございませんでした。失礼な態度を取ってしまって。」
琢磨が頭を下げたのを見た翔も流石に黙っていられなくなった。
(修也も琢磨も謝罪したって言うのに・・・俺だけ言わないのは大人げないな・・・。)
「お騒がせしてしまい・・・申し訳ございませんでした。」
翔が謝ったのを皮切りに徐々にテーブルは和やかなムードになり、気が付けば彼等はビジネスの話に興じ始めていた。
しかし、朱莉は彼等の話に全く付いていく事が出来なかったので蓮のおむつ替えのついでに席を立った。
披露宴会場のスタッフにおむつ替えコーナーを尋ね、そこで蓮のオムツを交換して会場へ戻ろうとした時、廊下で話声が聞こえてきた。
「・・・ごめん。翔。」
(え?)
それは修也の声だった。慌てて蓮を抱きしめたままそっと様子を伺うと、まるで柱の陰に隠れるような形で翔と修也が立ち話をしていた。
「あれ程・・・朱莉さんには必要以上接近するなと言ってあっただろう?覚えて無かったのか?」
翔は朱莉から背を向けるような形で立っている。
「勿論、覚えているよ。でも席が隣同士だったから挨拶位はしないといけないだろう?」
「だが、お前は朱莉さんをずっと見つめていたじゃないか?」
「別に見つめていたわけじゃないよ。」
「・・・お前・・ひょとして・・・。」
翔が言いかけた時、披露宴会場からアナウンスが聞こえてきた。
『もうそろそろ新郎新婦の御入場です。皆様、お席に戻ってお待ちください。』
「翔、そろそろ始まるよ。」
「ああ、戻るか。」
修也に促され、翔は足早に会場へと戻って行った。そしてその後を修也が追う。
「あ、私も戻らなくちゃ!」
朱莉も慌てて蓮を胸に抱きかかえ、会場へと戻って行った―。
その後の披露宴はそれは素晴らしいものだった。お色直しで現れた姫宮のカラードレスは見事なものだった。ベアトップに床に広がるプリンセスラインのブルーのドレスはまるで銀河系をイメージしたかのようなドレスだった。胸もとからウェスト部分までは星屑が散りばめられたかのようなデザインでウェスト部分からドレスの裾部分に掛けて濃紺なグラデーションがとても美しいカラードレスだった。出席者の女性達の目はすっかり姫宮に釘付けで、あちこちからの感嘆のため息が聞こえていた。
朱莉自身も例外では無かった。
「静香さん・・・とっても綺麗・・・・。」
眠ってしまった蓮を胸に抱きしめながら、朱莉は姫宮の姿に目を奪われていた。
(いいな・・・静香さん・・・。私も・・いつかあんなドレスを着て・・・。)
しかし、朱莉はすぐにその考えを打ち消した。
(いやだ・・・私ったら今レンちゃんを抱いているのに、何て考えを・・・!)
最近になって朱莉は思うようになった。翔との契約婚が終わった後の自分の未来を。
以前の朱莉だったらいつかは誰かを好きになって、将来その相手と結ばれる事を夢見ていたが、蓮を我が子の様に育て始めてからはその考えが徐々に変化してきた。
事情はどうあれ、契約婚が終われば朱莉は蓮とは離れ離れになってしまう。朱莉に取っては必然的な別れであるが、蓮にとってはどうだろう?恐らくは朱莉に捨てられてしまったと思ってしまうだろう。そんな状態で再婚しようものなら、蓮を傷付けてしまうのでは無いだろうか?それとも裏切られたと思われる可能性もある。
(そう、だから私は・・・翔さんと契約婚が終了したら・・誰とも結婚せず、お母さんと2人で生きていくのよ・・・。)
そして朱莉は腕の中で眠る蓮を強く抱きしめた—。
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