10-3 沖縄に来た訳
「以前、朱莉さんにはいずれ自社ビルを建てるつもりだと・・話したことは覚えていますか?」
京極は語り始めた。
「はい、覚えています。」
「本当はあの頃には既に自社ビルを都内の何処かに建てようかと考えていたんですが・・・その前にまずは地方で試しに自分のオフィスを構えようかと思っていたんです。うちの会社はIT企業ですから・・・全国各地に社員がいるんですよ。それで・・意外な事に沖縄に住んでる社員が30名程いましてね・・・。沖縄が候補に挙がっていたんです。それで全社員にアンケートを取ったところ、ほぼ全ての社員が沖縄を支持したんです。それどころか、自ら沖縄に行って働きたいと言い出す社員もいましてね。それで一月半前から・・物件を探して・・・ようやくここまでこぎつけたんです。」
一月半前・・・それは丁度朱莉が沖縄に旅立った時期だ。もしかすると・・沖縄に決めたのは・・自分の事も含まれているのではないだろうかと朱莉は思った。
「あ、あの・・・本当に沖縄にオフィスを構えたのは・・・それだけの理由なのでしょうか・・?」
朱莉はギュッと拳を握りしめながら尋ねた。
「いいえ。まだあります。」
京極は静かに言った。
「朱莉さん・・・貴女が沖縄へ行ったからです。」
「!」
朱莉はビクリと肩を震わせて下を向いた。とても今京極の顔を見る事が出来なかった。
「な・・・何故・・・私が沖縄へ行った事が・・・京極さんと関係・・あるのでしょうか?」
本当は薄々朱莉には理由が分かっていた。だが・・・否定してもらいたくて、朱莉は勇気を振り絞ると言った。
「朱莉さん・・・。」
突如、京極が朱莉の名を呼んだ。その声に驚いて朱莉が顔を上げると、そこには悲し気な京極の顔があった。
「きょ、京極さん・・・。何故そんな顔を・・・?」
「僕が沖縄へやって来たのは・・・それは・・・貴女の傍で・・・貴女を支えたかったからです。」
京極はそこで一旦言葉を切ると、再び語り始めた。
「朱莉さん。僕は貴女に嘘をついていました。母とは一緒に暮らしていません。3年前に亡くなったのです。貧しい暮らしの中・・・寂しい一生を送りながら・・。もっと早くに今の地位を手にれる事が出来たなら、母は長生き出来たかもしれないし、楽な生活をさせる事が出来たかもしれない。僕は激しく後悔しました。・・・それから死に物狂いで働き・・・今に至ります。そして引っ越して数日が経過した頃に僕は初めて貴女をあの億ションで見かけました。その時から・・・何て寂しげな女性なのだろうと思いました。貴女は僕の母に雰囲気が似ていました。」
「・・・・。」
朱莉は黙って京極の話を聞いている。
「1人暮らしを告げなかったのは・・・貴女に変に思われたくなかったからです。大体、あの億ションはファミリー層向けです。1人暮らしの人間が住むような部屋ではありません。だから母と暮していると嘘をつきました。」
「京極さん・・・。」
「僕は貴女を放っておけなかった。貴女が理不尽な扱いを受けている事が・・鳴海家の人間が許せないと思った。けど、朱莉さんには九条琢磨が付いている。彼がいれば朱莉さんの為に鳴海家から守ってくれると思っていた矢先に・・・まさか秘書をやめていたなんて・・・。本当に・・無責任な男だ。僕だったら・・そんな真似はしないのに・・・。」
溜息をつきながら京極は琢磨への不満を口にした。朱莉は黙って今迄話を聞いていたが、琢磨の話だけは、聞き捨てならないと思い、口を開いた。
「京極さん・・。九条さんは・・・本当に良い方でした。東京へ戻る間、私はとても親切にして頂いたんです。だから・・・九条さんの事を悪く言うのは・・・やめて頂けませんか・・・?」
その事を告げると、京極の顔が一瞬苦し気に歪んだ。
「朱莉さん・・・。すみませんでした。つい・・感情的になってしまいました。」
京極は素直に謝罪した。
「い、いえ・・・私も強く言って・・申し訳ございませんでした。」
京極はフッと笑うと言った。
「朱莉さん。話の続きをしても?」
「はい、お願いします。」
「何とか・・朱莉さんを救いたいと思い、僕は沖縄にオフィスを設立して朱莉さんが沖縄にいる間は・・貴女の力になりたいと思ったんですが・・・・。」
「?」
「どうやら一足遅かったようですね。貴女の側には・・・別の男性が付いていた。年齢も外見も若いけど・・・正義感の強そうな若者でしたね。」
(航君の事を言ってるんだ・・・・。)
京極の話は、大体は納得する事が出来た。何故、沖縄に来たのかも理由が分かったかが・・正直に言うと朱莉に取っては今の京極は荷が重かった。恐らく京極が朱莉に気があるのは間違いないだろう。だが朱莉は偽装婚とはいえ、れっきとした鳴海翔の妻だ。そして朱莉と翔が偽装婚だと言う事実は京極には話したことが無い。京極の中では朱莉と翔は普通の夫婦だと認識されているはずなのに・・それを知っての上で、京極は朱莉に接近してくるのが理解出来なかった。それに、もう1つ・・・一番重要な事・・・。それは・・。
「京極さん・・・。まだ・・まだ私に話していない事・・ありませんか?」
朱莉は緊張の面持ちで京極を見た。その時・・・。
突如として京極のスマホが鳴り響いた。
「・・・。」
しかし、京極は電話に出ようとしない。しかし、未だに電話は鳴り続けている。
「京極さん・・・。私の事はお気になさらずに、電話に出てはいかかでしょうか?」
朱莉が言うと、ようやく京極は動いた。
「・・・分かりました。」
そして電話の着信相手を見て眉をしかめた。
「京極さん?」
朱莉が声を掛けると、京極はハッとした顔になり、電話に出た。
「もしもし・・・。ああ・・・。・・・いや、その話はまた後で・・・。」
そして何故か電話に応対しながら、朱莉の事をチラリと見る。
(え・・?京極さん・・・?)
「後でかけなおすから・・・一度電話を切らせてくれ。・・・分かってる。じゃあな。」
そして電話を切ると京極は溜息をついた。
「朱莉さん・・・すみません。急用が出来てしまいました。それで・・・。」
「私の事なら大丈夫です。」
「え・・・?朱莉さん・・・?」
「京極さん・・・お忙しいんですよね?私の事なら大丈夫です。ここから一人で帰りますから。」
「ですが・・・・。」
尚も言いよどむ京極に朱莉は言った。
「京極さん。今日は素敵なオフィスを見せて頂いて有難うございました。沖縄での仕事、頑張って下さい。」
「・・・下までご案内します。」
「はい・・・。」
京極は無言でエレベーターのボタンを押した。
「・・・。」
朱莉も何を話せばよいか分からず、黙っている。そしてエレベーターが到着し、ドアが開いた。
2人で中へ乗り込むと朱莉は尋ねた。
「あの・・・京極さん。ショコラちゃんとマロンは・・どうしていますか?」
「大丈夫です。安心してください。ちゃんと連れてきていますから。」
京極が笑みを浮かべて言う。
そしてエレベーターは1階に到着し、2人はエレベーターから降りた。
エントランスの前まで来ると、朱莉は京極を振り返ると言った。
「京極さん・・・・待っていて下さいねって・・・沖縄で待っていて下さいって意味だったんですね?」
すると、京極は一瞬うつむくと言った。
「ええ、そうです。朱莉さん。貴女の驚く顔が見て見たくて・・・今迄黙っていました。本当にすみません。」
そして頭を下げてきた。
「い、いえ。謝らないで下さい。それでは失礼します。」
朱莉がお辞儀をして、背中を向けて去ろうとしたとき・・・突然朱莉は背後から京極に抱きしめられた―。
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