3-13 ハワイでの会話

 年末―


翔と明日香はハワイの別荘に来ていた。そして現在2人は別荘のバルコニー

から海に沈む夕日を眺めていた。


「素敵・・・今年も翔と2人でこうして2人きりでハワイの別荘で過ごせる事になるとは思わなかった・・・。」


明日香はうっとりとした目で翔を見つめると言った。


「何で・・・2人で過ごせないと思ったんだ?」


翔は明日香の肩を抱きながら尋ねた。


「だって・・・翔。貴方は・・・書類上とはいえ・・・結婚したでしょう・・?」


明日香は翔をじっと見つめた。


「ああ・・・。確かに結婚はしたけど、何度も言ってるだろう?彼女は所詮祖父の目を胡麻化す為の妻だって。それに・・・だから敢えて大人しそうな女性を選んだんだ。その証拠に・・・今まで彼女の方から一度でも俺達に何か文句を言って来た事でもあったか?」


翔の問いに明日香は首を振った。


「いいえ、無かったわ。」


「だろう?だから・・・明日香は何も心配する事は無い。今までと同じ生活を俺達は続けていくだけだよ。」


「だけど・・・一つだけ不安な事があるわ・・・。」


明日香が不意に俯くと弱々しく言った。


「不安な事・・?一体それは何だ?」


「朱莉さんよ・・・・。彼女・・・私の目から見ても・・すごく綺麗な女性でしょう?しかも・・・女らしくて・・・。翔・・・彼女に心変わり・・なんて絶対にしないわよね?」


明日香は翔の顔を見上げた。その顔は・・・・とても真剣なものだった。


「当り前だ。俺が・・・明日香以外に心変わりなんてするはずがないだろう?」


明日香の髪を撫でながら翔は言う。


「本当に?本当に信じていいのよね?私はね・・この世で一番大好きな人は・・翔。貴方よ?だから、翔・・貴方の一番も常に私にしておいてよ?例え、私達の間に子供が生まれようとも・・私が一番大切なのは・・・翔だけだからね?それを忘れないでね・・・。」


言いながら、明日香は翔の首に腕を回す。


「分かったよ。明日香・・・。例え新しい家族が増えたとしても・・俺が一番愛するのは・・明日香だよ・・・。」


翔は明日香を抱きしめ・・・自分の心の中に暗い影が宿るのを感じた。


(明日香・・・。何故・・・自分の子供を一番に愛する事が出来ないのに・・・お前は子供を欲しがるんだ・・?)


 実はここ最近、明日香から子供が欲しいと翔はねだられていたのだ。しかし、カウンセラーの意向も聞き、子供を持つのはまだ無理だと言われていた。いや、それ以前に明日香の今の精神状態では妊娠中の身体の変化についていく事は難しいだろうと忠告されていたのである。

今回翔が明日香の望み通りハワイに2人きりでやってきたのも、子供を持つのは後数年は考え直そうと説得する意味合いもあったのである。



 翔は一度深呼吸をすると、明日香に向き直った。


「明日香・・・実は大事な話があるんだ。子供の事なんだが・・・・まだ俺達には早いと思わないか・・・?」


「ええ?!何故・・・・何故そんな事を言うの?だって翔は・・・子供が好きでしょう?」


明日香が目を見開いて言う。


「あ、ああ・・・。確かに俺は子供は好きだが・・・。」


(だけど、明日香・・・。お前は子供が好きじゃない・・・・むしろ苦手だろう・・?)


しかし、とてもでは無いが明日香の前では口に出せない。それに明日香は子供のみならず、犬や猫と言った動物も嫌っていた。

明日香が子供や動物を嫌うのにはわけがあった。明日香曰く、子供も動物も人の言う事を聞くことが出来ない生き物だから嫌いだと以前熱く語っていた事を翔は思い出していた。


 翔には理解できなかった。明日香は子供が嫌いなのに、何故かここ最近事あるごとに子供が欲しいとねだるようになったのである。

ひょっとすると・・・明日香の考えが変わり、子供好きになったのだろうか?


「明日香・・・・。お前、もしかして子供好きになったのか?」


微かな期待を持って明日香に翔は尋ねてみた。

しかし、明日香の答えは・・・・。


「子供?何言ってるの・・・?私が子供が好きじゃないのは知っているでしょう?」


「え・・・?それじゃ・・・何故子供を欲しがるんだ?」


翔は明日香の気持ちがさっぱり理解出来なかった。


すると明日香は妖艶な笑みを浮かべると言った。


「だって、私が子供を産んでも・・・育ててくれるのは朱莉さんなんでしょう?だって契約書にもそう書いてあるわよねえ?」


「た、確かにそう書いてはあるが・・・その内容を書き加えたのは明日香自身だろう?別に俺は子供が生まれたら、お前と2人で子育てをしたいと考えているんだが・・・?」


「一緒に子育て?!冗談はやめてよ!」


突然明日香が声を荒げた。


「あ、明日香・・・。どうしたんだ?突然・・・。」


久しぶりに明日香が怒りの感情を露わにしたことに翔は動揺した。


「翔・・・私が子供が嫌いなのは知ってるでしょう?言う事は聞かないし、所かまわず泣くし、1人じゃ何も出来ないし・・・。小さい子供なんてね・・・犬猫と同じよっ!」


い、犬猫と同じなんて・・・。

明日香のあまりの言い分に翔は絶句してしまった。それならなおの事・・何故明日香は子供を望むのだろうか?


「明日香・・・もしかして子供好きの俺の為に無理して子供を産もうとしてくれているのか・・・?」


しかし、明日香からの答えはあまりにも意外な内容だった。


「いえ。私が子供を望むのはね・・・・。」


明日香は翔に耳打ちをした。


「!」


翔は明日香の言葉にわが耳を疑ってしまった。


「明日香・・・お前・・・本当にそんな理由で・・・子供を欲しがっていたのか・・・?」


震える声で翔は明日香に尋ねた。


「あら・・?そんな理由ですって?これって子供を産むのに十分な理由になると思うけど・・?」


明日香は翔の頬に触れながら言った。


「すっかり日が落ちちゃった事だし、部屋に入りましょうよ。ワインで乾杯しない?」


明日香は笑みを浮かべると部屋の中へと入って行った。



「明日香・・・。」


1人取り残された翔は深いため息をつくと、琢磨にメッセージを送った-。




ハワイ時間深夜1時-


「琢磨、朱莉さんの今日の様子はどうだった?何か困った事とかありそうだったか?」


ウィスキーを飲みながら翔は琢磨に尋ねた。


『お前なあ・・・・。そんなに様子が気になるなら自分から彼女に直接連絡とればいいだろう?』


電話越しから琢磨のうんざりした声が聞こえてくる。


「いや・・・それは無理だ・・・。何故なら・・・。」


『朱莉さんに内緒で明日香ちゃんと2人でハワイに来ている。下手に連絡を入れて、ハワイにいる事を知られたら肩身が狭い。って言いたいんだろう?』


「何だ・・・良く分かってるじゃないか。」


『当たり前だ。お前と何年付き合ってると思ってるんだ?』


琢磨の呆れたような声が受話器越しから聞こえてくる。


「そうだよな・・・。何でもお見通しか・・・。それで・・朱莉さんの飼ってる犬の様子だが・・・。」


『ああ、分かってるよ。・・・ったく・・。朱莉さんから子犬の動画が送られてきているから、後でお前のアドレスに転送しておいてやるよ。』


「ありがとう、すまないな。」


『そういう台詞はな・・・。朱莉さんに直接伝えてやるんだな。』


「そうだよな・・・。」


翔は溜息をつきながら言った。


『翔・・・。俺に電話入れてきたのは・・・本当は朱莉さんの犬の話じゃないだろう?正直に言えよ。何があったんだ?』


(やはり琢磨には隠し事は出来ないな・・・。)


「今日・・・明日香から聞いたんだよ。子供を欲しがる理由・・・。」


『そうなのか・・?何だかその話の仕方では・・あまり穏やかな内容じゃなさそうだな・・?』


「ああ・・・。実は・・・。」


翔は明日香から聞かされた、子供を欲しがる本当の理由を説明した。


『何だよ、それ・・・・。』


流石の琢磨もかなり動揺しているのが受話器越しに伝わって来た。


「どう・・・思う?」


『どう思うも何も・・・いいか、絶対に・・・朱莉さんの耳には入れないようにしろよ?絶対に・・・だ。』


「ああ。分かってるよ・・・。」


翔は溜息をつきながら言った。


『あと、琢磨・・・。年が明けたら、今の話・・・カウンセラーに相談しろよ?流石にさっきの話は見過ごしておけないからな。』



「ああ、分かった。・・・悪かったな、琢磨。ところで・・・今日本は何時なんだ?」


『夜の8時だが?』


「ああ、そうか・・・。なら安心だ。」



『何が安心なんだ?』


「いや、モルディブの時みたいに見当違いな時間帯じゃなくて良かったなと思ったからさ。」


『何だよ、その話は・・・。』



その後、2人は暫くの間、雑談を交わし・・・電話を切った。


ベッドルームへ行くと明日香は幸せそうに眠っている。


(明日香・・・。それがお前の望む幸せなのか・・・?)



翔はいつまでも明日香の寝顔を眺めていた―。

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