10-10 見送りのその後
「航君・・・行きましたね。」
航の背中が見えなくなると京極が朱莉の方を向くと言った。
「はい・・・。」
朱莉は京極を見上げると尋ねた。
「京極さん・・・昨夜・・・航君と何を話したんですか?」
すると京極が逆に質問して来た。
「航君は朱莉さんに昨夜の事を話しましたか?」
「いいえ・・・。」
「それなら・・・僕の口からもお話する事が出来ません。今はまだ・・でも・・。」
そこで京極は真面目な顔つきで言った。
「必ず、いつかお話します。それまで・・・待っていて下さいね。」
「・・・。」
(また・・・いつもの京極さんの口癖・・・。)
「京極さんは・・・何故空港に来たのですか?」
朱莉は俯くと別の質問をした。
「航君を・・・見送りに来た。と言ったら?」
「!」
驚いて京極を見上げると、そこには笑みを浮かべた京極の顔があった。
「そんな驚いた顔をしないで下さい。ここへ来たのは朱莉さん・・貴女がきっとここに来ると思ったからです。」
「え・・・?」
「僕は朱莉さんに会いたかったから、ここに来ました。・・すみません。こんな方法を取って・・・。こうでもしなければ・・会ってはくれないかと思ったので・・。」
京極は頭を下げて来た。
「京極さん・・・。航君が・・・突然東京へ帰る事になったのは、京極さんが航君のお父さんに仕事を依頼したからですよね?」
朱莉が尋ねると京極は怪訝そうな顔で言った。
「もしかして・・・航君が言ったのですか?」
朱莉が黙っていると京極は溜息をついた。
「彼は・・・仕事内容を朱莉さんに告げたんですね?顧客の依頼を第三者に打ち明けてしまった・・・。航君は調査員のプロだと思っていたのに・・・。」
そこで朱莉は、アッと思った。
(そうだ・・・!依頼主の話は絶対に関係無い相手には話してはいけない事だって以前から航君が言っていたのに・・・私はその事を忘れて、京極さんに・・・話してしまうなんて・・・!)
「お、お願いですっ!京極さん。どうか・・・どうかこの事は絶対に航君や・・・航君のお父さんに言わないで下さいっ!お願いします!普段の航君なら・・絶対に情報を誰かに漏らすなんて事はしない人です。ただ、今回は・・・。」
気が付くと、朱莉は目に涙を浮かべ、京極の腕を振るえながら掴んでいた。
「朱莉さん・・・。僕は・・・貴女を悲しませるような事を・・・しようとはちっとも思っていませんよ?」
「京極さん・・・。」
「前から言ってますよね?僕は朱莉さんの言葉なら・・・どんな事だって信じるって。例えそれが・・・嘘だとしても信じます。だって貴女は私利私欲の為だけに誰かを利用したり、嘘をついたりするような人では無いから・・・。」
「京極さん・・・・。」
「確かに、僕は今回安西弘樹興信所に企業調査の依頼をしました。ですが、それは朱莉さんが考えているような理由じゃありません。来月には沖縄のオフィスが稼働しますが、それと並行して東京にもビルの一室を借りてオフィスを開こうと考えています。そこでオフィスビルを展開してる企業が信用出来るのかを調べて貰いたくて調査依頼をお願いしたのです。」
「・・・。」
朱莉は京極の話を黙って聞いていた。
(京極さんの話は本当なのだろうけど・・・それだけが理由なの・・・?本当は航君を無理に東京へ帰す為に・・・わざわざ依頼したの・・?)
「朱莉さん、少し場所を変えませんか?」
突然京極は胸ポケットからサングラスを取り出すと、かけた。
「ど、どうしたんですか?突然に。」
朱莉が尋ねると京極は言った。
「もう空港には用事は無いんです。車で空港まで来たんですよね?駐車場へ行きましょう。朱莉さん、これをどうぞ。」
突然京極は自分の手に持っていたカバンの中から女性用の帽子を取り出した。それは真っ白な帽子で、大きなつばが特徴的な帽子であった。
「え?帽子?」
「はい、朱莉さんにプレゼントです。沖縄の日差しは強いですから。さ、被ってみて下さい。」
空港内にも関わらず、京極は朱莉に帽子をかぶるように促してきた。
「え・・?プレゼントと急に言われても・・受け取る訳には・・。」
しかし、京極は譲らない。
「いいえ、朱莉さん。貴女の為に選んだんです。お願いです・・どうか受け取って下さい。」
その目は真剣だった。
朱莉もここまで強く言われれば、受け取らざるを得ない。
(一体突然どうしたんだろう・・?)
「分かりました・・・プレゼント、どうもありがとうございます。」
朱莉は不思議に思いながらも帽子をかぶり、京極の方を向いた。すると京極は嬉しそうに言う。
「ああ、思った通り良く似合っていますよ。さて、朱莉さん。それでは駐車場へ行きましょう。」
京極に促されて、朱莉は先に立って駐車場へと向かった。
駐車場へ着き、朱莉の車に乗り込む時、京極が何故か辺りをキョロキョロと見渡している。
「京極さん?どうしましたか?」
すると京極は朱莉に笑いかけると言った。
「言え、何でもありません。それでは僕が運転しますから朱莉さんは助手席に乗って下さい。」
何故か急かすような言い方をする京極に朱莉は不思議に思いつつも車に乗り込むと、京極もすぐに運転席に座り、ベルトを締めると言った。
「何処かで一緒にお昼でも食べましょう。」
そして京極は朱莉の返事も待たずにハンドルを握るとアクセルを踏んだ―。
「あの、京極さん。」
「はい。何ですか?」
京極は朱莉をチラリと見ると返事をした。
「空港で・・・何かありましたか?」
「何故・・・そう思うのですか?」
京極がたずねて来た。
(まただ・・・京極さんはいつも質問しても・・・逆に質問で返してくる・・・。)
朱莉が黙ってしまったのを見て京極が言った。
「すみません。朱莉さん・・・。こういう話し方・・・僕の癖なんです。昔から・・僕の周囲は敵ばかりだったので、人をすぐに信用する事が出来ず、こんな話し方ばかりするようになって・・・朱莉さんとは普通に会話がしたいと思っているのに・・・反省しています。」
「京極さん・・・。」
(周囲は敵ばかりだったなんて・・・今迄どういう生き方をして来た人なんだろう・・・。)
朱莉がぼんやり窓の外を眺めていると、京極が声を掛けて来た。
「朱莉さん。先程の話の続きですけど・・。実は僕は今ある女性からストーカー行為を受けているんですよ。」
京極の突然の話に朱莉は驚いた。
「え?ええっ?!ス・ストーカーですかっ?!」
「そうなんです。それでほとぼりが冷めるまで東京から逃げて来たのに・・・。」
京極は溜息をついた。
「ま・・まさか・・京極さんがストーカー被害だなんて・・・驚きです。」
(ひょっとして・・・ストーカー女性って・・・姫宮さん・・・?)
思わず朱莉は一瞬翔の秘書である姫宮静香の顔を思い浮かべてしまった。
「彼女が僕を追って沖縄までやって来たのを知ったのは昨日の事だったんです。そして・・・先程空港と駐車場で誰かに見られているような気配を感じて・・・。」
「私は何も気づきませんでしたけど?」
「ええ。そうですね。どうやら・・・その視線は気のせいだったようです。」
「京極さん・・・。」
「どうも最近僕は神経過敏になっているみたいです。だから・・・どうしても気分転換に朱莉さんに会いたくなって空港まで押しかけて来てしまったんです。すみません・・・迷惑でしたか・・・?」
京極はどこか悲しげに言った。
「迷惑とかは・・・思っていませんが・・・驚きました。出来れば今度からはいきなりでは無く・・連絡を先に入れて頂けますか?」
「え?それでは・・・連絡さえいれれば・・朱莉さん。僕と会って頂けるんですね?」
京極が嬉しそうに言う。
どうも誘導されて引っ掛かってしまった気がするが・・・京極には散々東京でお世話になって来たので、無下にする事は朱莉には出来なかった—。
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