人間側 とある冒険者と妖狸

「狸どもめ…今日こそ驚かねえからな…!」


自らの頬を叩いて、やる気を入れ直す。目の前にあるのは『古屋敷ダンジョン』。化け狸の巣窟だ。


この化け狸どもには、さんざん脅かされている。一つ目巨人やがしゃどくろに化けられ襲い掛かられたり、ダンジョンの中をぐるぐると回らされたり。この間は俺自身に化けられて、俺が偽物呼ばわりされた。


許さねえ…!馬糞を食べさせられた、隣に住むおっちゃんの無念も合わせて返してやる…!



「いや、確かそのおっさんはただ酔っぱらって馬の下に寝てただけだろ。皆見てたぞ。蹴られなかっただけ幸運だろうに…」


…仲間から注釈が入っちまった。良いんだよ、狸のせいにしても!じゃなきゃ、やってられねえだろ!


おっちゃんと顔合わせるたびに「あれは狸に化かされたからだ」って言われてるんだからよ!






話を戻すか。俺達はとある冒険者パーティー4人組。このダンジョンに潜る理由は、化け狸たちが持つ『化け葉っぱ』だ。


あれは凄い。本来高等魔法である『変化魔法』。それが誰でも出来ちまうんだ。頭に乗せて、変身したいものを思い浮かべて「ぽんっ!」と叫べば、いとも簡単に変化できる。


勿論、俺の様な男が絶世の美女に化けるのも朝飯前。まあそうじゃなくても、女性に変身すれば女湯に…うへへ…。


…まあ、必ず狸の尻尾が生えてしまうが…。その程度は無理やり誤魔化せばいい!それに、売ってもかなり高いから充分だしな。





とはいえ、捕らぬ狸の皮算用をしていてもしょうがない。さっそく俺達はダンジョン内部に侵入。すると、外のあばら家然とした見た目とは違う、綺麗な板張り畳張りの空間がお目見え。



さて、ここからだ。油断しちゃあいけない。化け狸どもがどっから脅かしてくるか…


「あらぁ、そこの殿方。良い男ねぇ」


と、横から聞こえてきたのは艶めかしい女の声。見れば、豪奢な着物を纏った花魁…。


「おい…」

「「「あぁ…」」」


他3人に目配せし、そいつらも頷く。そして、武器を構え…


「やれぇ!」

「「「うおりゃああ!」」」


一斉に飛び掛かった。



「ポンッ!?」


花魁はボウンと煙を出し、狸に戻って逃げていく。俺達に尻を見せ走りながら、そいつは困惑した声で聞いてきた。


「な、なんでバレたポン?」


「たりめえだろ! こんなあばら家に花魁がいるか!」

「てか、尻尾出てたんだよ! 気づけ!」


「ポンンンン…!!」




必死に逃げていく狸を追いかけ、どんどんと奥に。すると、途中でそいつは葉っぱを幾枚かひらひら落としていった。


「うし、もういいだろ。拾え拾え」


剣を収め、部屋中に散った葉っぱを回収する。多分本物だろ。どれ、一枚を頭に乗せて…ムムム…


「ぽんっ!」

ボウンッ!


「おっ…なんだ、狸に化けたのか? せっかくなら美女にでも化けろよ…」


残念そうな仲間の声。んだと?


「狸じゃねえよアライグマだ。次間違えたら噛むぞ?」


「…なんか性格まで若干変わってねえか? てか、手に持ってるそのでっけえのはなんだ?」


「これか?『レーザーキャノン』だ。逆らう奴はこれでぶっ飛ばしてやる!」


「巨大な武器を使う、口の悪いアライグマ…どっかで聞いたことあるような…」



…結局、顔が案外怖いという理由で葉っぱを外され、元に戻らされちまった。せっかく襲い掛かってきた狸を吹き飛ばしてやろうと思ったのに…。


まあいいか。どうせ世界観錯誤だし。







数枚程度の葉っぱじゃ満足できない。狸を探しに、とりあえず中庭に出る。


室中にいると迷わされるし、巨大な魔物に化けられると戦いにくい。あと怖い。その分、外は気楽だからな。



それに、もう一つ理由がある。庭で、たまに狸が変な家具とかに化けているのだ。下は土だってのに。


この間は中庭のど真ん中に箪笥が置かれていた。引っ越し中かよ。



どうやらここの狸どもは、物に化けるのが特に下手くそらしい。だから、そういうのを見つけられたら楽に…うん?


「「「「なんだあれ…」」」」




思わず俺達は足を止める。中庭のど真ん中、そこには複数の宝箱が。明らかにおかしい。いや、そりゃあ家具よりかはまだそれっぽいが…


と、どこからともなく狸どもの声が。


「「「ふっふっふー。どれが本物かわかるポン?」」」


どうやらこれは挑戦状か。面白え…! 一発で当てて見せてやる!





「「「「…どれだ…?」」」」


ああ啖呵を切ったはいいが、俺達は総じて眉を潜めてしまう。どれも本物臭いのだ。


おかしい…この間来た時は、ここまでうまく化けれてなかったぞ…? 尻尾とか耳とか出ていたし、全体がプルプル揺れていたはずだ…。


くそっ、ならば勘で…これだ!


パカッ ボウンッ!

「ざんねーん! はずれポンッ!」


なっ…! 狸に戻った…チクショウ!!





「当たりを選ぶまで開けても良いポンよ? どれか一つには『化け葉っぱ』沢山だポン!」


そう笑う狸。言うじゃねえかこのヤロウ…!次で当ててやる…! だが、どれがホンモノか…。



…いや、落ち着け。よく見ればわかるはずだ…。細部を見ろ…!


「む…!」


へっ…落ち着いて確かめて見れば、結構アラがあるじゃねえか…! 毛が数本飛び出していたり、尻尾の先らしきものが浮き上がってたり、微妙に揺れてたり。葉っぱがはみ出してたり…!


ちょいと難易度は上がったが、これなら簡単だ。これは違う、これも違う…これは…!


「おっ…!」


長年使われてるような傷、狸らしさは一切無く、触り心地もしっかりしている。間違いない、これだ!



「あ、そっちはポン…!」


俺が箱に手をかけると、止めようと手を伸ばす狸。悪いな、人間様の勝ちだ!


パカッ!


「「「「へっ…?」」」」


蓋を開けると、そこにあったのはタヌキの葉っぱでもお宝でもなく…刀剣の様な鋭い牙、真っ赤な舌…これって…


「当たりも当たり、大当たりっポン! その箱はミミック師匠だポン!」


ガキンッ!


「うおおおおっ!!?」


勢いよく蓋は閉じられ、あわや噛まれかける。いやいやいやいや…!なんでこんなところにミミックがいるんだよ!化け仲間か!?


ガキンッガキンッガキンッ!

「ひいいいっ!?」


俺達を食おうと飛び掛かって来るミミックから、俺達は遁走するしかなかった。







「はぁ…はぁ…もう追ってこないな…?」


「結局室内まで戻されちまった…」



ミミックからは逃げられたが、またも室内。古びた様子の箪笥や鏡台、机に行灯がある、灯りが淡く若干おどろおどろしい部屋。と―


「クスクス…」

「フフフフ…」

「ケラケラ…」


周囲から、不安になるような笑い声。これは…周囲の家具からか…! このやろ…!


ガンッ!

「!? 痛え…!」


力任せに近くの棚を蹴ったら、完全に木だ…! 痛がる狸の声もしねえし、本物か…!? じゃ、じゃあこの花瓶は…!と、陶器だ…!


ど、どういうことだ…!狸の尻尾や耳、毛が出ている家具が見当たらねえ…! いやそんなはずは…!よく見ればあるはず…!



ボウウンッ!


「「「時間切れぇ~!!!」」」


ひっ…!盛大な煙と共に、幾つかの家具が化け物に…! ん…?なんだあそこの…青狸?


ドラム缶のような大きさで、耳が無くて、首に鈴がついていて、腹に下半円型のポケット…


いや待て待て待て待て待てって!! あれはアウトだろ!色んな意味で! 


と、とりあえず逃げろ!









「ひぃ…ひぃ…疲れた…」


とある部屋に駆け込み、全員へたり込む。あー…危なかった…。特に最後の青いの、もう少し映してたらヤバかった気がする…。





「お、丁度いいところに囲炉裏があるぞ。休憩しよう」


仲間の1人がそう提案する。部屋内を見回してみると、家具は一つもない。あるのは囲炉裏と、ぶら下がっている茶釜だけ。


確かに、丁度いいか。走り過ぎて喉も乾いた…。お湯でも沸かしてお茶でも飲もう。




持ってきてた水を茶釜に入れて、火をつけてと…。あれ、確か茶っ葉もどこかに忍ばせておいたんだが…あぁ、あったあった。


4人で囲炉裏を囲み、お湯が沸くのを待つ。こんなことなら、お茶菓子も持ってくればよかった。どら焼きとか。



と、そんなことを思ってた時だった。




グラグラ…


「ん?もう沸いたのか?」


予想よりかなり早く、茶釜が揺れる。うん?この揺れ方おかしくねえか? なんだか、火から逃げようとしてるような…


「あ…あ…熱いッポーーーン!!!」


「「「「うおっ!?」」」」


突如、茶釜が跳ね飛び、近くの畳へと着地。すると…。


ボウンッ!

「焼けるポン!何するポン!」


茶釜から、手と足と、尻尾と顔…!た、狸の茶釜だったのか…!気づかなかった…。




…ハッ! 一瞬戸惑っちまったが、これはチャンスだ。ここには茶釜狸だけ。とっ捕まえて『化け葉っぱ』を奪ってやる!


全員で示し合わせ、狸を取り囲む。もう逃がさねえ…散々脅してくれたんだ、毛まで毟ってやるからな…!


じりじりと迫り、武器を引き抜く。追い詰めらた茶釜狸は…叫んだ。


「ポーン! ミミック師匠、助けてポン!」





その言葉の直後、茶釜の蓋がパカッと開く。そして中から―。


ギュルッ!


「なっ…! 触手…!?」

「さっきそんなの入ってなかったはず…! ぐええっ…」


突然現れたのは、俺がいれた水でびしょびしょになった触手。狸の言葉から察するに…これもミミックなのか…! 


しかも、やけにキレてる感じだし…!そりゃそうか、煮られたんだから。 って、あぶねっ!



俺はあわや触手の攻撃は躱せたが、仲間三人があっという間に縊られてしまった。まだ触手は猛ってるし…た、退散だ! 


回れ右し、ダッシュ開始。休憩のため、全員がバッグを床に降ろしていたのが幸いだった。全部をひっつかみ、急ぎ部屋を飛び出した。









「…どこだここ…」


そして数十秒後、迷った。…今襲われたらマズい…。せめて、せめてどこか安全な場所で体勢を整えなければ…。


そう考え、近くの部屋をガラリと開ける。と、そこは…


「うわ…」



明るい、畳張りの部屋。先程の囲炉裏部屋のように家具はないが、その代わり、部屋の真ん中に…デカい狸の置物が。


これ、明らかに狸が化けてるだろ…。てか、ムカつく顔してんな…。俺を煽るような笑み浮かべてやがる。


それに腹もでけえし、下の『アレ』もでけえし…。なんか見れば見るほど苛ついてきた。腹いせにぶっ壊してやろうか。よし決めた。壊す。



荷物を置き、剣を引き抜く。その白い腹を半分に叩き切ってやる!オラァ!


ガッ! カパンッ!


「は…?」


割れた…というか、開いた…? 置物の上半身が…。


「「「「ポンポンポポン!!」」」」


うわあああ!? 中から、中から何十匹もの狸がぁ! ぎゃあぁああああ………








――――――――――――――――――――――――――――――


「あ、気絶しちゃったポン。引っ掻きすぎたポンね…」


全身狸に押しつぶされ、ひっかき傷まみれにされた冒険者をちょんちょんと突く化け狸が一匹。どうやらリーダー格らしく、他の狸達に命令を出した。


「玄関の外に置いといてあげるポン。そこの荷物も」


聞くが早いか、狸の一部はボウンと変化。手押し車と人間に化け、あれよあれよという間に気絶した冒険者&荷物を運び去っていった。




それを見送ると、リーダー格の狸は今まで入っていた狸の置物に話しかけた。


「すごいっポン! 私達をこんなに詰め込めるなんて…ミミックは一体どうなってるポン!」


「えへへ。でも、まだまだいけたわよ?」


狸にそう答え、置物内からひょっこり姿を出したのは上位ミミック。この狸の置物は化け狸の変化した姿ではなく、胴の真ん中で開く箱式の特製置物だったのだ。



「あ!じゃあ…」


と、リーダー格の狸は何かを思いついたらしく、葉っぱを取り出し頭に乗せる。そしてボウンと変化。茶髪おかっぱな女の子に姿を変えた。


「この姿でも、詰め込んで貰えるポン?」


「できるわよー。よいしょ!」


上位ミミックは女の子を持ち上げ、置物の中に。顔をぴょこんと出し、狸女の子は嬉しそうな声をあげた。


「凄いポン!凄いポン! もし冒険者が殺そうとしてきて、変化が解けてなくても、ミミック師匠に逃げ込めれば安全ポン!もう何も恐くないっポン!」


きゃっきゃっとはしゃぐ狸女の子。と、上位ミミックはちょっと苦笑い。


「喜んでくれるのは有難いんだけど…今の貴方、傍から見たら凄い絵面だと思うわよ。女の子の顔した、デブ狸の身体…。しかも『金のアレ』までついてるんだから…」

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