顧客リスト№64 『ノーミードの土の地ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌


「わっとっとっと……!」



「アスト、転ぶ? 転んじゃう?? そろそろツルッといっちゃうんじゃない???」



「とっとっと…! ま、まだ大丈夫です!」



何故か楽し気に煽ってくる社長を抱っこしつつ、地面に足をとられすぎないように慎重に…! さっきは砂だったからまだ楽だったのだけど、今度は泥だから結構滑って……!



「飛んでも良いのよ?」



「いえ、『ノーミード』の『土の地ダンジョン』ですし、地面を歩きませんと。それに社長に言われた通り、汚れても良い恰好をしてきましたから!」



社長の提案へニコリと首を振り、改めて自分の服を確認。いつものスーツではあるのだけど、最悪捨ててしまっても構わないものを着てきたのだ。



だから別に転んでしまっても、被害はそんなにないのである。まあ、かといって……。



「じゃあ、転ぶ???? べちゃんって泥まるけになっちゃう?????」



「転びませんってば!?」



なんで社長、そんなに私を泥まみれにしたがるのだろう……?







――と。この場のご説明を。ここは『土の地ダンジョン』。少々変な名前がつけられたダンジョンだが、この光景を見れば納得できるはず。



なにせ広がっているのは、土の地面、砂の地面、泥の地面、石の地面。勿論起伏だったりはあるけど、植物もほとんど見受けられない、まさしく『地』の一文字が似合う装いになっているのである。



とはいえ、荒涼さはあまり感じられない。いや寧ろ…なんだか暖かな輝き、朗らかさに包まれるような黄土の光に満たされているのだ。今こうして飛ばずに歩いているのも、それが心地いいからだったり。



なおこの輝き、似たようなものを前にも体験したことがある。緑のを『風の谷ダンジョン』、赤のを『火の山ダンジョン』というダンジョンで。最も、ここに比べれば中々に…いやとてつもなく苛烈だったのだけど。



でも、輝きが似るのは当然。なにせこのダンジョンに集う『ノーミード』達もまた、その二つのダンジョンの主達と同じく四大精霊の一種なのだもの。





ノーミード、『ノーム』とも呼ばれる彼女達は土の精霊。風のシルフィード、火のサラマンドラといった他の精霊達と比べ、比較的ゆったりとした性格を有していると言われている。まさにこのダンジョンのように。



とはいっても、それはノーミード単独の場合。それぞれの精霊と協力した際には無類の激しさを発揮するのだ。



シルフィードと組めば砂嵐が巻き起こり、サラマンドラと組めば溶岩が噴き出し、水の精霊ウンディーネと組めば濁流が押し寄せる――。



そしてここに各精霊達が遊びに来た場合なんて、説明する必要もないだろう。先にあげた二つのダンジョン……暴風と烈火に包まれたあの地が安全に思えるほどの荒れっぷりになること請け合いである。




――では、そんなノーミードとミミックが組めば……一体どうなることやら!









そう。私と社長がここを訪れているということは即ち、ミミックの派遣依頼があったということ。その内容も他の精霊達と変わらず、『盗掘者の懲らしめ』。



ノーミードが棲んでいるだけあって、このダンジョンには規格外なほどの土の力と魔力が地に満ちている。ということは、土の魔法石である『アースジュエル』も潤沢。



故に高値で売れるそれを採りに、冒険者が押し寄せてきているらしいのだ。更に言えばここはアースジュエルだけではなく貴重鉱石等も採れるため、その勢いはかなりのものと。



そしてやはりというかなんというか…ここでも一獲千金を狙う冒険者達による、爆破採掘を始めとしたやりたい放題が横行しているようで。許可を貰えば少しは掘らせてくれるというのに。欲張り。



ただノーミード達は土の精霊なのでその盗掘被害痕もすぐに埋め戻しができ、目に余った場合は先述通りの精霊協力技による激しき鎮圧を行うようなのだが……それでもやってくるのが欲深冒険者達。



特にダンジョンが平和、つまりは他の精霊達が遊びに来ていない時を狙われると対処に追われ、遊ぶこともできなくなるから何とかしてほしい――。それがノーミード達からの依頼の詳細なのである。







そうそう、ほとんどの冒険者は今の私みたいに足をとられぬように歩いてくるみたいなのだが、中にはフワフワ浮いて侵入する者もいるらしい。



例えるなら、今の社長のように。最も社長の場合は魔法で浮かんでいるのではなく、私が抱えているだけなのだけど。あぁでも、この状態は分かりやすいかも。



私の足は結構土汚れがついているのに対して、社長は身体も箱も綺麗なまま。つまり浮いてさえいれば、ぬかるみやくぼみといった地面にある自然の罠を避けられるのだ。



そしてその移動法はノーミード達にとって大きな痛手となってしまう。土を操り戦おうにも、相手がその土に接していなければ戦闘力半減も良いとこなのだから。



まあ勿論、地面を操る以外の戦い方も沢山あるみたいだけど――……。



「ところでアスト!」






「? なんですか社長?」



急に呼ばれ、首を傾げながら返事を。すると社長、にっこりと笑って宝箱の蓋を大きくパカリ。



「私が『せーのっ!』って合図をだしたら、私をパッと手放して頂戴な! そしてそのまま後ろへ飛び退くといいわ!」



「え? なんでです?」



妙な指示に更に頭を捻ってしまう。すると社長は満面の笑みを浮かべたまま、簡潔に理由を教えてくれた。



もの!」




……!! 嫌な予感が……! とりあえず社長に従うことにして――。



「あ、来たみたい! じゃあいくわよアスト!」



「えっ!? もうですか!? ――って、来たみたいってまさか……!!?」



「そのまさかよ! せーのっ!」



「――え、えいっ!!」



社長の箱を空中に置くように手放し、そのまま地面を蹴って後ろに飛び退いて……! と、それと同時に――!



「どしゃしゃぁ~んっ!」



どこからか飛んできた土砂の塊が……ううん、精霊が、社長の箱の中にズボンッと! その衝撃で、土の一部が溢れ出すようにびしゃんと跳ねて!



そして、それだけではない……! 空中でそんなことをされたら…そのまま地面に、ぬかるんだ泥の中へと落下して――!



「「べっしゃ~んっ!!」」



あぁぁ……! 綺麗だった社長の箱が、見事なまでの泥まみれに……! 社長の指示がなかったら、私も跳ねた泥に目つぶしされ、足を滑らせて顔面からいったかもしれない…! 危ない危ない……。





っと、そう安堵してる場合じゃない。社長は……! いや、大丈夫だとは思うけど。だって落下の際、一緒に楽しんでるような声出してたし。



「ご無事ですか?」



「もっちろん! どっろどろ~!!」



白いワンピースとほっぺたを泥に染まらせつつ、ケラケラと楽しそうな社長。そしてその横にすっぽり収まっているのは――。



「えへへぇ~どろんこまみれ~」



同じく満面の笑みを浮かべた、土精霊ノーミードの姿が。黄土の髪、黄の瞳、そして四大精霊恒例の属性ビキニ…彼女の場合は土で出来たそれを纏い、手足の首には鉱石で象られたリングが幾つか。



更には頭に小さなとんがり帽子型の赤い宝石をちょこんと乗せた彼女の名前は『ノメグ』さん。今回の依頼主の方である。



……そういえば、シルフィードとサラマンドラの依頼主もそうだった。こうやって社長の箱に飛び込んできたんだった。精霊同士、行動が可愛らしく似ていることで。



「え~い、べちゃり~」



「あー! やりましたね~! おかえしべちゃり~!」



さてところで……どうしよう。ノメグさんと社長、地面に落ちたままキャッキャッとどろんこ遊びに夢中になっている。



もしかして、このまま商談へと移行するのかも? そう思って尋ねてみると……。



「もうちょっと遊んでからじゃ駄目~? 向こうの方に良い土あるの~! 皆もいるよ~」



と、ノメグさん。社長も完全にノリノリな様子だし、仕方ない。その場所へと二人入りの箱を運んでいくことに――。



「あ、良いわよアスト。もう抱っこしなくて!」





「へ?」



箱に近づこうとした瞬間、社長からそんなお達しが。何故…?



「だって今私を抱っこしたら、アストまで泥まるけになっちゃうもの!」



あぁ、なるほど。でも、一応汚れても良い服を着て来ているのだからそんな心配は無用で……あ。もしかして――!



「社長?」



「なぁに?」



「せーのっ……えいっ!」



さっきの社長の掛け声を今度は自分で口にしつつ、今度は後ろではなく前に…社長達の近くへと跳んで――!




  ―――ベシャァンッ!!




私も勢いよく、泥の中へ! 流石に顔面から行くのは憚られてしまったけど……服や羽、尾は社長と同じくどっろどろに!



「わあ~! だいた~んっ」


「え、ちょ、アスト!?」



ペチペチと楽しそうな拍手で迎えてくれるノメグさんと、目をぱちくりさせる社長。私は顔に跳ねた泥(と、ちょっと口に入っちゃった泥)を擦りながら、更に社長の傍へ。



「もう、水臭いですよ社長! ……今、口の中ほんのちょっと泥臭いですが……。 なんでずっと私を泥まみれにしたがるのか不思議でしたけど、最初から泥遊びする気満々だったからですね?」



「……ふふふっ! さっすがアストね! バレちゃった!」



そう指摘すると、社長は図星を突かれたというように舌をペロリ。泥で汚れてるのも相まって、完全にお転婆少女である。私も人のこと言えないけど!





――社長、私を巻き込みたかったのだ。もっと言えば、箱すらもぐちょぐちょになった自身を抱っこする羽目となる私を気遣ってくれていたのである。



幾ら汚れても良い服を着ていても、全身土まみれになるのは抵抗があるというもの。実際私、転んで汚れないようにしていたのだから。



そんな私に、汚れに汚れた格好で抱っこをせがむわけにもいかないと思っていたのだろう。引いては一緒に遊べなくなるとも考えていたはず。



だからなんとか私を泥塗れにして、吹っ切れさせようと遊び煽っていたのだ。ノメグさんの突撃も予測していたっぽいし、それをタイムリミットとしていたに違いない。



……全くもう、社長ったら!



「それならそうと仰ってください。私だって小さい頃、家の庭園で幾度も泥まるけになってますもの!」



「あら! そうだったわね! あなたも私と同じ…ね!」



そう満面の笑みを浮かべつつ、社長は私の頬に残った泥を手でぐいっと拭ってくれる。ふふっ! 多分、私と社長、お揃いの泥化粧になってる!









ということで一旦お仕事は忘れ、レッツ土遊び! もう汚れることなんて気にせず直に地面へ座り込み――。



「んしょ…! トンネル、繋がったかしら! アスト、そっちから手入れて!」



「はーい。よいしょ……あっ! 社長の手見つけました! ふふっ、くすぐったいですよ!」



道具は極力使わず、手で土を集めたり掘ったり! 普段そう触れることのない、土の柔らかで冷たくも温かい感覚をこれでもかと堪能を。



髪や爪の隙間には当然の如く、靴や下着の中にも大量の土や砂が入り込んでいるのがわかるのだけど……もう気にしない、ううん、気になんてならない!



「ねぇねぇ社長さんアストさん~! 今度はおっきな宝箱作ろ~!」


「アストさんも入るぐらいの~! 土でぺたぺたって~!」



「「良いですね! 作りましょう作りましょう!」」



ノーミード達と共に土にまみれ、社長も私も完全に子供モードなのだもの! 思いつきに乗って、好き放題である! 



「ごはんできたよぉ~」



と、遊んでいたらノメグさんの呼び声が。それに応じ、一緒に遊んでいたノーミード達は一斉にそちらへ。私たちも!



「「「「「いただきま~す!」」」」」



そしてその場の皆揃って食事の時間! わぁ、どれもこれも美味しそうな……土! 




――ふふっ。流石に土を食べる訳ではない。これも土遊び、おままごとである。私達は当然のこと、ノーミード達も土を食べる生態ではない。精霊だもの。皆、食べる振りだけ。



けど……まるでご飯を食べる時のように、色々と話をすることはできるのだ。では子供モードから、ちょっと大人の商談モードにチェンジ!






「――あら。私達に依頼をしてくださった理由、アースジュエル等の盗掘やダンジョンの破壊だけじゃないんですか?」



「そうなのぉ~」



もぐもぐ(する真似)をしながら、まずはノメグさん達より今回の依頼事情を詳しく伺うことに。どうやら冒険者による被害はもっと深刻なご様子。



「色々と壊しちゃう冒険者もいれば、優しい冒険者もいて~」


「でも最近はもっと酷い人達が来てて~。ほんと酷いの~!」


「そ~そ~。あ、優しい冒険者は一緒に遊んでくれるの~! 社長さん達みたいに~!」



……皆で口々にわいわい話し出してしまったので、こちらで纏めてしまうと――。どうやら各所に生成されているアースジュエルや鉱石等だけではなく、ノーミード達が直に狙われてしまっているらしいのだ。



いや、正しく言えばノーミード達が使っている遊び道具が狙われている模様。けど実はそれも納得だったり。このおままごとで使われている物を見れば。



土製の容器や石を削って作られたお皿、サラマンドラ火の精霊との協力品らしき陶器にたっぷり盛られているのは、ほとんどが土や泥、石や砂。けど、その中には宝石鉱石アースジュエルが平然と入っているのである。



例えばこれ、ハンバーグを模している一皿なのだけど……。本体のハンバーグは泥製なのに対して、付け合わせのマッシュポテト役にアースジュエルが用いられているのだ。ううん、それだけではない。



なんと人参役をルビー、ブロッコリー役をエメラルドが果たしているのである。しかもしっかりとカッティングがなされて。他の皿にも同様に、様々な宝石や鉱石がころんと。



話を聞いてみると、どうやらカッティングもノーミード達に人気の遊びらしい。堅い石を操ることで研磨機としたり、または原石そのものを操って。そして出来たものはこうしておままごとを始めとした他の遊びに活用しているのだとか。凄いのか子供っぽいのか。



――そしてということは、その通り。その存在に気づいた冒険者達が、面倒で危険な採掘作業よりも効率が良いとそれらを狙ってくるのである。この見事なカッティング、『鑑識眼』を使わずとも高値がつくのがわかるほどだもの。






ただ、ノーミード達が『酷い』と称しているのは宝石を狙われることではない。彼女達曰く……。



「これを盗られちゃうのは、ちょっとだけなら良いの~」


「一緒に遊んでくれた人にもあげてるし~」


「もう出来上がったやつだから~。新しく作れば良いから~」



と、奪われること自体はそこまで気にしていないのだ。そんなノーミード達が最も嫌がっているのは――。



「「「でもね~! 綺麗にできた泥団子が壊されちゃうの~っ!!!」




ゆったり彼女達が揃って、発した今日一番の荒げた声。そして大切そうに取り出してきたのは……わぁ!



「すごーい! 立派な泥団子!」



「きらきらしてますね…! 宝石にも劣らないぐらい…!!」



社長と私が目を輝かせた通り、ノメグさん達の手の上には光るような泥団子が。今目の前に置かれている料理…もとい宝石鉱石群よりも美しい……!



「せっかくこんなに頑張って作ったのにぃ~……酷い人達、ぐしゃって潰していくの~……」



なんてことを!! ……じゃなくて。いやじゃなくてでもないけど…! ――コホン。宝石には無頓着気味のノーミード達だが、どうやら精魂込めて作った泥団子にはひとしおの愛情があるらしい。



しかし冒険者達にとってはただの泥。1Gゴールドの価値もない。きっと、ノーミード達が必死に守っているから期待して奪ったら泥団子で、腹いせにぐしゃりと……はぁ、もう!!!



「社長」


「えぇ、勿論よ! ミミック派遣、させていただきますね!」



その話を聞くや否や、即決する社長。なにせ私達も元はお転婆娘。泥団子には思い入れがあるのだから!



「わあ~!!! やったあ~っ!!!」


「守ってくれる~!!」


「お友達増える~!!」



喜ぶノメグさん達。ふふっ、そこまで喜んでもらえるなんて。――と、その間に私と社長で作戦会議を。



「配置方法はどうしましょう。土の地面だけじゃなく砂原、泥地、岩場の各所全てに対応しなきゃいけませんし……。中には浮遊して侵入する冒険者も――」



「良い案があるわ! トンネル掘ってるときに思いついたの! 浮遊している奴らも採掘時には地面に近づくだろうし、そこを狙いましょ!」



「トンネル掘ってるとき? ……あ、もしかして!」



「お、察しが良いわね! でもそれだけじゃ心もとないから、この後色々と検証しましょうか! 遊びがてらね!」








――ということで食事(ままごと)を切り上げ、再度土遊び! 途中だった土製宝箱、本当に私が入れるサイズに出来上がった! しかもカッティング宝石で彩られもしてとても綺麗に。



そして…社長によって動いた! 問題なく箱判定らしく、皆で入って色々と走り回った。でも流石に柔らかな土製だから壊れやすかったので、欠けたところは私がアースジュエルで補修をしながらだけど。



他にも色々と遊びに遊びを。例えば、粘土を使って土人形作りや、砂のお城づくりとか。ただし…普通のそれとはレベルが違う。



最初こそ手足がついただけの簡単な土人形や、地面に座った私のお腹ぐらいまでしかないサイズの砂城だった。――しかし、忘れてはいけない。ノーミード達、宝石のカッティングを遊びで行うほどなのだから、その興が乗った際の実力は凄まじいもので……。



「うわ~! 高ーい!!」



出来上がったお城の最上階テラスで空を仰ぎ見はしゃぐ社長。話を聞きつけた他のノーミード達も集まり、なんと砂のお城は本物の小城並みのサイズにまで大きくなってしまったのだ!



更に、冒険者が落としていった装備を着せた土人形兵士まで各所に配置するという凝り具合。流石土の精霊達である。



「ふふ~! これも使えそうね!」



「ですね!」



子供らしい無邪気な笑みと仕事人らしい閃きのほくそ笑みを同時に浮かべる社長に同意しつつ、下をチラリ。見ると、お城を囲むように沢山のノーミード達がふわふわ漂い、今か今かと待っている。



「じゃ、アストいってらっしゃい! ずるっこなしね!」



「はーい! 社長もですよ!」



にひっと笑顔で約束しあいつつ、私は社長を残してノーミード達の元へ。さて……始めよう! 『棒倒し』ならぬ、『社長倒し』を!








この遊び、またの名を『山崩し』とも言うが……その場合、今回のは城崩しと言うべきかも。よく砂場で遊ばれるあれである。砂で山を作り頂上に棒を刺して、それを倒さないように周囲をじわじわ削っていくという、あの遊び。



ただし見ての通り、規模は段違い。更にご自身の提案により、棒ではなく社長が棒役を務めることに。さながら囚われのお姫様である! まあ、そんなお転婆お姫様を落としてしまった人の負けなのだけど。



さて、私もノーミード達に混じって準備万端。しかし、お城サイズの棒倒しなんて初めて! いくらこれだけの数がいるとはいえ、結構時間がかかりそ―――……



「じゃあいくよぉ~。 それぇっ~!!」



――わっ!? ノメグさん、初手からそんな一気に!? 城壁…もとい砂城の側面に巨大なドラゴンが噛みついたかのような抉り取り方を!!?



そして他のノーミード達も、次々と同じような量を!! 遊び慣れているのがわかる動き……! これは結構早く終わるかも……! 



よーし…! 私も! そーれっ!!








「――おぉおぉ~…! すご~い! まだ倒れな~い!」


「これは……! スリル満点ですね……!」



感嘆の声をあげるノメグさんと、ちょっと怯んでしまう私…! そして他のノーミード達も興奮交じりの歓声を。幾度か周った結果、棒倒しならぬ社長倒しはとんでもないことに……!



あれだけ立派だった砂城は、もはや一本の塔…ううん、まさに棒の如く。しかもあらゆる所が削れ、ちょんと突いたら倒れそうなボロボロ具合になっているのだ。



社長にずるっこなしと約束しているので、何もしていないのは確か。見上げてみると、身体も箱もピクリとも動かさずこちらをにんまり眺めているのが窺える。



そして初めは豪快に削っていっていたノーミード達も、今はカリっと指先で軽く砂をとるように。それでも1人が削る度にキャーキャーと楽しい悲鳴が上がり、成功すると拍手が包む。その度に振動で少し砂が崩れ、慌てて次の人へと……!



もはや誰が崩してもおかしくないこの状況。それなのに……!



「さ~! 次、アストさんだよぉ~!」



……順番が回ってきてしまった!






「どうしよう……!」



思わず不安が口から洩れてしまう……! もうどこを削っても倒れるような気しかしない……! 触れるのすらも怖い……!!



「がんばれ~!」

「倒しちゃえ~!」

「まだいけるよ~多分~!」



そんな私の背中を叩くのは、ノーミード達の応援と野次の声。……正直に言おう。ズルを……魔法を使えば、この程度何とでもなるのだ。



けど……。頂上の社長をもう一度見て、深呼吸を。うん、ズルはしない約束だもの! 覚悟を決めて、イチかバチか! 指を伸ばし――!



「行きます! ……えいっ!」




 ――グラッ




ふふふっ! やっぱり駄目だった! 残念!







「きゃーーーーっ☆」



私のひと削りを契機に一気に崩れ出す砂城(の残骸)。勿論その頂上にいた社長は、勢いよくコロコロ落下を――!



「社長!」



それを見止めた私は勢いよく飛び上がり、空中キャッチ! と、社長は私のほっぺたをぷにぷにと。



「アストの負け~!」



「ふふっ、負けちゃいました!」



確かに棒倒しには敗北してしまった。けど、代わりに囚われお姫様の救出という栄誉に浴せたのだから私としては嬉しかったり――……



「そして、前方注意ね!」



「へ?」



社長の言葉にふと顔をあげてみると……あっ。 崩れゆく城の残骸が根元付近で折れて、そのまま私の元に倒れ――!



「きゃああぁぁあぁっ!!」


「ひゃっほぉおうーー!!」





 ―――ドバッシャーンッッ!!







「ぷはぁっ! アスト真っ黒~!」



「ケホッケホッ…! 口の中、さっき以上にジャリジャリします……」



倒れる城残骸に巻き込まれ、地面…それも泥沼の中に勢いよく叩き入れられてしまった…! しかもそのまま――。



「今度は泥かけあいっこ~! そ~れかかれ~!」



「「「「「わ~~いっっ!!!」」」」」



ノメグさん達が乱入し、文字通りの泥仕合に。私達も気を取り直し、参戦を!



「アスト、食らいなさい! 泥のシャワー!」



「わぷっ!? やりましたね! こっちも…それそれ、それっ!」



もう顔もほとんど拭わず、心底ぐっちゃぐちゃになっちゃえ! ふふっ、帰ったら念入りにシャワーを浴びないと!



あ、そうだ。派遣する子達がご飯に帰社する際にもシャワーを義務付けなきゃ。きっとお仕事抜きで、今の私達に負けず劣らず汚れまみれになるだろうから!


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