6-14 京極と琢磨
ここは明日香の病室―
「おかしいな・・・。朱莉さん・・・電話に出ないなんて。」
翔は溜息をつきながら言った。
「あら?朱莉さん電話に出ないの?珍しいわね。いつもならすぐに電話に出るのに・・・。」
明日香は病室のベッドの上で雑誌をめくりながら翔を見た。
「うん・・・。確かに少し気になる。例え出られなくても普段ならすぐに折り返しかかって来るのに・・・。」
翔は鳴らないスマホを握りしめながら言う。
「何かあったのかしらね?一応琢磨に電話してみたら?」
明日香のアドバイスで翔は琢磨に電話を掛けてみる事にした。
3コール目で琢磨が電話に出た。
『もしもし・・・。どうしたんだ?夕方にはそっちへ行こうと思っていたんだが、何か急用か?』
「ああ・・急用って訳じゃないんだが・・・・さっき朱莉さんに電話を入れたんだが・・出ないんだよ。それに折り返しの連絡も無いし・・・。」
『朱莉さん・・・今日は映画の試写会に行くって言ってたから、それで出ないんじゃないのか?』
「ヘエ・・映画の試写会に・・誰と行くんだ?」
『おい・・・お前、喧嘩売ってるのか?』
受話器越しからイラついた琢磨の声が聞こえて来る。
「おい、急にどうしたんだよ?何か気に障る事お前に言ったか?」
『京極って男と行くんだってよ。』
ぶっきらぼうに言う琢磨の声が聞こえて来る。
「京極・・京極ってあの朱莉さんに犬を預けた・・・?」
『え?おい・・・翔。お前、京極って男・・・知ってるのか?』
「あ、ああ・・・。偶然外で会って・・・。それで紹介されたんだ。それで今回沖縄旅行へ行く時も偶然会って・・・・。」
『お前・・・まさか旅行へ行く事告げたのか?』
受話器越しから琢磨の怒りを抑えた声が聞こえて来る。
「ああ・・・つい・・・。」
『お前・・・この馬鹿ッ!何でもっと早くあの男と会った事を俺に言わないんだっ?!あの男はな・・・事あるごとに朱莉さんに接触してるんだよっ!ひょっとする俺達の事を探っている産業スパイだったらどうするんだよっ!』
受話器越しから琢磨が怒鳴りつけてきた。
「さ・・・・・産業スパイだって?」
そんなまさかと翔は思いたい。だが・・・確かにあの男は必要以上に朱莉の事を見守っていた気がする。何故なら自分達だって朱莉の母親が緊急搬送される姿に気が付かなかったのに、あの京極と言う男はそれに気が付いていたのだから・・・。
しかし突然琢磨の方から謝罪してきた。
『いや・・・すまなかった。翔・・・俺が悪かったんだ。本当はあの京極って男は以前から朱莉さんに近づいていたんだ。だが・・・朱莉さんが契約書の件で・・浮気は駄目だと書かれていただろう?自分は京極に好意を抱いているわけではないからと言って・・勿論俺も朱莉さんに限ってそんな事は無いだろうと思って黙っていたんだ。
でもこんな事になるならお前に報告しておいた方が良かったな・・すまない、翔。』
琢磨は先ほどの勢いとは打って変わって苦し気に翔に謝罪してきた。
「いや、そうだったのか・・・。それなら今朱莉さんは京極と一緒にいるかもしれないんだな?それで・・俺との電話に出なかったのかも・・・。」
『ああ。ひょっとしたらそうなのかもしれない。俺の方からもう一度朱莉さんに電話を掛けてみる。悪い、翔。一度電話を切るぞ。』
琢磨は受話器を切ると、すぐに朱莉の個人用スマホに電話を掛けた。
(頼む!どうか出てくれっ!朱莉さんっ!)
朱莉は俯いたままじっと身じろぎをしないでいた、その時。
今度は朱莉の個人用のスマホが着信を知らせた。朱莉はスマホをチラリと見て目を見開いた。
(九条さんっ!)
「朱莉さん・・・今度は違うスマホが鳴っていますが・・・?」
京極が朱莉に声を掛けてきた。
「あ、あの・・・電話・・・出てもよろしいでしょうか?」
朱莉は遠慮がちに京極に尋ねた。
「ええ、別に構いませんよ。どうぞ。」
朱莉がすみませんと言って電話に出る姿を京極は黙って見つめていた。
(朱莉さん・・・・さっきの電話には出ないのに・・その電話には出るのか・・?)
「もしもし・・・。」
『朱莉さんっ!今・・・誰かと一緒にいるのか?!』
受話器越しから琢磨の切羽詰まった声が聞こえてきた。
「あ、は・はい・・・。京極さんと一緒です・・・。」
朱莉は目の前に座っている京極の姿をチラリと見ながら言った。京極は朱莉が自分の名前を口に出したので、朱莉の事をじっと見つめた。
『そうか・・・やはり朱莉さん。京極と一緒にいたんだな?だからさっきは翔の電話に出なかったのか・・?』
「は、はい・・・。」
『分かった・・・。朱莉さん、電話・・・京極に代わってくれ。』
「え?い、一体何故・・・?」
朱莉は琢磨の突然の申し出に驚いた。
『何故って・・朱莉さん。今困った事になっているんじゃないのか?俺が朱莉さんに代わって話を聞くよ。京極に電話を渡してくれ。』
九条さん・・・・っ!
確かに朱莉は今ピンチの状態に陥っていた。だが、琢磨を巻き込むわけには・・。
『いいから、俺に任せろ。・・・・元はと言えば朱莉さんをこんな事に巻き込んだのは全て俺達の責任なんだから。』
受話器越しから琢磨の優しげな声が聞こえてくる。
「分かりました・・・。」
朱莉はスマホを京極に差し出すと言った。
「あの・・・電話の相手は九条さんからなのですが・・・京極さんとお話がしたいと言われているので・・代わって頂けますか?」
「僕と・・話しですか?」
「は、はい・・・。よろしいでしょうか?」
「ええ、僕は構いませんよ。ではお借りします。」
京極は朱莉からスマホを預かると耳に押し当てた。
「もしもし・・・。」
『京極さんですね?朱莉さんに・・・何の話をしようとしていたのですか?』
「何故貴方にお話ししなければならないのですか?」
『朱莉さんを苦しめているのじゃないかと思いましてね。』
「苦しめている?それを貴方が言えるのですか?」
京極は口角を上げて言う。
『どういう意味でしょうか?』
琢磨は苛立ちを抑えながら尋ねた。
「僕から言わせれば・・・朱莉さんを苦しめているのは貴方達のようにしか思えないのですけどね。いくら大企業グループの代表者だからと言って・・・個人の人権を踏みにじるのはどうかと思いますよ?」
「え・・?!」
朱莉は京極の言葉に目を見開いた。
『何ですって・・・?我々が・・朱莉さんの人権を踏みにじっていると言うんですか?何故・・そう思うのです?大体貴方は第三者の人間だ。これ以上余計な口を挟まず、朱莉さんに付きまとうのはもうやめて頂けますか?』
「踏みにじってるじゃないですか。朱莉さんがとても可愛がっていたペットを手放させるなんて。どう見ても強者が弱者に無理やり言いなりにさせているとしか思えませんよ?」
『それは・・・。』
琢磨が言いかけた時、朱莉が京極に叫んだ。
「もう・・・もうやめて下さいっ!」
「朱莉さん・・・。」
京極は今までにない朱莉の様子に驚いた。
「お願いです、京極さん・・・。どうか九条さんを責めないで下さい。九条さんは・・・本当に私に良くしてくれるんです。ですから・・どうかお願いです。お話なら私が聞きますから・・・。あの、電話私に代わって頂けますか・・?」
朱莉は苦し気に京極に言う。
「朱莉さん・・・・。分かりました。僕は・・貴女の苦しそうな顔を見たくはありませんから・・・。」
そして京極は朱莉に電話を替わった。
「もしもし・・・九条さん・・。」
『朱莉さん・・っ!ごめん・・・俺は余計な真似をしてしまったようだね・・・。』
受話器越しから悲し気な琢磨の声が聞こえてくる。
「いえ、お気持ちだけで十分です。・・・明日の沖縄の件・・よろしくお願いします。」
そして朱莉は電話を切った―。
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