2-5 モルディブ到着
「朱莉さん・・・本当に一人でモルディブまで来れるだろうか?同じ便なんだから空港で待ち合わせをしても良かったんじゃないか?」
ここは成田空港のファーストクラスラウンジ。
翔は明日香に心配そうな面持ちで尋ねた。
「何言ってるの。ここの部屋を使えるのはファーストクラスに搭乗する人達だけっていうのは翔だって知ってるでしょう?それじゃ私たちにエコノミークラスの人達と同じ場所で待とうって言うの?そんなの嫌よ。あんな場所で待つなんて疲れるわ。」
フンと言いながら明日香はそっぽを向く。
「いや、別にそんなつもりで言ったわけじゃないんだが・・。それじゃ、明日香。お前だけここを使っているか?俺は朱莉さんを・・・。」
翔がそこまで言いかけた時、突然明日香がヒステリックに叫んだ。
「何よっ!それって・・・。私よりも朱莉さんの方が大事だって言うの?だから・・彼女を選んで結婚したのね?酷いわ・・・。貴方が彼女と夫婦って事だけで十分私は苦しんでいるのに・・そのうえ、こんな私を放っておいて、翔は朱莉さんの元へ行くっていうの?!」
目に半分涙を浮かべながら翔をなじって来る明日香。
「ち、違う。そうじゃないんだ・・・。ごめん、悪かったよ。明日香・・。大丈夫、心配するな。俺が愛しているのは明日香だけだから・・。」
人目も気にせず、ヒステリーを起こしている明日香を翔は抱き寄せて、背中を撫でながら落ち着かせる。
明日香はここ最近情緒不安定気味になっている。もともと嫉妬心も独占欲も昔から人一番強かった明日香は、やはり書類上だけの夫婦となった朱莉に対して激しく嫉妬していた。
いくら朱莉と翔が一切会う事も無く、またメッセージ交換も週に1度で、そのやり取りを明日香に見せていたとしても、明日香の不安な気持ちを払拭させる事は出来ないのだろうか・・・?明日香の為を思って、将来的に結婚するために偽装妻を持ったのに・・・かえって俺は明日香を苦しめているのだろうか・・?
翔は明日香を抱き寄せながら心の中で深いため息をつく。
・・・・すまない、朱莉さん。無事に・・モルディブまで来てくれよ・・。
心の中で翔は祈った―。
成田空港を出て、コロンボ経由。そして無事にマーレ空港へと約10時間のフライトで、ようやく地上に降り立つことが出来た朱莉は溜息をついた。
「良かった・・・無事にここまで来ることが出来て・・・。」
正直に言うと、コロンボを降りた時は不安でいっぱいだった。言葉も通じないような場所で乗り換え等出来るのだろうかと最初は不安でいっぱいだったが・・・・。
「意外と何とかなっちゃうものなんだな・・・。
空港に降り立った朱莉は翔たちが何所かにいなか、キョロキョロ辺りを見渡したが、2人の姿は何所にも見えなかった。
「そうだよね・・・・。ファーストクラスの利用客は一番最初に降りるし、荷物を預ける事も無いんだから・・・いるはずないよね・。」
ポツリと言うと、朱莉は手荷物受取所へと向かった―。
手荷物を受け取り、空港のインフォメーションの傍でウロウロしていると、突如日本語で呼ばれた。
「すみませーん!もしかしてアカリさんですかっ?!」
驚いて振り返ると、そこには『ようこそモルディブへ』と日本語で書かれたプラカードを持ったサングラスを頭の上に乗せた女性が手を振っていた。
「はい、そうですが・・・もしかするとコジマ・エミさんですか?」
朱莉は大きなスーツケースをガラガラと引っ張りながら駆け寄った。
「ええ、そうよ、アカリと呼んでも?」
茶髪に染めた髪をポニーテールに結わえた女性は笑顔で握手をしながら言う。
「はい、どうぞ朱莉と呼んでください。」
「オーケー。それじゃ私の事はエミと呼んで。」
「え・・と、それでは・・エミさんんで。」
「うん、そう呼んで貰って構わないわ。あ、そうそう。最初に会ったらやろうと思っていたことがあったのよね。ちょっと貴女の携帯貸してくれる?」
エミに言われて朱莉はスマホを渡すと、彼女は何やら操作を始めた。
暫くスマホを操作していたが、やがて顔を上げてニッコリ微笑むと朱莉に携帯を返してきた。
「はい、これでここでもスマホを使えるように設定したから、もう大丈夫よ。」
「あ、そうでしたね。ここは海外だから日本にいたままの設定では使えないんですね。」
「ええ、そうよ。でもこれで設定は完了したから安心して。滞在中何か不安な事があったらいつでもメッセージや電話もOKよ?」
エミはウィンクしながら言う。
「でも・・・それでは迷惑では・・・?」
うつむきながら朱莉が言うと、突然エミは朱莉を抱きしめてきた。
「いいの、いいの。こんな遠く離れた海外で1人ってすごく心細いでしょう?私には理解ある夫もいるし、子供もいないからいくらでも自由に動けるの。だから、遠慮しなくていいんだからね?」
優し気に言うエミに朱莉は思った。
もしかして・・・九条さん・・・。何か私の事情・・話しているのかな・・・?
でも・・ここはエミさんに甘えよう・・・。
朱莉はそう思うのだった―。
朱莉たちが泊まるホテルは空港がある島に建つホテルだった。
運転しながらエミが言った。
「それにしても珍しいわね~。たいていは島の水上コテージに泊まるのが主流なんだけど、ホテルとはね・・・まあ、この島なら不便は無いから・・それで選んだのかしら?」
「さあ・・私からは何とも・・・。」
朱莉はほとんどモルディブの事を知らないので、曖昧な返事しかできない。
そんな朱莉をチラリと見ながらエミが言った。
「でも運が良かったわ~。ここはね、5月~10月が雨季なんて言われてるけど、今日は良く晴れていて・・・滞在中はずっと晴れてるといいわね。」
「そうなんですか?それじゃ私、ほんとについていたんですね。お天気に恵まれたし、エミさんのように素敵な女性ガイドさんにも巡り合えたし・・。」
「あら、そう言ってくれると嬉しいわ。」
エミは軽快に笑いながら言った。
「あ、アカリ。ホテルが見えてきたわよ。」
エミの指さす方角に海岸沿いに建つ白い壁が美しいホテルが見えてきた―。
フロントでエミがホテルの従業員と話をしている間、朱莉はホテルのロビーのソファに座り、ぼんやりと外を眺めていた。
窓からは美しい海に白い砂浜・・・とても素晴らしい景色ではあったが、朱莉の心は沈んでいた。
(それにしても・・・やっぱり何も連絡来ないんだな・・・。今頃あの2人はどうやって過ごしているんだろう・・・?)
そんな事を考えていると、手続きが終了したのか、エミがこちらへとやってきた。
「お待たせ、アカリ。・・・あら?どうしたの?元気が無いようだけど・・・大丈夫?」
「え、ええ。大丈夫です。少し慣れない旅行で疲れただけですから。」
「そう・・?大丈夫?それで・・このホテルは朝食は出るけど、昼と夕食は食事が出ないの。一応ホテルには24時間空いているカフェがあるから、そこで軽食を取ることが出来るけど・・・どうする?今夜は一緒にお店で食事しようと思っていたんだけど・・?」
「そうですか。でも・・・すみません。折角のお誘いなんですが・・体調が悪いので明日にしていただいてもいいですか?今夜はホテルのカフェで食事しますので。」
「そう・・?分かったわ。お部屋はこの上の805号室よ。はい、これが部屋のカードキー。」
言いながら、エミは朱莉にカードキーを渡した。
「ありがとうございます。」
「それじゃ、明日10時に部屋に迎えに行くわね?」
「え?」
「あら、いやね。私は通訳だけど、ガイドでもあるんだから。観光案内してあげるから楽しみにしていてね?」
「ありがとうございます。それではまた明日よろしくお願いします。」
朱莉は丁寧に頭を下げると、エミに見届けられながら部屋へと向かった。
エミは腕組みしながら朱莉の後姿を心配そうに見つめている。
「アカリさん・・・。大丈夫かしら・・・?何だか顔色も優れなかったし・・・。一応彼にも連絡入れておいた方がいいかもね・・・。」
そしてエミは携帯を操作するとメッセージを打ち込み始めるのだった-。
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