顧客リスト№66 『山の神のキャンピングダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌



「……あれ? えっとこうして……こうしたから……あれれ……?」



「アスト~! 出来た? ――まだまだみたいね!」



悪戦苦闘している最中、社長がひょっこりと。うっ……見られてしまった……! 託された以上、せめてある程度完成はさせておきたかったのに……!



「思ったよりも難しくて……。説明書あるから簡単だと思ったんですが……」



「ふふっ! なんて、最初は皆そんなもんらしいわよ! ゆっくりやっていいわ!」



そう慰めてくれる社長の言う通り。私が取り組んでいたのは、テント設営。……もっとも今は、布と支柱用の棒が地面に無惨に転がっているだけなのだけど……。



「それに今日寒い日だもの! いくらグローブつけていてもかじかむでしょう?」



「はい……。それもあって上手く……」



グローブ越しに白い息をほうっと吐いて擦り合わせることで手を暖めつつ、社長へ頷く。確かに今日のは凄く寒い。太陽こそある程度登り、澄み渡るように照っているが…雪が降るか降らないかぐらいには冷え込んでいるのだ。



そのため、私も社長も完全防寒。上下ともに厚手の服を着こみ、足にはブーツ、手にはグローブ。帽子や耳当てやマフラーもしっかりと。更に私は尻尾や羽用のあったかカバーを身につけているし、社長は身体が小さいからもはや着ぶくれまんまる。



……ここで違和感を覚えていただくと有難いのだが……。何故私達が、このような格好をしているのか、にである。マグマ燃え盛る地や風吹き荒ぶ地へはいつも通りのスーツや白ワンピース姿をしていた私達なのに。



このような格好をしたのは、極寒の雪山最奥や地平覆う氷世界へ訪問した時ぐらい。流石にそれらと比べてはそこまで寒くないこの場で、何故フル装備なのか。それには理由があるのである。



「……やっぱり駄目ですか? 魔法使っちゃ……?」


「だめ~! そうしないと折角してる意味ないじゃない!」



一応聞いてみたけど……残念ながらけんもほろろに断られてしまった。うぅ、魔法さえあれば……! テント設営にこんな時間がとられることも、こんな着こむこともないのに……!



別に魔法が使えない、という訳ではないのだ。ただ使わないようにしているというだけ。それも、もしどうにもならなくなったら仕方なしに使っていい、というぐらいの縛り具合。



しかし裏を返せば…その状況になるまではどう足掻いても魔法は使用禁止。魔法だけではなく、各特殊能力や便利過ぎるアイテムも禁止。全ては持ち前の力や簡単な道具だけで乗り切らなければならない。



言うなれば、『不便を楽しむ』――。それがこの『キャンピングダンジョン』の暗黙のルールなのである!









その通り、ここはダンジョン。そして今回も依頼での訪問である。だが折角来たのだし是非楽しんで、と依頼主の方に誘われ、その御厚意に甘えさせて貰っているのだ。



だからこの場のルールに従い魔法を封じ、社長もミミック能力を出来る限り封じての設営作業中なのである。そういえば社長の方の準備は……向こうもまだ途中みたい。レンタルした道具類を運び終えていないようで、また離れたところにある売店ログハウスへと向かっていっている。



普段ならば箱の中に詰め込んで一気に運べるのに……何個かだけを持ちやすく纏め、えっほえっほと抱えて運んできている社長の姿はなんとも珍しく、可愛らしい。ふふっ、不便を楽しむ利をちょっと見つけたかも!




そうそう。ここのダンジョンの詳細を。このキャンピングダンジョンは、とある大きな山が元となっている。しかし鬱蒼とはしておらず険しすぎず、綺麗な川も流れているため、まさにキャンプするには絶好のロケーション。



枝や薪拾いに山へ踏み入って良いし、魚釣りや木の実集めといった食材探しに没頭してもいい。ジップラインやアスレチック等の様々なアクティビティも揃っている。勿論、テントに籠ってゆっくりするのも良いし、ランタンの灯りで本を読むのも乙なもの。



よく冒険者が行うような野営よりも簡単で安全でアミューズメント感がありつつも、中々に本格的なものが味わえるからか、様々な人に大人気のダンジョンとなっているのだ。山の場所によりソロ用やファミリー用、高難度キャンプ用等に分けられているから何でもできる。



因みにその高難度キャンプ用も、熟練冒険者達にとっては遊びのようなレベルに留まっているらしい。故に、初心者冒険者の練習場にもなっているとかなんとか。



そしてもし忘れ物があったり、私達のように急にキャンプをすることになっても問題なし! キャンプ場近くにあるログハウスでは服や道具一式をレンタルできるし、食材等を購入することができる。



なおそのログハウスでの売り上げやキャンプ場料金は全てこの山の保全活動に使われる。なにせ御本人が仰っているのだもの。間違いない。





――そう、山の神様。その御方が今回の依頼主にして、このダンジョンの主なのだ。だから山の中に潜っても遭難することはないし、獣達がキャンパーを襲う事はない。野営よりも簡単で安全というのはそういうこと。



更に言えばかの御方、権能が届く範囲…即ち山周囲の天候も操れるほどの御力を持っているご様子。故に、暑いも寒いもあの御方の気の向くまま。まさに『山の天気は気まぐれ』というわけである。



ではそんな山の神様、一体どんな方だったかと言うと……ちょっと待って……あとちょっとでここのポールを嵌められそう……なんだけど……くっ……!



「おやおや、キャンプ初めてさんかな~? 良かったらお手伝いしよっか~?」





「へ?」



ふと声をかけられ振り向くと、そこにいたのは私程じゃないけど着こんだ女性の方。ベテラン冒険者ならぬベテランキャンパー感がある。どう返そうか迷っているうちに彼女はゆるりと私の傍に来て……。



「このテントさんねぇ、大きめでしょぉ? しかも硬めだから、一人で立てるのはちょっとコツがいるのよよ~。この辺を掴んで持ち上げながら、こうしてポールさんをしならせるようにしてねぇ……はい、できた~」



「はやっ!?」



苦戦していた箇所をあっという間に!? ……え、手招きをして…?



「――そうそうよ~。はいお見事~。あとはペグさんで地面に固定をね~。テントのポールさんとは逆の向きで、地面に埋まらないぐらいにコンコンコンって~」



「おぉ~……!」



教えて貰いながらやったら、いとも簡単にテントが立った! あれだけ苦戦してたのに……! お礼を言わなくちゃ!



「有難うございます! 助かりました!」



「やほふふ~。困ったときはお互い様だよ~。でもまだ終わってないよよ~」



あっ…! そうだった、まだこれ設営途中。ここに雨避けを重ねなきゃ! えっと、だから次は――



――と、アドバイスをしてくれたベテランキャンパーさん、傍に並べられた二人分のキャンプ用品をちらりと見て……。



「お連れさんいるんでしょ~? わたしさんが手伝ってもいいけど~どうせならお連れさんと立てたほうが楽しいよ~」



確かに! そんな私の納得した顔を見た彼女はにっこり微笑み、ゆらりとこの場を後に……あっ、丁度社長もまた戻って来て――。



「あらマツミ様! もしかして様子を見にきてくださったのですか?」






「……へ!?」



「ありゃりゃ~社長さんにはバレちゃったかぁ~。良い感じにアドバイスをしていなくなるおせっかいさんを演じてたのに~」



『マツミ』って、ここの山の神様の名前……ってわわわっ!? ベテランキャンパーさんの周りに霧じみた後光が!!? でもさっきまでお会いしていた際は、あのような御姿ではなかったのに!?



「マツミ様仰っていたじゃない。色んなキャンパーの方のとこにこっそりお邪魔するのが楽しみだって。神様なんだもの、御姿を変えるなんてわけないわよ」



「やほふふふ~。山というのは装いを目まぐるしく移ろわせるものだよよ~。見るたびに色づき散り、芽吹き息吹くがわたしさん~~」



おお~…! マツミ様、顔も服装も百変化。中には先程商談をしていた際の御姿も。しかしそのどれでも変わらぬ美しさは、まさに山の化身に相応しき容貌であろう! ……独特な話し方で気づくべきだった……。



「ということで~今日のわたしさんはこのお顔~。ゆるゆる~とキャンプを楽しもうねぇ~。テント設営、頑張れ頑張れぇ~」



あ、ベテランキャンパーの姿に戻られた。そうだ、丁度社長も戻って来たことだし、テントを完成させちゃおう!











「――……っと、ここに打ち込めば……! どうアスト!?」


「ばっちりです! これで……」



「「かんせ~い!!」」



設営し終えたテントの中に、私と社長は一斉に飛び込み寝転がる! ふふっ! とうとうできた、私達のお城! なんちゃって!



やっぱり自分で頑張って作ると嬉しさひとしお。もうこれだけでキャンプの楽しさを垣間見れた気がする。どうやら社長も同じようで、箱から出来るだけはみ出してテント床でぐねんぐねん。



「案外楽しいわねぇ、テント立てるの! なんか怖くなっちゃってアストに丸投げしちゃってたけど、これなら全然だったわ! 二人でやったからかしら?」



「あれ、そうだったんですか? 寧ろ社長、テント設営得意そうな感じがありましたが。種族的にも…」



「普段ならそうなのでしょうけど……。今は出来る限りミミック能力抑え込んでみてるから。そうすると急にわかんなくなっちゃって! テント立てなんてしたことないし~」



トトトンと自らが入る宝箱を叩きつつ、そう説明してくれる社長。成程、いつもの社長であれば、ミミックの勘を活かして容易く設営を終えたであろう。容れ物のエキスパートなのだから。



しかし今回、その勘を始めとした諸々を封じたことで状況は一変。残されたミミック要素は『箱で移動できる』能力のみ。つまり…それ以外はキャンプ初体験の私と同じなのであろう。



更に言えば、ミミックとしては設営前の畳まれたテントでも潜むには充分なはず。既に設営済みのテントに潜むならまだしも、自ら立てるなんて……。しかも普段なら超簡単にできるのに今は何もわからない……。怖くなった理由はそんなところかもしれない。



ふふふっ。私、魔法が使えなくて弱音吐いている場合じゃなかった。社長の方がもっと不便を感じているし、それを楽しんでいるのだもの!




「はいは~い。お二人さんお疲れさんね~。あったか~いココアさん用意したよ~。飲んで飲んでぇ~」



あ、二人で寝転んでいたらマツミ様が湯気立つマグカップ三つを手にいらしてくださった。今日は寒いしちょっと疲れていたから、甘く温かい飲み物が沁みる…!



「美味し~い! 外で飲むココアは格別ですね~!」



今度はテントから身をはみ出させつつ、堪能する社長。私も椅子を出してと。ふふっ。どこからともなくやってくる寒風で設営の熱を飛ばしつつ、冷えてきたらココアを口にし、また風でその熱さを。なんだか無限に楽しめてしまう!



「良い顔良い顔~。楽しんでくれて何よりだよよ~」



マツミ様も私と社長の顔の見える内に椅子を開き、美味しそうにカップを傾ける。やはりマツミ様、キャンパーたちの笑顔を見るのが大好きなご様子。となると――。



「確かに嫌ですね、こんな楽しい気分を台無しにする迷惑客が増えているなんて!」







おっと、社長と思いが被ってしまった。まさにその通り、今回の依頼内容は『迷惑客の見張り及び阻止』。老若男女問わず人気なダンジョンだけあって、一定数は必ず存在してしまっているらしいのだ。



それも自分のキャンプ区画からはみ出しているとかならまだ可愛い方で、山火事一歩手前の焚火、山全体に響き渡らんばかりの騒音、山の素材食材の根こそぎ収穫、他の客へのしつこいナンパや喧嘩、ゴミの不法投棄、料金を支払わずに侵入やレンタル品の強奪、魔法等の使用による破壊行為などなど……。キャンプをやったことがなかった私でもわかるぐらい酷いものばかり。



それでも今まではマツミ様やその眷属である山の精や木の霊達が対処していたのだが……彼女達は販売所の運営や訪問客の案内、各所の管理などがある。忙しい時は手が回らないことも増えて来てしまったようで。



加えて、どの子も戦いに関しては不得手。注意して止めてくれる相手ならまだしも、荒くれ相手には分が悪いのである。……まあマツミ様に食ってかかれば軒並み山の養分にされるのだろうけど。



ともかくこのままでは、マツミ様にとってもキャンパーたちにとっても、折角の楽しみが台無しとなってしまう。だからこそ、そういった相手を黙らせるエキスパートである私達へ依頼をしてくださったのである。



因みに依頼代金の方は問題ない。山の素材やマツミ様の神力が籠った品も頂けるそうなのだが……マツミ様曰くこれも山の保全活動。売り上げ金の一部までくださる形となった。元々山の管理には権能だけで充分らしく、お金はその分浮いていたみたい。流石山の神様!



「やほふふ~。有難うねぇ2人共~。わたしさん、とっても嬉しいよよ~」



私も社長に同調すると、マツミ様は相好を今日一崩す。そして白い息をほふぅと吐いて、パチリとウインクを。



「でも~まだまだキャンプの魅力はたっぷりあるよ~。ココアさん飲み終わったら一緒に行く~?」



「「是非!」」











「は~~っ!!! 楽しかったぁ! なんでもありますねここ!」



日が天井を少し過ぎたころ、戻って来た社長はまたもテントの中にごろりんと。その上気した身からは、ますます白くなった息が早いリズムを奏でるかのように噴き出している。



「えぇ、凄いですねマツミ様! ジップライン、アスレチック、バンジージャンプ、スラックライン、クライミング、ラフティング……! 勿論普通に登山をすることもできるし、温泉まであるなんて!」



かく言う私も、社長と同じように興奮してしまっているのだろう…! 椅子に腰かけてあがった息を整えつつ、外気より冷たい水を勢いよく流し込めているのだもの! 正直、この厚手の服を脱ぎたくなるぐらいには遊んできてしまった!



どのアクティビティも非常に素敵だったのだが……それを更に際立てているのが周囲の森林であろう! これがまた奇妙に美しいのだ! あちらは新緑に染まり、あちらは花盛り、あちらは紅葉、そしてあちらは枯山吹と、パッチワークの如く目に見えて分かたれてもいれば、その全てが入り混じり百花繚乱ならぬ百木繚乱の装いだったのである!



景色を見るだけでも一日は容易く潰れるだろうに、それを見ながら感じながら遊べてしまうなんて! ただ魔法や能力を制限している以上疲れやすいのがちょっと惜しい…! そういうことで、一旦遊びを切り上げ休憩しに戻って来たのである。



「やほふふ~。良い遊びっぷりだったよぉ~。特に社長さんがジップラインで宝箱姿のまま縛られて、すいいい~って滑っていくのは面白かったねぇ~」



「ふふっ! 『輸送!』って叫びながら運ばれていったあれですね! 急にやるものですから笑いがとまらなくなってしまいましたよ!」



「へへ~!」



一緒にいてくれたマツミ様も交え、暫し歓談。――と、社長が不意に彼女へ確認を行った。



「ところでマツミ様。やはりあのアクティビティの数々にも?」



「うんうん~。迷惑なお客さん達がねぇ~。壊そうとしてくるのよよ~」



泰然自若とした佇まい故に分かりづらいが、かなり参っているご様子。ほんの少しの溜息交じりに彼女は呟いた。



「特にああした設備はわたしさんの一部じゃない以上、わたしさん頑張って力を注がなきゃいけないし、壊れたら直すの大変だから~。もっと優しく使ってほしいのにねぇ~」



「心中、お察しします。ですがそれも我が社にお任せください! そんな迷惑客、必ずや阻止してみせます!」



「先程遊びながらですが場の確認もいたしましたし、それぞれに応じたプランも複数ご用意できます!」



「おぉ~。二人さんとも頼もし頼もし~。まるでわたしさんみたいにどっしり据わってる~」



ぱちぱちぱちと拍手してくださるマツミ様! 社長も胸を叩いてアピールを……――






 ―――ぐぅうぅぅぅぅ……






「あっ…」

「あっ」

「ありゃりゃぁ~」



盛大に社長のお腹の音が……! 厚手の服を着ているのに、胸を張っていたせいか結構大きく……! まあ昼食を食べるためにテントへ戻って来た意味もあるのだけど!



「何食べます? でも採ってくると時間かかっちゃいますかね…」


「食材さんも安くしておくよよ~。採ったものもあるし、色々仕入れてるからねぇ~」



とりあえず何を作ろうか考えてみることに。しかしそこで当の社長から待ったが入った。



「それは夜までとっておきましょう! 実はね、お昼用に良いものを見つけてたの! ちょっと待ってて!」



言うが早いかテントから出て、売店のログハウスの方へ駆けていく社長。何か案があるらしい。少しして、息せき切って戻って来た社長が抱えていたのは……。



「おおぉ~。社長さん、わかってるねぇ~。やるねぇ~」



「インスタント食品、ですか?」










うん、特に見間違いではない。あれは魔法で作られており、お湯をかけて少し待てば食べられるという超お手軽食品。一部では冒険者メシと言われてるぐらいに冒険者界隈では重宝されてたり、その簡単さから一般の人も時折食べていると聞く。



社長はそれを数種類腕に抱き、更に能力を使わない程度に箱に詰めて持ってきたのだ。お湯沸かし用の器具もついでに。



「さっきレンタルしてる間に見つけちゃって! ほらこれ! リゾットでしょ、スープでしょ、カレーのメシに、カップのヌードルでしょ!」



お湯を沸かしている間に続々と机の上に並べられるインスタント食品。でもこれ……。



「便利アイテムは禁止なんじゃ……?」



元々このキャンプは不便を楽しむのが目的なはず。なのに、お湯だけ簡単のご飯なんて……。



「わかってないわね~! こういうのはアリなのよ!」


「やほふふ~。ゆるゆる~とキャンプを楽しむのなら寧ろ推奨かもねぇ~」



と思ったら、社長達はにんまり笑顔でそう返してきた。そういうものなの……? マツミ様すら認めるのであれば良いんだろうけど。



うーん。確かに考えてみれば、キャンプは限られた食材器具しかない――即ち凝った料理を作れない。料理の選択肢が少ないのだから、インスタント食品があったとしても不便と言って差し支えないのかもしれない。それならば納得できるかも。荷も最小限で済むだろうし。



……でも、なんだか社長達の口ぶりだとなんだか違う想いが見え隠れしてる気が? なんというか……わざと野外でインスタント食品を食べること自体を楽しんでいるような……――。



「――ん? あ! もしかしてアスト……こういうの食べたこと無い!?」



「へ? え、えぇ。そうなんです。食べる機会が無くて」



首を捻っていると、社長がハッとしながら聞いてきた。頷くと、更に驚きと納得の表情を。実は私、こういったものを食べたことが無いのだ。実家アスタロト家に居た頃はシェフが常にいたし、会社に勤めてからは食堂が常にあったし。



「成程ねぇ。だからなんか変な顔してたのね! んー、まあでも美味しいのには変わりないでしょ! とりあえず食べてご覧なさいな!」



と、またまた言うが早いか社長、カップのヌードルの蓋を捲り、丁度湧いたお湯を注いで私の前に。やっぱりよくわからないままだけど…社長とマツミ様のおすすめなら間違いはないだろう。



ではいただきま……あっと、三分待つのだっけ?









「いっただきまーす!」


「ちょっ…! 社長まだ早くないですか!?」


「このカップのヌードルは二分が美味しいのよ! それに他のも食べるし!」


「社長さん、玄人だねぇ~。なんて言っていたらそろそろだよよ~。わたしさんたちもいただこう~」


「あ、ですね。じゃあ、いただきます…! あちち…ふぅー、ふぅー……」



マツミ様に促され、私の分のカップのヌードルの蓋を取り、フォークで絡ませて…! 熱いから冷ましつつ、ちゅるると啜って……ん!!



「どう? どうアスト?」

「お味さんは如何~?」


「美味しいです! このしょっぱさとちょっとジャンクな感じがとても!」



熱々なのに、次々口に運べてしまう! 遊んで沢山の汗をかいて、それが冷えてきた身にジャストヒットと言う感じ! 凄く沁みる!



「良いわね! で・も~その美味しさの先があるわよ! 山でキャンプをしてることを全身で感じながらもっと啜ってみなさいな!」


「全身でキャンプを感じながら……」



そう社長に言われ、ふと意識を集中させてみる…! えっと……――。





――日は高く、晴天。周囲には繚乱たる木々が立ち並び、その隙間からは凍える寒風が私へ、社長へ、マツミ様へとひゅるりひゅるりと吹きつけて来る。



先程かいた汗は身に纏わりついたまま、火照りを奪う。されど厚手の服の中故に払われきらず、全身を包む仄かに暖かい霧へと変わっている気分。そんな多少の不快感を覚えるそれは、僅かに身を動かす度に隙間より忍び込んでくる風にかき混ぜられ、今度こそ少しずつどこかへと攫われてゆく。



しかしそんな身体と比べ、ほとんどを外気に晒す顔は著しく凍えだす。そして、汚れ気味だったグローブを外した素の手も。だけど心配はいらない。そんな手を強く温めるは、私が吐く息よりも白く濃い湯気を燻らせるカップのヌードル。炎魔法かと一瞬勘違いするほどに熱いそれは、かじかませないと主張せんばかり。



そしてそんなカップのヌードルの中身を、火傷しないように白息と寒風で冷まし、ゆっくりと、それでいて少し力強く口へと運ぶ。あちち…! まだ熱かった麺を慌てて唇で千切り、熱を逃がすようにほふほふと。



すると――。温められた白息が青い空へふわり。代わりに入ってくるのは、麺の味を際立たせるかのような澄み渡った山の冷たい空気! それらを咀嚼しつつ静かに口を閉じると…辺りを囲む木々が目に飛び込み、同じくカップのヌードルを楽しむ着込み姿の社長達が瞳に映り、最後は視界を覆う白煙の奥に、山の花々の如くカラフルな具材浮かぶスープが。



おっと…! 急に風が一陣身を切って…! それに負けじとそのスープへと口をつける。ギシリと音を立てるキャンプ椅子に背を委ね、カップをゆっくりゆっくり傾けて。すると、先程麺を口にした際とは逆。白濁したスープによって社長とマツミ様が消え、林が隠され、映るは一面の空…! そしてそこへ向けほうっと息を吐き、新鮮な空気を大きく吸い……――ふふっ、うん!




「社長とマツミ様がこれをおすすめしてくださった理由、なんだかわかった気がします! 格別、とはこのことなんですね!」



「やほふふふ~。アストさんももう一流のキャンパーかもしれないねね~」



「初めてのカップのヌードルがキャンプでなんて、もう普段のは食べられないわよ~?」



にっこりと微笑みを向けてくださるお二人。なお社長は既にカップのヌードルを食べ終わり、カレーのメシに手を付けて……。



「あ。そういえばこれも使えるかもしれないわね!」



ふと何か思いついたようで、空になったヌードルカップや今から食べようとしているカレーカップを手に取った。……あぁ、成程!



このカップのような食べ終わったゴミをポイ捨てする人が多いともマツミ様から聞いた。ならばそういう輩には、普段食べられないようにしてやる()というのもアリなのかもしれない! ふふっ!












そんなこんなでたっぷり腹ごしらえを済ませたら、またまた遊びにレッツゴー! まずは午前中にやれなかったアクティビティを満喫! アスレチックを上り下りしたり、スラックラインでピョンピョン飛び跳ねたり!


相変わらず社長、宝箱に入ったまま網の森を容易く潜り抜け、切り立った木壁を登り、細い紐の上で全く落ちずに箱の角だけでびょ~んびょ~んとやりたい放題! でもご安心?を。ミミックとしての能力はほぼ使っていなかった。彼女個人の柔らかさや腕力や体幹だけで遊んでいた。流石である。



そしてマツミ様も社長と一緒に遊ばれていた! あのゆる~い雰囲気からは想像もつかないほどの機敏さで社長についていっていたのだ! 特にバンジージャンプなんて、どっちが綺麗に跳べるか勝負していたぐらいだもの! 



なお社長、またも箱形態で縛って貰い挑んでもいた。がっちり止められた宝箱が谷の間でたゆんたゆん跳ねていた。…輸送失敗、的な?



私? 私はそんなお二人に追いつき切れず、途中で離脱して休憩を…。特にバンジージャンプなんて食べたものが戻りそうだったから……。次来た時にやる約束をして逃げてしまった。



そう、次も来る! そう社長と決めたのだ! 勿論プライベートで! なにせ今日だけじゃ遊びきれないのだもの!



ふふっ、ただアクティビティに惹かれただけではない。お昼ごはん時に感じた清らかで透き通るかのような山の雰囲気、それの虜になってしまったのだ! 今後も是非、あれを味わいたくなってしまったのだ! 



そして――。ふふふっ。お昼ごはんでそれということは……! ふふふふっ! 今から楽しみである!










「大漁たいりょ~う!」


「その持ち方なんだか怖いんですけど……。 頭の上にバケツ抱えるの……」


「ふふーん! 能力使わなくてもこれぐらい楽勝よ! お魚さんは零さないわ!」


「やほふふ~。社長さん、釣り上手だったねぇ~。竿の動かし方が見事だったよよ~」


「ミミック的、獲物を誘き寄せる動きの応用ですとも! 能力じゃなく技術だからセーフ!」



日も傾き辺りが黄昏色に染まり出す頃、山道の小枝や石ころをパキパキと踏み歩きながらテントへ戻る私達。社長は器用に魚入りのバケツを持っているし――。



「それよかアストの方が心配ね。魔法無しだと結構重いでしょ、その薪とか枝とか!」


「確かにズシリと来てますけど…。今日社長をほとんど抱えてないですし、寧ろ心地いいというか。それにマツミ様にも大分持っていただいていますから」


「わたしさんにお任せあれ~。明るいうちに皆で切れば間に合いそうだねね~」


「あ、じゃあ火をつけるのやりたいで~す! いつもアストの魔法頼りだからたまには私が!」


「お願いしますね社長!」



と、私は焚き火用の薪や小枝を沢山。更にマツミ様は私のを一部肩代わりしてくれただけではなく――。



「いやほふ~。それにしても茸さんも山菜さんもたっぷりだねぇ~。楽しくなっちゃったんでしょ~?」


「はい…。あっちにもこっちにもでつい採り過ぎちゃいました…! なんとか食べ切れそうな量で抑えられてよかったです!」


「でも流石ですよねマツミ様! 指定のエリアなら毒キノコとか危険なものは生えてないだなんて!」


みんなさんのために頑張って力を注いでいるからねね~。因みに他のとこで採ってもいいけど~その場合はわたしさん達に聞かなきゃ危ないよよ~」


「「はーい!」」



彼女が片手で底を持つ笊の中には、茸や山菜といった山の幸が! さあ、夕食を作るとしよう!







「社長、火、つきました?」


「バッチリよ! …ちょっと手こずっちゃったけど!」


「ふふっ! じゃあグリルの上にお鍋置きますね。後は…」


「お魚さんの下処理も終わったよよ~。周りにぃ~ぷすり、ぷすり、ぷすり~」



それぞれがそれぞれを担当し、夕食の準備完了! メニューは魚の串焼きと、茸と山菜たっぷりスープ! あと売店ログハウスで買って来たバゲット。あと茸の一部は網焼きにもする予定。



どれもこれもそこまで手間のかかる料理ではないけどキャンプご飯とはそういうものなのだろうし、自分の手で採ってきた食材ばかりだからかなんだか感慨深い…!



「――え、じゃあスクナヒコナ様やオオナムチ様からだけではなくて、イダテン神様からも紹介していただけていたのですか!?」



「そうよ~アストさん。わたしさんも体を動かすのが大好きでねね~。たまに一緒にマラソンさんしたりしてるのよ~。その時に社長さん達のことを聞いたんだぁ~」



「わあ有難うございますマツミ様! …あぁ、山の神だから……!」



「そうだ~。イダテンさんのとこから今度魔導車さんを貰って、ゆるりな遊覧乗り物さんを走らせようと思ってるんだけど~どうかなどうかな~?」



「アリだと思います! ゆっくり綺麗な山の景色を眺められるなんて最高です!」



「それに運転が必要な場合、またはそれの迷惑客の対処もお任せくださいな!」



「やほふふ~。お二人さんがそう言ってくれるなら、導入しちゃおうかな~」



そして、出来上がるまで他愛もない話……内容的には今みたいにそこそこ重要な話もあったけど、それで時間を潰して。丁度日が入り薄明となった頃合いで――。




「――うん、良い感じです!」


「お魚さんも焼けたよぉ~」


「じゃあ……!」



「「「いただきま~す!」」」



ランタンの煌々とした、されど普段の灯りよりは心許ない輝きの下、それを呑み込み燃え盛る焚火の上からスープを掬い、魚をとる。火傷しないように細心の注意を払いながら…あちち……。



「はむ…――ん! 美味ひい! とっても美味しいです!」


「皮はパリ、中はじゅわり…! ちょっと強めの塩味が後引いて…! 至福~!」


「やほふふ~。このスープもとっても美味しいよよ~。茸と山菜の旨味がたっぷり~。火もしっかり燃えているから、ムラなくできたねぇ~」



三人で舌鼓! ふふっ、昼間に食べたインスタント食品も美味しかったけど……やっぱりこうして作ったご飯のほうが私は好みである。うん、スープも美味しい! パンに合う! 茸焼いちゃお!




それにしても――。あぁ、やっぱり素敵! 昼間社長達に誘われたように、また周囲へと意識を向けると……ふふふふっ!



あの時とは違い辺りは暗くなりだし、日の残り香もあと少しで消え去る中。周囲の森の少しおどろおどろしいさざめきから逃れるように、自ずとランタンや焚火の灯りへと目が惹き付けられてしまう。



そしてそれらは私の視線に応えるように微かに明滅したり、パチパチと音を立て揺れ動く。新たに焼き始めた茸や軽く温めているバゲットの上には煙と共に陽炎が浮かび、その奥にいる社長やマツミ様を艶やかに映し出している。



おや、ふと気づけば夜の帳が。落ちた日に代わり、魔力昂る月が姿を色濃く顕現させた。それに気づき不意に虚空を見上げると、更に何かが目に入る。確かめるために一度目を瞑り、ゆっくりと開けると――。



「わあ……!」



月を取り囲み引き立てるかのように、いや月には負けてなるまいと、空にきらりきらりと輝くは無数の星々! まさに今夜は満天の星月夜! 思わず漏れた感嘆の溜息は、焚火の煙と共にそれらの元へと登ってゆく。昼間と同じ構図でありながら、全く違う景趣…!



と、はたと気づく。その息の白さ具合に。身に沁みこんでくる空気の違いに。熱い食事を頂いているからでもあるが、日光の恩恵を失った今、急速に冷え込んでいることに。



だけど凍える心配はない。ゆっくり視線を落とすと、まるで落ちたはずの太陽が目の前に現れたかの如き焚火があるのだから! その熱波は私の肌を、服越しに遠く焼いてくる。ふふっ、調理されちゃいそう、なんて!




「どうどう~? アストさん~。今日のご感想はいかが~? キャンプというものは不便を楽しむと同時に自然を楽しむもの~。両方味わえたかなな~?」



「はいマツミ様! 嵌ってしまいました!」



「やほふふふ~。それは良かった良かった~。この後明日までも、た~っぷりゆるゆる楽しんでねね~」



「ふふふ、次来る時も今日みたいに楽しむためには、派遣する皆に頑張って貰わないとね! 今日の私とは違って能力全開で!」



「ですね社長! 迷惑をかける人達には、ミミックのお仕置きを味わって貰いましょ――くしゅんっ!」



「あらあら~。流石に冷えちゃったぁ~? わたしさんが火の番さんしてるから、温泉さんにいってらっしゃ~い」



格好つけちゃったけど…確かに焚火だけだとちょっと寒くなってきちゃったかも。今日は沢山汗もかいたし、マツミ様のお言葉に甘えさせていただくとしよう!



そして戻ってきたらマシュマロとココアで寝る直前まで焚火の傍でのんびりしよう! そして後は頑張って立てたテントに入ってシュラフに潜って、眠くなるまでキャンプを堪能しちゃおう! ふふふふふっ!


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