4-6 遅すぎた置手紙
翌日―
京極の事が頭から離れず、ろくに眠る事が出来なかった翔は寝不足状態のままベッドから起き上がった。
時計を見ると午前8時を指している。ため息をついて起き上がり、頭をすっきりさせる為にバスルームへ行った。
熱いシャワーを頭からかぶりながら、翔は昨夜の京極との会話を思い出していた。
(あの男・・・ここに住んでいると言う事はかなりの地位を持つ人物と言う事になる。それにしても何故あいつは俺をまるで目の敵のような目で見ていたんだ?朱莉さんに随分執着しているように見えたが・・・やはり朱莉さんのストーカーをしていたのだろうか・・・?それに・・朱莉さんも何だか様子がおかしかったな・・・。)
翔は溜息をつくと、シャワーを止め、バスタオルで髪や体を拭うと着替えをした。そしてバスタオルを他の洗濯物と一緒に洗濯機に放り込み、キッチンに向った。
スムージーミキサーに冷凍した小松菜、冷凍のミックスベリー、マンゴー、バナナにヨーグルトを加えて翔はスムージーを作った。
次に鍋にオートミール、塩に牛乳を加えて煮詰めると皿に盛りつけ、メープルシロップを添えると、テレビをつけ食卓へ座る。
経済ニュースを見ながら黙々と食事を続け、ダイニングからチラリと窓の外を眺めた。
(今日はいい天気だな・・・。布団でも干して掃除をするか・・・。)
家事が苦手な明日香と違い、翔は家事が得意だった。料理をするのも掃除をするのも別に嫌いではない。ただ、忙しさにかまけて明日香と暮している時は家政婦にたよりがちだったが、明日香が出て行ってからは家政婦も呼んでいない。
蓮の子守りの時間は午後3時からとなっている。それまではあと数時間は余裕がある。
(何もしないでいると京極の事が思い出されるので家事をして身体を動かしていると無心になれるので、ある意味気分転換になれそうだ。)
食事を終え、使い終わった食器を食洗器に入れるとすぐに翔は部屋の掃除を始めた。
布団をバルコニーに干すと、部屋中の窓を開けてはたきを掛ける。そしてはたきを掛け終わった部屋からロボット掃除機を使い、その間に翔は整理整頓をしていると、ふとソファの下に何か紙切れの様な物が挟まっている事に気が付ついた。
しゃがみ込んでメモを拾い上げ、中を見て翔は目を見開いた。そのメモは明日香からのメモだったのだ。中身を読み上げ、顔色を変えた。
(な・・・何だって・・?!日付は・・・もう8日も過ぎているっ!)
翔は力なくソファに座り込むと、呟いた。
「今度こそ・・・もう終わりかもしれないな・・・。」
一方の朱莉は朝から夜ご飯の仕込みの準備をしていた。実は朱莉は最近保温鍋調理器具をネット通販で買ったのだ。
蓮の子育てをしながら、1人で何もかもこなすのは正直大変な部分がある。
そこで手の空いている時に仕込みをしておける調理器具があれば、家事も楽になるだろうと思いつき、購入したのだ。
(今日はレンちゃんのお世話を翔先輩がしてくれるから、夜ご飯ここで食べ言って下さいって声をかけられるものね。)
今夜のメニューはタンドリーチキンカレー。材料を全てカットし、冷蔵庫に入れて置き、手間のかかる玉ねぎを炒める作業だけは済ませておく事にした。蓮はミルクを飲んだばかりで、スヤスヤと眠っているので朱莉は安心して調理に取り掛かる事にした。
玉ねぎを薄くスライスし、フライパンの上でバターと一緒に弱火でじっくり炒めていると、スマホに着信が入って来た。
朱莉は一度火を止め、スマホを手に取ると相手は明日香からだった。
「明日香さん・・・そう言えば・・結局翔先輩からは・・連絡何も来なかったって言ってたっけ・・・。」
朱莉は明日香のメッセージに目を通した。
『お早う、朱莉さん。昨日は長野に着いたのが遅い時間だったから今朝連絡を入れさせてもらう事にしたわ。結局六本木のホテルに滞在中、翔からは一切何も言って来なかったわ。でも・・これで良かったのかもと思ってる。以前の私ならヒステリックに喚いていたかもしれないけど、今は不思議とそんな気がちっとも起こらないのよ。やっぱりお互い暫く距離を置いた方が良いって事なのかもね。蓮の今後の事については・・必ず翔と話し合って決めるから、それまでは申し訳ないけど朱莉さんにお願いさせて。朱莉さんになら・・安心して蓮を任せられるから。落ち着いたらまた連絡するわね。』
「明日香さん・・・。」
朱莉は短文ではあったが、すぐに明日香には蓮の事は責任もってお世話をする旨を書いて送信すると、ため息をついた。
「それにしても・・・翔先輩・・・どうして明日香さんに連絡入れなかったんだろう・・・。」
そして朱莉は再び、フライパンに火をつけると先程の料理の続きを再開した。
午後3時―
朱莉の部屋のインターホンが鳴らされた。ドアアイを確認するとそこに立っていたのは翔で、手には紙袋を持っていた。
「こんにちは、翔さん。今日もどうぞよろしくお願いします。」
玄関を開けると朱莉は言った。
「ああ、いや。とんでもない。俺が蓮の面倒を見るのは当然の事だから、気にする事は無いからね。ところで朱莉さん。あの後・・・何も無かったかい?」
真剣な表情で翔は朱莉に尋ねて来た。
「え・・?何も・・?それは一体どういう意味でしょうか?」
「い、いや・・・京極が連絡を入れて来たり、この部屋にやってきたりしなかったかと思って・・・。」
「いいえ、そのような事は一切ありませんでした。」
「そうか・・・。」
翔は憔悴しきったように溜息をついた。朱莉はその様子が気になり声を掛けた。
「翔さん・・・どうしたのですか?何だか随分お疲れの様ですけど・・・?もし体調が悪いのでしたら本日はお休み下さい。母の面会は明日でも大丈夫なので。」
「いや、大丈夫だよ。だから朱莉さんはお母さんのお見舞いに行って来て構わないからね。そ、それで・・お母さんの面会が終わって・・・帰ってきた後、少し・・話があるんだけど・・構わないかな?」
「ええ。大丈夫です。実は翔さんに食事を食べて行って頂ければと思って、もう料理出来ているんです。」
朱莉の言葉に翔は目を細めた。
「そうなのかい?何だか悪いね・・・逆に気を遣わせてしまっているようで。」
「いいえ、そんな事はありません。それでは出掛ける準備をしてきますね。」
朱莉が自室へ入って行くと、翔はベビーベッドを覗きこんだ。そこには蓮が両手を握りしめながらぐっすりと眠っている。その様子を見ながら翔は思った。
(明日香・・・蓮の事・・どうするつもりなんだよ・・。本当にこのまま・・終わりにするつもりなのか・・・?)
「すみません。翔さん、それでは行ってきますね。」
コートを着た朱莉は玄関まで見送りに来た翔に言った。
「ああ、行ってらっしゃい。ゆっくりしてきて構わないからね?」
「有難うございます。」
朱莉はペコリと頭を下げると玄関を後にした―。
病室―
「・・・・。」
朱莉の母は神妙な面持ちでスマホを眺めていた。その時、個室のドアがノックされて、朱莉の声が聞こえて来た。
「お母さん、私よ。」
朱莉の母はスマホの画面を消すとドアに向かって言った。
「ああ、朱莉ね。どうぞ中に入って?」
するとドアが開いて朱莉が顔を覗かせた。
「お母さん、具合はどう?」
朱莉は病室に入るとすぐに椅子をベッド脇に持って来た。
「ええ、以前に比べると動いてもあまり息切れがしなくなってきているのよ。やはり薬の内容が変わってから良くなってきている気がするわ。」
「本当?良かった。あ、そう言えばもうすぐクリスマスでしょう?お母さん、何か欲しいもの無い?」
朱莉はニコニコしながら尋ねた。
「そうねえ・・・病院にずっと入院しているから別にこれと言って必要な物は無いけど・・・次回までに考えておくわ。それより朱莉は何か欲しいもの無いの?」
「え・・?私?言われてみれば・・・私も特にないかなあ・・・。それじゃ次回までに考えておくね?」
そして母と子は微笑み合った―。
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