2-1 それぞれの対面
13時40分―
琢磨は羽田空港のロビーで翔と明日香がやって来るのを待っていた。
するとその時、翔の声が聞こえて来た。
「琢磨っ!」
見ると、そこには明日香を連れた翔の姿があった。明日香はキャップを被り、ジーンズの短パンをはき、パーカーにショートブーツといういで立ちだ。
(なんだ・・・?明日香ちゃんのあの格好は・・・?ああ、そうか・・・記憶が17歳まで後退しているから・・・?)
すると、翔だけが駆け足で琢磨の元へやって来て耳打ちしてきた。
「色々とすまなかった・・・。後でちゃんと話すから・・・今はとりあえず明日香の話に合わせてやってくれないか?」
「?あ、ああ・・・別に構わないが・・・?」
(一体どういう意味なんだ・・・?)
琢磨はいぶかしみながらも、とりあえず翔の言う通りにする事にした。
そして明日香が琢磨の前にやって来ると言った。
「琢磨・・・?」
「ああ、そうだよ。お帰り、明日香ちゃん。」
すると明日香は言った。
「琢磨・・・貴方まで・・・随分更老けてしまったのね・・・。」
そしてため息をつく。
「え・・・えええっ?!」
(何だ?何だ?!老けたなんて言われたの・・・初めてだぞっ?!」
そして助けを求めるかのように翔を見るが、翔は肩をすくめてしまった。
そこで気が付いた。
(ああ・・そうか・・・。記憶が17歳に戻っているから・・俺達が老けてしまったように見えるのか・・・。しかし・・まだ27歳で老けたと言われるとは思いもしなかった。)
琢磨は苦笑しながら思った。しかし、明日香は今は心は17歳の少女に戻っているのだ。彼女に合わせてやらなければならない。
「ああ、老けてしまったかもな。幻滅したか?」
琢磨は笑みを浮かべて言うと、何故か明日香は顔を赤らめると言った。
「そ・・・そんな事・・・無い・・わよ。琢磨は・・その、たとえ老けても・・・やっぱり、恰好いいわよ。」
「え?」
琢磨はその言葉に驚いた。まさか明日香の口からそのような言葉が飛び出て来るとは夢にも思わなかったからだ。いつも2人は顔を合わせれば口喧嘩ばかりで、それを仲裁していたのが翔だったのである。
(おい、どういう事だよ?!)
琢磨は翔に目でアイコンタクトを取ってみるも、肝心の翔は視線を逸らせて琢磨の顔を見ようともしない。
「ねえ。琢磨。どうしたの?」
気付けば明日香が琢磨の腕に自分の腕を絡めてきている。今まで琢磨にそんな事をしてきたことが一度も無かったので、琢磨はすっかり面食らってしまった。
「明日香ちゃん・・だよな?本物の・・・・。」
「当り前じゃない。そりゃ・・確かに老けちゃったけどさ・・・。」
悲し気に目を伏せる明日香。しかし、琢磨から見ればずっと見慣れてきた明日香である。少しも老けたとは思えない。だから言った。
「何言ってるんだ。明日香ちゃんはちっとも老けてなんかいないぞ?大人の魅力に溢れた女性じゃないか。」
するとその言葉を顔を真っ赤にして明日香は聞いているのを見て、またしても琢磨は驚いた。
(一体何なんだ・・・?この変わり身は・・・?絶対に後で翔の奴を問い詰めてやるからな・・・っ!)
その時、腕に絡みついていた明日香が言った。
「ねえ、琢磨・・・。明日・・・一緒に渋谷に映画を観に行かない?」
「え・・ええっ?!し・渋谷に・・・映画っ?!」
以前までの明日香なら渋谷で映画等と言う事は絶対に言わないだろう。何故なら明日香と翔の住む億ションには豪華なシアタールームがついているし、ましてや渋谷などと言う言葉は絶対に出てくるはずが無い。
(翔っ!何とかしてくれっ!)
思わず助け舟を求める為に翔を見たのだが、とんでもない事を言って来た。
「ああ、そうだな。明日香。だが、今日から暫く入院しないとならないんだ。だから退院したら2人で映画に行って来るといい。その代わり明日は琢磨が1日病院に付き添ってくれるから。」
「な・・・!」
琢磨は文句を言ってやろうと思ったその瞬間。
「本当っ?!琢磨っ!」
明日香が笑みを浮かべて琢磨を見上げるので、思わず琢磨は頷いてしまった。
「あ、ああ・・・。わかったよ、 明日香ちゃん・・。」
苦笑いをしながら琢磨は返事をした。翔からは事前に琢磨は言い含められていた昨日の夜の会話を思い出した。
<明日香の記憶を早く戻す為に出来るだけ明日香の要求を叶えてやりたいと思ってるんだ。悪いが琢磨も協力してくれ。そうすれば朱莉さんの負担も減らせると思うんだ。>
≪本当か?翔、本当にそうすれば明日香ちゃんの記憶が早く戻るんだな?それなら協力してやるよ。≫
琢磨は自分達から少し離れた場所に立っている翔を恨めしそうに見た。
(くそっ・・・!翔の奴め・・一体何を企んでいるんだ?絶対に後で問い詰めてやるからなっ!)
そして琢磨は心の中で溜息をついた。本当は朱莉に連絡を取ろうと思っていたが・・・どうやらそれは今の琢磨には叶いそうに無かった―。
午後3時半―
朱莉は1人で羽田空港に姫宮とベビーシッター、そしてこれから一緒に暮らす事になる明日香と翔の生まれたばかりの子供が来るのを待っていた。
あの夜の後、翔から新たにメッセージが入って来たのだ。内容は明日香の精神的負担を減らすために子供は違う便で日本へ行かせる事になったという内容であった。そして飛行機が到着する時間が午後3時半となっていたのだ。
(翔先輩と・・・久しぶりに会えると思っていたのに・・・。)
朱莉は寂しげにスマホを眺めた。
早く朱莉に会いたいと翔のメッセージに書かれていたので、朱莉は淡い期待を抱いていた。しかし、結局は帰国して来た翔とは会えない事が分かり、朱莉は気落ちしてしまった。
だが・・・。
(駄目よ、そんな事考えていたら。これから赤ちゃんと一緒に暮らしていく生活が始まるんだから・・・今はもう翔先輩の事を忘れて、子育ての事だけを考えていかなくちゃ。)
その時、不意に声を掛けられた。
「鳴海朱莉様。」
顔を上げるとそこには笑みを浮かべた姫宮が立っていた。
「あ、今日は。」
朱莉は慌てて頭を下げた。姫宮は笑顔で言った。
「ご無沙汰しておりました。またどうぞこれからもよろしくお願いします。隣にいらっしゃる方はシッターの佐々木様です。」
そして姫宮は頭を下げると、隣に立つ体格の良い女性を紹介した。彼女はスリングを付け、翔と明日香の子供を抱きかかえていた。
「始めまして。臨時に雇われたシッターの佐々木と申します。」
「佐々木さんですね。今日は。」
すると佐々木は言った。
「それでは早速ですが、赤ちゃんをもう渡しますね。あ、ちなみに赤ちゃんの名前は蓮君ですから。」
「え?」
あまりの唐突な話に朱莉は驚いた。
佐々木はスリングから眠っている蓮を器用に抱き上げると、片手で支えながらスリングを外して、朱莉に手渡した。
「使い方はご存知ですか?」
「は、はい。何度も練習しましたから。」
朱莉はスリングを被ると佐々木に言った。
「・・・どうでしょうか?」
「ええ、基本の付け方は大丈夫ですね。それでは蓮君を手渡しますよ。」
「は、はい!」
朱莉が手を伸ばすと、佐々木は蓮を朱莉の腕の中へ渡しながら言った。
「まだ首が座っていませんから、支えてあげて下さいよ。」
「はい!」
朱莉は言われた通り右手で蓮を自分の胸に抱きかかえ、左手で頭を支えた。
「それではスリングへ入れてみてください。」
佐々木に言われて朱莉は頷いた。
(大丈夫。実際の大きさのお人形で何度も練習したんだから・・・。)
朱莉は慎重に蓮をスリングの中へ移動させた。
「まあ・・・お上手ですね。」
それまで黙って見守っていた姫宮が言った。
「ええ、初めてなのに完璧ですね。これなら大丈夫そうです。それでは私はもう行きますね。」
佐々木は荷物を持つと言った。
「ご苦労様でした。」
姫宮は頭を下げた。驚いたのは朱莉である。せめて少しの間は子育ての手伝いをしてくれるとばかり思っていたからなおさらだ。
「え?もう行ってしまうのですか?!」
佐々木は振り向くと言った。
「はい、私の仕事はここまでですから。それでは失礼します。」
そして歩き去ってしまった。
「・・・。」
あまりの出来事に呆気に取られていると、姫宮が声を掛けて来た。
「朱莉様。」
「はい。」
振り向くと姫宮が小さなキャリーケースを手渡してきた。
「こちらに蓮君に関する必要書類が全てになります。帰宅されましたら目を通して置いて下さい。それで・・申し訳ございませんが、これから明日香様の入院する病院に向わなくてはなりませんので。私も失礼させて頂きます。」
「わ、分かりました・・・。」
とてもでは無いが、口を挟める雰囲気では無く、朱莉は頷くしか無かった―。
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